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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―50

 帰り道、大通りへ向かう路地を歩く貝介とヤスケの間には重苦しい沈黙がのしかかっていた。ヤスケは幼子らしからぬ心配そうな顔で地面に目を落としている。子どもながらになにか思うところがあるのだろうか。
 貝介はなんと声をかければいいのか見当もつかなかった。話しかけられないのをいいことに、黙ったままヤスケの隣を歩き続ける。
「おとうは」
 ぽつりと、ヤスケが声を漏らした。貝介は極力穏やかな声を作って尋ね返した。
「どうした? やすけ」
 少し間を開けてヤスケが続ける。
「おとうはどこにいっちゃったんだろう」
 貝介は答えに詰まった。先ほどから最も恐れていた質問だった。
 さきほど空夜が言っていたように、適当な気休めを告げることはできる。けれども、そのような言葉では深刻な顔をして悩んでいるヤスケの心配を晴らすことはできそうになかった。それでも黙っているわけにはいかない。
「きっと帰ってくるさ」
「うん」
 何とか絞り出した空虚な言葉に、ヤスケの沈んだ返事が返ってくる。
「なんなら、もう先に家に帰ってしまっているかもしれんぞ。お前も早く帰らねばな」
「うん」
 続けた言葉も響くことはなく、虚しく空回りをする。
 再び沈黙が流れる。
 ヤスケの父親はどこに行ったのだろう。それは貝介も知りたいことだった。確かに気絶させて拘束していたはずの父親は、貝介が気が付いた時には姿を消していた。拘束は十分だったはずだ。あの一瞬で貝介に気づかれずに抜け出せたとは思えない。なんらかの理外の動きで拘束を解いたとでもいうのだろうか。それとも……。
「狂うておるのは、儂か? お前か?」
「え?」
「どうした?」
「今の発狂頭巾の?」
 怪訝そうな顔でヤスケに尋ねられて、貝介は自分の口が台詞を口ずさんでいたことに気がついた。それはあの時貝介が意識を失う直前に聞いた言葉だった。発狂頭巾の定番の台詞だ。
 あの声は誰のものだったのか。
「大丈夫?」
「ああ、いや」
 貝介は誤魔化すように首を振る。ヤスケの目に怯えが浮かぶのが見えた。
「そうだ、もうすぐ、次の幻影画が封切になるころじゃないか?」
「うん、そうだよ」
 ヤスケが頷く。貝介は微笑みを作りながら尋ねた。
「次の話はどんななのだ?」
「えっと、人面大根との闘いだよ。叫び声を聞いたら頭が狂ってしまう大根と発狂頭巾が対決するんだ」
「ほほう、それは面白そうだな」
「うん」
 ヤスケが俯きながら頷く。貝介はそうだ、と手を叩きながら言った。
「もしもお前が良ければ、今度幻影画劇場に見に行かないか?」
「え?」
 ヤスケが顔を上げる。久しぶりに見る明るい顔だった。
 幻影画劇場は思考鏡を大掛かりにしたもので、より迫力のある形式で幻影画を楽しめる施設だ。その分値段もそれなりに張るので、そうそう頻繁に行けるものではない。しかし発狂頭巾好きの子どもであれば、相当に楽しめるはずだ。
「いいの?」
「ああ、親御さんにはこの後俺から言っておく。金も俺が出すから心配するな」
「行く、絶対行く」
 ヤスケは弾けるような笑顔を浮かべた。
「よしよし、それじゃあ楽しみにしておくんだぞ」
「うん」
 そう言って貝介はヤスケの頭を撫でた。子ども特有の熱がカイスケの手のひらにじんわりと伝わってきた。
 その熱は貝介の胸の中でくすぶっていた熱を紛らわしてくれるような気がした。

【第一部おわり・第二部へつづく】


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