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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―47

 変形した?
 否、と貝介は否定する。暗闇の中でのヤスケの父親の動きを、貝介は捉えていた。父親が飛び上がり、関節をあり得ないほどに押し曲げて鉈をかわした動きを。
 常人にはあり得ない動きだった。正常な頭では思いつきもしない動きだ。
 だが、父親はそれを成した。あの刹那の時間の中で。
 貝介は混乱していた。それほど父親の動きは常軌を逸していた。
 父親の振動鉈がぶうんと唸る。貝介は辛うじて混乱を振り払い、反応する。だが、一瞬遅い。気が付いた時には振動する刃は躱せない距離にあった。
 がしいいん
 間一髪のところで、鉈での防御が間に合う。手に激しい振動が伝わってくる。まずい。鉈を振り払う。嫌な手ごたえを感じた。半ばまでひびが入ったか。柄で父親の腹を殴り距離を取ろうとする。父親はまたしても奇怪な動きで柄をかわす。そのまま再び振動鉈を振り回す。今度は振動鉈の腹を受け止める。
「ぐ!」
 予想以上の勢いに押される。後ろに下がろうとして押し切られる。貝介の体勢が崩れ、後ろに吹き飛ばされる。衝撃。机に激突する。積まれていた物理草紙が崩れ、貝介の上にのしかかってくる。
「貝介さん!」
 八の叫び声が聞こえる。続いて、裂ぱくの気合。顔に物理草紙がかぶさって何も見えない。ただ、撃ち合う音だけが聞こえる。八が撃ち合っているとは思えない、聞いているだけで気分の悪くなるような不規則な打撃音。
 あれはなんだ。あの無茶苦茶な動きは。だが、今は混乱している暇はない。頭を覆っていた物理草紙を振り払う。八に加勢しようと撃ち合う二人に目を向け――
 向けようとした目は、傍らに落ちていた物理草紙に吸い込まれた。
 床の上に開いた状態で落ちている物理草紙のその頁に。貝介にはその頁が輝いているように見えた。そこには黄金に輝く挿絵が躍動していた。発狂頭巾が鉈を振り回す。それは実際にはありえないような動きだった。そんなものを見ている暇はない。だが、それは発狂頭巾ならやりかねない動きだった。撃ち合う二人を見て、加勢する時機を図らねばならないのに。貝介の頭に草紙の中身が流れ込んでくる。幻影画ではないはずなのに。まるでそこに発狂頭巾がいるかのように。否、貝介自身が発狂頭巾であるかのように。
 ふつふつと力が湧き上がってくる。顔を上げる。八と父親が撃ち合っている。不規則な剣戟。奇抜な牽制。だが、今の貝介には見える。父親が次にとる動きが。
 父親が伏せた体勢から、鉈を突きこむ。八はそれを受け流す。だが、それは陽動だ。父親は勢いそのままに宙返りをして、八の脳天に踵を叩きこむ。
「ぐわ!」
 八が悲鳴を上げる。辛うじて脳天への一撃は躱し、肩で受けている。だが、隙ができる。父親は更にその勢いで鉈を叩きつける。
 そこだ。
 貝介は突進する。鉈の腹を非振動鉈で殴りつけようとする。父親の輝く目が貝介を見る。父親の振動鉈の軌道が変わる。貝介の鉈を迎え撃とうとする。そこまで見えているか。だが、それならば構わない。どちらも超常の領域にいる。ならば、どちらがより条理から外れているかだ。
 あるいは貝介とヤスケの父親の、どちらがより狂っているかだ。
 貝介の視界がぎらりと輝いた。

【つづく】

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