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マッドパーティードブキュア 303

 黄金律鉄塊を窓に押し当てて、目をつむる。意識を黄金律鉄塊に流し込み、注ぎ込む。曲がりくねった窓のガラスに、歪な構造のレストランの建物に、黄金律鉄塊を介して侵入する。
 混沌が秩序を侵食して繁殖するように、秩序もまた混沌を置き換えて拡散する。再帰的に自己増殖する秩序。それが完全な秩序の条件の一つだ。急拵えの黄金律鉄塊と言えども、その条件を外すことはない。
 ゆっくりと確実な速度で、黄金律鉄塊に宿る律がレストランの建物を侵食する。
「なにを?」
 天井から怪訝そうな声が降ってくる。セエジは答えない。答える余裕はない。
 ストックしていた質の良い黄金律鉄塊はこの旅の途中で使い果たしてしまった。最後の頼みのこの鉄塊は、この混沌の地区で作り出した紛い物だ。セエジの記憶と感覚を頼りに、時間をかけて作り上げたものだ。本来の質を保証するものなどなにもない。
「大丈夫?」
 女神が目を上げて問いかけてきた。軽く頷いて返す。彼女はセエジが何をしているのかわかるのだろうか。力を失っているとはいえドブヶ丘の街で神性を持っていた存在だ。近くの混沌存在の変化に気がついてもおかしくない。
「危ないこと、してるんでしょ」
 何も答えないセエジに女神は言葉を続ける。眠たそうな目を向けてくる。そのくせ全部を見透かしているような目。嫌な目だと思う。どこまでわかっているのだろう。
「大丈夫ですよ」
 会話を打ち切るために、セエジは声をひねり出した。レストランの表面に黄金の律を広げていく。あの七色の光球に対して、どれだけの抵抗力を備えることができるだろう。
「なくなって大丈夫なの? それ」
 女神がセエジの持つ黄金律鉄塊を指差した。不快な問いだった。大丈夫なわけがない。セエジのような存在が、この地区のような乱雑な空間で元のままであり続けるには標が必要だ。今セエジが使っている黄金律鉄塊はその標だった。それはセエジの存在維持器具に他ならない。

【つづく】

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