朝の色#2 早めの出勤
月曜日の朝7時15分。
今日は早くから客先に行く用事があるので、僕はいつもよりも早めに出勤する。
朝の空気が澄んでいて気持ちいい10月。
早く電車に乗ったから、車内はあまり混んでいなく静かだ。
会社の最寄りの駅に着き歩いて向かう。
いつもは足取りが重いのに、今日は心が清々しく軽い。
会社に着いた。
そこで待っていたのは、
みんなから<姉御(あねご)>と慕われている経理部の先輩。
「おはようございます。どうしたんですか?」
あまり話したことがなく、人見知りで上擦りそうな声を抑えつつ聞く。
「鍵が締まってて、中に入れないの。鍵持ってたりする?」
僕に望みを託すように彼女は聞く。
「えっ。そうなんですか?残念ながら…僕も持ってないんです。」
「そうだよね。いつも営業部の部長とか早いもんね。今日は早く仕上げたい処理があったから、早く出てきたのに」
ふぅっと息を吐きながらヤンキーのような恰好で座り込む彼女。
こんな感じの人なのか…女の人なのにカッコいい人だな。
彼女は朝日に照らされ艶っぽく波打つ長い髪を搔き上げながら、
見事に一つにまとめていく。
思わずそれに見とれてしまい、目が離せない。
このままだと何か話す話題を…と頭が回り始め、緊張の糸が張り詰めるので
縋るように部長に電話を掛けるが、電話に出ない。
その間、思い出したように彼女は鞄の中を探り始める。
「ねぇ。」
長いこと留守電に切り替わらない電話を切ったタイミングで
急に声を掛けられたことに心臓が跳ねる。
「っはい!」
どうしたの?とクスクス笑いながら彼女が拳を握った両手を僕に突き出す。
「どっちだ?」
耳に心地よく優しい声色でそう尋ねられる。
僕は反射的に「左で…!」と答える。
「あたりぃ」と悪戯が成功したようなにやりとした表情と無邪気な声。
あっ…
僕の心で何かがパチッと弾ける音がした。
白くて綺麗な手が開かれ、出てきたのはサイダーの飴玉。
「これ好きなんだ。あげるよ!」
「いただきます。ありがとうございます。」
指が彼女の手へそっと手を伸ばし、飴玉を受け取る。
パチッ
また弾ける。
「部長まだかな。まぁ、電話出ないもんね。移動中か…」
「そうですね。」
僕は車が行き交う道路を会社の人を探すふりをする。
口の中にはサイダーの甘さと酸味が軽やかに弾ける。
この時間が持たないから終わってほしいという気持ちと、
朝の澄んだ空気の中で私服姿の無邪気な表情をずっと見ていたい、
このまま秘密にしてしまいたいという気持ちとが入り混じる。
このまま気持ちに気づかれないように、赤くなる顔を抑えながら
僕は悟った。
サイダーの炭酸の泡のように小さく少しずつ弾けて意識させられる、
これは…もぅ、恋だ。
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