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発狂頭巾二世 幕間
暗闇の中に灯火が二つ揺れる。一つは風に揺れる蝋燭、もう一つは鏡面に映る小さな火。
男は鏡の中の蝋燭をぼんやりと見つめながら鉈を構える。それは名もなき量産品の鉈だ。問題はない。『旦那』はもっと粗末な刃であらゆるものを切り裂いた。
男は薄く目を開く。その目は暗闇の中に鮮やかな軌跡を見る。記憶の中の斬撃。『旦那』の鉈筋。
男の鉈の刃がその軌跡をなぞる。ゆっくりと、だが正確に。毫ほども違わぬ完全に同じ軌跡だった。その軌跡は卍のような文字を描く。複雑な動きだった。見る者を惹きつけ、幻惑させる動き。
ふ、と小さな息が男の口から漏れた。風が起こり、二つの灯が同時に揺れる。鉈が元の位置に戻る。男が目を閉じ、開く。
僅かに、灯火が揺れた。吐いた息で揺れるよりも微かに、気が付かないほどに小さく、揺れる。
唐突に、蠟燭が砕けた。蝋燭の先端が音もなく燭台に落ちる。
だが灯火は消えない。自分が切られたことに気が付いていないかのように、火は静かに輝き続けている。
「相変わらず見事なものだな」
声とともに部屋の発色灯が点く。
男、八は振り向くと、驚いた顔を作って笑った。
「貝介さん、見てたんですかい?」
「気づいてたんだろう」
そこにいたのは貝介だった。貝介は澄まし顔で蝋燭を見つめながら言った。
「卍切りか」
「見よう見まねですがね」
八はどこか照れくさそうに肩をすくめると、蝋燭を揉み消した。
「でも、旦那のはもっとはやかった」
半ば独り言のように呟く八の視線は、蝋燭の燃殻に固定されていた。その視線を追った貝介の目が僅かに開いて、細められる。
「想像もつかんな。お前以上の速さだったとは」
「まあ、『発狂頭巾』ですからな」
我に返り、頭を振りながら発せられた八の言葉は、わざとらしいほどにおどけた声だった。
だが、貝介はそれ以上の追及はしなかった。
かわりに鉈を抜いて尋ねる。
「新しい蝋燭はないか? 俺もやってみたい」