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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―40

「わしは狂って、おらぬ」
 ゆっくりと、人影が振り返る。暗い廊下の中でぼそりぼそりと何事かを呟いている。その声がとぎれとぎれに聞こえてくる。
「であるから、狂う、そのために求めておるのだ。あの光を。あの輝きを」
 暗闇の中で、瞳がギラリと輝いた。発狂模倣者だ。誰何の必要はない。ここに普通の客などいるはずがないのだから。事情は行動不能にしてから聞けばよい。
「お前はどうだ狂うておるのか? それともそれはわしか?」
 言葉には答えない。
 合図もなく、貝介と八はぬるりと動いていた。暗闇に溶けるような歩み。この発狂模倣者は目で貝介たちを見ているのだろうか? 発狂の感性によって世界を捉えていた本物の発狂頭巾とは違って。
 だが、それはどちらでもよい。
 貝介たちは人影の場所を把握している。それで十分だ。八と貝介が二人いて、相手が何をしてくるかわからない。そういう時にするべきことは最初から決まっている。
 何かをさせる前に鎮圧する。
 貝介と八が同時に鉈を抜き放つ。命までは取らない。距離が詰まる。発狂模倣者の輝く両の瞳がぐるりとそれぞれ八と貝介を見る。八がわずかに先行して鉈を振り上げる。下方向から昇りあがるカチアゲ。発狂模倣者はこれを体をねじって躱す。伸びきった上体をとがめるように、貝介は模倣者の脛めがけて鉈を振り下ろす。模倣者の目は貝介の刀身を見ている。上体をねじった勢いそのままに足を跳ね上げ、貝介の鉈をかわす。そのまま倒立した状態で手を床につく。
 だが、貝介も八も予想外の動きにはもう慣れている。あまたの発狂頭巾模倣者と対峙してきたのだ。ものも言わず、八が模倣者の手を足で薙ぐ。模倣者は手を払われる前に、両手で地面をつき、飛び上がる。狂人特有の怪力だ。しかし、それで終わりだ。いかに狂人といえども空中で身をかわすことはできない。
 八は空中の模倣者に肩ごと身体を叩きつける。跳ね飛ばされた模倣者が壁にぶつかる。破砕音。積み上げられていた煌びやかな店内装飾の予備が崩れ落ちる。布飾りにまみれた模倣者に貝介は鉈を突き付けた。
「そこまでだ」
 模倣者のぎらつく目が貝介を見上げた。もう抵抗の意志はないようだった。八が手際よく懐から取り出した細引きで模倣者を縛り上げていく。
 模倣者は若い男だった。恰幅の良いその体型は先ほどの機敏な動きができるようには思えない。いったい何世代の『写し』を読んで身に着けた身体能力なのだろう。男は目をぎらぎらと輝かせながらも抵抗せずおとなしく縛られていく。
「話は後ほど詳しく聞かせてもらう」
「お前もなのだろう」
 縛られながら、貝介の目をのぞき込み、ふいに男が言った。
 貝介はその言葉を無視した。
「わかるぞ。わしには。お前も同じだ」
 男は構わず言葉を続ける。
「求めているのだろう? あれを。あの光をここにあるのは分かっているのだろう。だが無駄だ。あれを手に入れるのはわしなのだから。わしが発狂頭巾なのだから」
「うるさい」
 貝介はその脳天に鉈を叩きこんだ。
「何か心あたりでも?」
「あるわけなかろう」
 面白がる口調の八に、貝介は言い返す。仏頂面を作るが、この暗闇では見えないだろう。
「とりあえず、姐さんのとこに連れていきますかね」
「ああ」

【つづく】

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