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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―39

「どこ?」
 空夜が即座に馬鈴に鋭い目線をやった。馬鈴の鏡面眼鏡が黒白に明滅する。こんな時間に警報が鳴るなど、考えられる原因は一つしかない。侵入者だ。
「第七区画です」
「送って」
「はい」
 やり取りの間に、八と貝介は思考鏡を装着する。すぐに机の上の記録端末を経由して、思考鏡に店の見取り図が表示される。見取り図のうち一つの区画が赤く点滅している。店の裏に当たる区画だ。
「食糧倉庫ね」
「はい。大したものは入ってないはずですが。侵入経路にはなります」
「張っていて良かったわ。貝介、八」
「はい」
「まかせてくだせえ」
 空夜の呼びかけに貝介は頷く。状況から考えて、ただのコソ泥ではないだろう。馬鈴堂は人気が出てきたとはいえ、古本屋としても甘味処としてもそれほど売り上げがあるようには見えない。泥棒も入るならもっと繁盛していそうな店を狙うだろう。
「重篤な発狂模倣者との戦闘になる可能性がある。油断するな」
「はい」
「それから、できれば事情を聴取したい。可能な限り口が利ける状態でとらえろ」
「わかりました」
「はい」
 空夜の鋭い指令に八と貝介は静かに答える。
「あの、おいらは」
 突然の警報に怯えて身を縮こまらせていたヤスケが、おどおどと尋ねる。夜空が柔らかな笑みを作って笑いかける。
「君はここにいて。大丈夫よ。ここなら安全だから」
「は、はい」
 ヤスケは緊張に身をこわばらせながらも頷く。早急に対処せねばならない。貝介はそう思う。早く対処してヤスケを安心させなければ。
「行くぞ、八」
「ええ、さっさと片づけやしょう」
 貝介は思考鏡を外し、足音を忍ばせて足早に駆けだした。

 ◆◆◆

「何者だと思う? 八」
 足早にかわいらしい装飾と埃臭い物理草紙の積み重なった廊下を駆けながら、貝介は問いかけた。
「そりゃあ、発狂模倣者でしょう。それも、重度の」
「ああ」
 それは間違いない、と思う。『噂』を聞きつけた模倣者だろう。おそらく通常の模倣者ではない。正規に流通している物理草紙にも、馬鈴堂で売っている高世代の『写し』にも満足できず、『噂』のこの馬鈴堂にあるという低世代の『写し』を狙ってきているのだ。
「なんでそんなものを欲しがるんでしょうな」
「狂人の考えることなど、考えても無駄だ」
「それもそうですな」
 八の疑問に答えながらも貝介は胸がざわつくのを感じた。ざわつきは胸の中の疼きのような温もりの残滓から生じた。ヤスケの父親と話した時のあの熱の残滓。あの熱は、あの光は、宿主にさらなる光を求めさせる。その感覚こそがつまり、あるいは模倣者を突き動かすものなのかもしれない。
 ぐっと胸を押さえつける。
「まあ、なにせよ、いつも通りにやるだけでさあ」
「ああ」
 笑いかける八に頷く。そうだ。どんな理由であれ、騒ぎを起こすものを鎮圧するのが自分たちの役目だ。重篤な模倣者がどれほどいるのかはわからないが、まずは一人でも捉えれば今後他のものにも対処しやすくなるだろう。
 階段を上り、警報の鳴った区画に入る。
 身構える。
 そこに一人の人影が立っていた。

【つづく】

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