【逆噴射プラクティス】どぶきゅあ!1話 「音楽やろうぜ!」
「ドニィ?」
ラックの声はよく調律された手術用精密機械指を想起させる。
あれ程壊れてしまっているのに、声だけは美しい、とドニィはいつも思う。
工房に置かれた修理屋では居留守もできない。観念して探針を伸ばし尋ねる。
「今度は何を?」
「懐かしい感じ。きっと今度こそ私の腕」
ドニィは探針を傾げた。今日のブツはとりわけ奇妙なものだった。
それは泥塊だった。どろりとしたそれをラックは器用に三本の腕で保持していた。
「入れな」
ラックは頷いてドニィの指したガラス瓶に泥塊を入れた。
「それで……」
ズンドガドン
不意に隣室からの騒音がドニィの探針を揺らした。ドニィは不快げ唸った。
「お隣さん?」
「この前注意したんだが」
例にもれず気の触れた隣人だ。また怒鳴りつけるしかない。
「まて」
「何をする」
ラックが探針を掴み、泥塊に向けた。
「見ろ」
ドニィも異変に気づいた。
「音か?」
「ああ」
泥塊は騒音に合わせて脈動していた。
ドニィとラックは慎重に泥塊を見つめた。
隣室からの不規則な殴打音は続く。
音に合わせ泥塊は蠢き、形を成そうとし、崩れるのを繰り返す。
騒音は続く。
不意にラックが叫んだ。
「へったくそのごんたくれが!」
拳を握り辺りの機材を殴りつけ始める。忍耐が切れたのだろう。
「機材壊すなよ」
幸い、周りには頑丈なものと壊れても大丈夫なものしか落ちていない。ドニィは止めるのを諦める。
「ん?」
ドニィは違和感を覚えた。分析。驚き。ラックだった。ラックの拳の音が隣室の騒音と絡み合い音楽を作っていた。
美しい響きだった。無秩序な騒音を拾い、補い、リズムが出来上がる。
――意外だな。
そう言おうとしたとき、もう一つ音を感じた。
今度は微かな歌声だった。源を探す。再び驚き。
歌声は泥塊から聞こえていた。
泡の弾けるようなその声はドニィに存在しない望郷の念を抱かせた。
「ラック」
「いい腕だな! 音楽やろうぜ!」
歌声とドニィの呼びかけは、隣室からの大声にかき消された。
【つづく】
◆◆◆
本編応募用のやつの練り練りに行き詰って気がふれそうになったので、息抜きにプラクティス。
なんかみんなプラクティスやってて楽しそうだしな。
これで多分799文字。
そして当然来季の一日一話のやつのたたき台でもある。
本編用はもうすこしねりねりするよぉ。
できたら一本はスタートダッシュで出したいですな。