マッドパーティードブキュア 372
テツノの務める店は影のざわめきと実態のある喧騒のまじりあった店だった。
人気の秘訣はひとえにその立地にあった。以前マラキイたちがアジトとして借りていた孫転地区の土地は「不幸なことに」混沌の地区の入り口と混交してしまった。何者かがドブヶ丘の街と混沌地区の境界を拓いてしまったらしい。そして偶然にも入り口と繋がれた混沌地区側の座標はこれもマラキイたちがアジトとして使っていた例のレストランの入り口だった。
混沌地区の影の客たちも相変わらず利用しているけれども、最初は物珍しさから、次第にその落ち着きを求めてドブヶ丘の住人も常連としていつくようになってきた。そういった住人たちの接客のために店主にやとわれたのがテツノだった。影の地区の住人の性質と、ドブヶ丘の住人の実体を持つテツノはこの店にうってつけの人材だった。
ただ一つ問題があるとすれば
「テツノ―、あいつがあたしの酒とるんだけどー!」
テツノに甘えるようにしがみつく女神のことだろうか。
「はいはい、女神さん、どうしたんですか?」
テツノも嫌な顔一つすることなく、女神をあやしている。あの柔らかな接客態度が、住人たちがこの店に通うひそかな理由になりつつあることを、マラキイは薄々感づいていた。
おそらく、女神の酒瓶を握りしめているあの三本腕の魔法少女も、同じ理由でこの店に来ているのだろう。
「ドブラックさんはなんで女神さんのお酒を取るんですかぁ?」
「本来であれば、この酒は私のものであった。なぜなら、その酒は私が注文したのだから」
「あ? あたしがてめえの酒盗んだって言いたいのかよ」
「言いたいわけではない。それはただの事実だ」
困ったように眉を寄せるテツノを挟んで女神と魔法少女はにらみ合う。周りの客たちは特に止めることもせず、むしろ面白がるように人垣を作ってはやし立てている。
「あれか」
「ええ」
マラキイの問いかけに、ズウラがため息交じりに頷いた。
【つづく】