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マッドパーティードブキュア 309

「まさか、本当にこの店の形が残るとは思わなかったよ」
「女神様のおかげですよ」
 腰に回されたままの女神の腕を解きながらセエジは言った。肩をすくめて平気な顔を作る。
 あたりを見渡す。レストランの内部に書き込んだ黄金律鉄塊の律は薄れて消えかけているけれども、レストラン自体はなんとか形を保っている。窓も柱も滲んで擦れているだけで破損した部分はない。
「やるじゃん」
 耳元で聞こえる女神の声がやけにくすぐったくて、セエジは立ち上がって振り向いた。
「え」
 驚きのあまり、奇妙な声が出た。そこにいたのは予測していた通りの幼い女神ではなかった。記憶にある通りの顔色の悪い女神でもなかった。すらりと背の高い健康的な女性だった。
「ん?」
 言葉を失って、口をパクパクとさせているセエジを見て、女性は自分の身体を見下ろした。ぽけっとした顔で自分の手足を眺めまわして
「うわぁ!」
 大きな声で叫んだ。
「なんじゃこりゃあ!」
「それはこっちの台詞です!」
 叫ぶ女性にセエジも怒鳴り返す。この地区に来てよくわからないことはたくさん体験してきたけれども、今回の異変はとりわけよくわからない異変だった。
「あなたは女神様、なんですよね」
「多分そう、だと思うよ」
 二人の様子をうかがっていた影の男が恐る恐る尋ねる。女神の血色の良い顔が縦に揺れる。
「もしかして、お酒を飲む時季を抜かして大人に戻ったから元気そうなんじゃないかな」
「そんなこと、ありますかね……?」
 思案しながらのテツノの声に、セエジは首を傾げながら答えた。確かにそのようなことが起きたのなら、女神が健康そうな顔色をしているのは説明がつく。どうして大人に戻ったのかはわからないが。テツノの声? 別の疑問がセエジの頭に浮かんだ。
 声の聞こえた方に目線を送る。セエジの頭のなかの混乱が勢いを増した。曖昧な顔のテツノが椅子に腰を下ろしてセエジと同じように首を傾げていた。
「テツノさん?」

【つづく】

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