見出し画像

マッドパーティドブキュア 319

 変身したメンチの姿を見て、マラキイは頷いた。この領域の中でも問題なく変身できている。最初から変身していたマラキイと違って、変身の際に力場の干渉を受けて変身自体ができない可能性もあった。その場合はなにか別の策を考えなければならないと思っていたが、幸いその障壁は突破できたようだ。
「それでどうするんだよ」
 メンチの声には戸惑いが滲んでいる。マラキイはその不安そうな目線をしっかりと受け止めてから答えた。
「だから、言っただろ? いつも通りにやるだけさ」
「あ?」
 訝しげに首を傾げるメンチに背を向け、マラキイは壁に向かい合う。曖昧で強固な壁。不確定の領域が内外の往来を拒んでいる。無理に進むことも、なにかが無理矢理に入ってくることもできない。かといってその空間を破壊することもできない。なにせ、確かな形があるわけではないのだ。形のないものは壊せない。たとえ、メンチの斧の力を持ってしても。だから
「ドブキュア、マッドネスプライヤー」
 マラキイは低く呟いた。大きな声を出して、繊細な力場に干渉してしまわないように。魔力を纏わせた右手で、そっと境界をつまむ。魔力の手のひらが領域の微かな表面をとらえる。
「よし」
 マラキイの口から小さく声が漏れる。上手くいった。隣でメンチが怪訝な顔をしているが、答えてやれるほどの余裕はない。少しでも気を抜けば境界はかすれて指の隙間から零れ落ちていきそうだった。
 少しずつ、少しづつ、魔力を込めて手繰り寄せる。ドブメッコの滑る表皮よりも薄い力膜。それはゆっくりとマラキイの手の中に集まってくる。
「なんだ?」
 メンチが驚いた声を上げた。マラキイは目を上げる。空中の何もない空間にシワが寄っているのが見えた。メンチが境界を手繰り寄せるにつれて、そのシワは大きくなる。
「メンチ」
 マラキイは声を絞り出した。メンチがマラキイの方を向いたのをみて、マラキイは言った。
「そいつを、ぶった斬れ」

【つづく】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?