不思議な老人からの教え その③ コメを使ったトラップを仕掛けろ!
僕は、鎌倉生まれ、鎌倉育ち。実家は貧乏ではありませんでしたが、特に裕福でもない。ごくごく一般的なサラリーマン家庭に生まれ育ちました。
育った家は、由比ヶ浜に今もあります。134号線からちょっと路地を入ったところにあって、狭いながらも庭がある木造の一軒家です。
猫の額。とよく言うそれです。
ブロック塀に囲まれていて、路地から玄関まで2mくらいしかない、通行人から家の中を覗かれるような狭い土地に立っている小さな家でした。
家の前面道路は、ゆっくりゆっくりと進めば車がギリギリ行き違える車幅の道路です。
小学生の頃は、毎日家の前の由比ヶ浜で遊んでいました。
学生時代は、ヨットにハマって、朝から日暮までヨットで海に出ていました。横浜や東京の友達が、車で来て、家の前の路地に、壁ギリギリに駐車して、そして皆で海に出て行ってました。
今は分かりませんが、その頃、由比ヶ浜のあたりには駐車場が殆どありませんでした。有ったとしても数台しか停められない有料駐車場。そんなわけで、僕の家の前の路地は、友達たちにとっては便利で有難い「無料駐車場」だったのです。
この世に生まれてから、日本での暮らしは、鎌倉の小さな一軒家で親に養ってもらい、生活をしていました。そして、ハワイに来てからは、お城のような豪邸で毎日を送っています。
狭い家でしか住んだことがない為、部屋や風呂やトイレが家の中に何個もあるような大きな屋敷は、意外と落ち着かないものです。
山根さんとの共同生活が1ヶ月、2ヶ月と過ぎて行った頃でしたか、急に山根さんは、「あした日本に行くから、あしたの朝、ホノルル空港まで送ってくれるか?」と言ってきました。
僕は仕事がちょうど休みだったので、もちろんOKしました。
いつ戻りますか?と聞いたのですが、「わからない」と言うのです。
翌朝、約束の時刻に車を出して山根さんをホノルル空港まで送って行きました。空港に向かう為に高速道路を走っている時、山根さんは「俺がいない間庭の芝生の手入れを頼むよ。道具はガレージにあるから。」と言うのです。僕は運転しながら何も考えずに「分かりました」と言いました。山根さんを空港に降ろし、家に戻る前に、スーパーで食材を買ってから家に帰ってきました。
大きなお城みたいな家に、初めてポツンと一人で暮らす初日。まずはスーパーで買った食材を冷蔵庫に入れてから、買ってきたルートビアーを一本持って裏庭に出ていき、屋根付きのベンチに座って公園のような裏庭と、カネオヘベイの景色を見ながら色々と考え事をしていました。
山根さんと随分と一緒の時間を過ごしていましたが、本当に不思議な老人です。
彼は一体何者なのか?
家庭はあるのか?何の仕事をしているのか?日本語で話をしてはいるが、本当に日本人なのか?この家は、本当に山根さんの所有物件なのか??
など、色々と疑問と興味が湧いてきていました。
僕の性格は、自分は自分、人は人。他人のことは尊重はするが、干渉はしない。他人に根掘り葉掘り聞かない。という感じなので、山根さんに対しても殆どプライベートの質問はしませんでした。山根さんも自身をあまり語らない人だったので、山根さんのバックグラウンドはほとんどがわからないまま時間が過ぎて行ったのです。
ふと、さっきの車の中の会話を思い出して、「庭の芝生の手入れ」は、どこの芝生だろう?と庭を見渡したのですが、すぐには見つけられなかったので、散歩がてら、庭を歩いていて、「まさか!!」と急に気がついたのです。
今歩いている公園のような場所の殆んどが、芝生だったのです。
愕然としましたが、楽観的な性格のためか?まあいいや。何とかしよう!と思い、一旦は芝生の手入れを忘れて家の中に戻りました。
スーパーで買ってきた卵を茹でて、卵サンドでも作ろうとキッチンに行った時に、キッチンの景色がいつもと違い、何か違和感を感じたのです。
日本行きの前に、山根さんが、自分が利用しているキッチン用品や食材をいつもの定位置ではなく、全てを移動させて配置しなおしていました。
違和感は、何か分かりませんが、勘と言うか、不思議な感覚です。
山根さんも、一人暮らしをしているので自分で料理をします。
僕も料理をしますので、お互いの食材は当然ながら別々に購入し、別々に保管をしていました。
山根さんは米を買ってきたらすぐに、プラスチックの透明の容器に入れ替えていました。ふと、その容器を見ると、中に入っている米のTopの辺りが水平ではなく、斜めになっているのです。
何でこんな入れ方をしているのだろう??と全く理解できませんでした。
すぐ、米のことは忘れて、僕は卵を茹でて、チョップした卵をマヨネーズと塩胡椒であえて、食パンに挟んで、卵サンドを作って簡単にランチを済ませました。
結局山根さんは、1ヶ月ほど日本に滞在していて、またハワイに戻ってきました。数日前に急に国際電話がかかってきて、明後日ハワイに戻るから空港まで迎えにきてくれるか?と。
無事に山根さんがハワイに戻ると、また男二人の一つ屋根での生活が始まり、いつもの通りの何もない毎日が過ぎて行ったのです。
僕は真面目に、裏庭の芝生を手入れしていたので、山根さんは、お礼は言いませんでしたが、庭を見て満足そうな顔をしていました。
そして、また1ヶ月ほどした頃、「明日から日本に行くから、また空港まで頼むよ」と。
そして翌朝、山根さんを空港に送り、帰宅した僕は、キッチンでまた同じ光景を目にしたのです。
容器に入った米が水平ではなく、斜めになっているのです。
僕は、鈍感なのか?または世間知らずなのか?人を疑わない性格のためか?山根さんが、日本行きの前にプラスチックの透明の容器に入れた米が、なんで斜めになっていたのか??
という理由を推察し、「なるほど、そういうことだったのか!!」と納得したのは、今回2回目の山根さんの帰国時でした。
山根さんは、自分が家にいない間に、僕が米を盗んで食べるかどうか?僕の事を疑っていたのです。いや、疑っていたというより僕を試していたのかもしれません。そして、米のトラップを仕掛けて日本に行ったのでした。
山根さんは、ハワイに戻ってきて、キッチンにある自分の米が、自分が仕掛けて行った「斜めの状態」のまま置いてある事を確認し、そして僕が真面目に芝生を刈っていつも庭を手入れしている事を確認し、その頃から、すこしずつ僕を信用し始めてくれるようになりました。
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