【ちょっと一息物語】四葉のクローバーとタイムカプセル
【ちょっと一息物語】は、その名の通りコーヒータイムや仕事の合間、眠る前のちょっとした時間に読んでいただけるような短い物語です。今夜は、主人公が20年前に埋めたタイムカプセルを掘り返しにきたところから始まる物語です。それでは、ゆるりとお楽しみください。
その日、約束の場所に集まったのはたったの二人だった。
しとしとと細い糸のような小雨が降っている。昨日まで雲一つない晴天だったのが嘘のようだ。雨は青々と茂っている森を濡らし、柔らかな土がそのしずくを受け止めていた。
もう20年になる。仕方のないことだ。かつて私たちは、この場所にタイムカプセルを埋めた。アキとタケルとユウジとヤマトと私、そしてミサキ。
「30歳になったらまたここに集まろうぜ!」
タケルはいつものように突飛なことを言った。皆は少し困惑した表情をしたが、いつものことだった。
「20年後か、そのときまで俺ら友達なのかな?」
いつも現実的な考えで皆をまとめるヤマトがつぶやいた。皆すぐにはその言葉に反応しなかった。
「きっと、友達だよ。そう信じれば、いつだってそうなるんだから」
沈黙を破るようにミサキは少し大きめの声で言った。その言葉は私の不安を払拭してくれた。ミサキはいつも私の救世主だった。
「そうそう。俺らはずっと友達だ!」
アキは急に調子づいてガッツポーズをとった。その場の雰囲気に誰よりも左右されやすいやつだった。
「口約束だけじゃなんか心もとないからさ。タイムカプセル埋めようぜ」
ユウジは寡黙だが内に秘める思いは熱い性格だった。だが、自分から何かを提案するなんてほとんどなかった。そんなユウジがタイムカプセルを埋めようなんて言い出したのは、すごく不思議だった。
「それ、いいね! そうしよう」
皆はユウジの言葉に興奮し賛同した。そしてその日のちょうど一週間後にもう一度集まり、各々好きなものを持ってくることに決めた。
タイムカプセル決行日の2日前、私とミサキは町から少し外れた広場で四葉のクローバーを探していた。私は正直四葉のクローバーなんで興味がなかったが、ミサキがどうしてもというので手伝っていた。
私はミサキのことが好きだった。そして、おそらくミサキも同じ気持ちだったと思う。お互いに幼かったから、言葉にはしていなかったが、なんとなくその気持ちは伝わっていた。
しばらく二人で探していると、広場の奥の方にある草むらがなにやらガサガサと動いているのに気付いた。私はまたアキがいたずらで隠れているんだろうと思った。「おい、ばれてるぞ!」と言いながらその場所へと向かった。
しかし、草むらから姿を現したのは荒い息づかいの野良犬だった。野良犬は歯茎をむき出しにして私を威嚇した。私は恐怖のあまり動くことができなかった。そのまま30秒近くお互い見つめあっていた。
膠着状態を破ったのは野良犬のほうだった。野良犬は私のもとへ走ってきたかと思うと、目の前で方向転換し、ミサキのほうへと走り出した。
ミサキが危ない。本能的にそう感じた私は、恐怖を腹の中に抑え込み近くにあった石を手に持った。そして気が付いたときにはその石を野良犬めがけて投げていた。
正直当たるか自信はなかった。でも、その時思い切り投げた石は見事に野良犬に当たった。お尻のあたりに石が当たると、野良犬はキャンと高い鳴き声を出して草むらの中に逃げていった。
私は急いでミサキのもとへと駆け寄った。けががないか尋ねると、ミサキは微笑み静かに右手を私に差し出した。手のひらには四葉のクローバーがあった。
タイムカプセル決行日、それぞれが思い思いの品を入れていくなか、ミサキは何かが書かれた手紙と四葉のクローバーを入れた。それを見たヤマトは「それは20年後干からびていると思うけど、いいの?」といった。ミサキは頷いて「大切な思い出だから」と笑った。
その日以降、今日に至るまで6人が一緒に集まることは一度もなかった。
20年後、約束通り姿を現したのはユウジだけだった。はじめは誰だか分らなかったが、その優しげな瞳は当時と変わっておらず、ユウジだと悟るのに時間はかからなかった。ユウジのほうも私のことを覚えていたようだ。
二人は短く挨拶をかわし、「やるか」と言ってタイムカプセルを掘り返した。おそらく残りのメンバーは来ないだろう。それはなんとなくわかっていた。
タイムカプセルを見つけ出すのには少し時間がかかった。当時埋めた場所の記憶があいまいだったためだ。二人でなんとか記憶をたどりながら、一時間ほどしてようやく見つけ出した。
20年ぶりに地上に顔を出したタイムカプセルは、表面がほとんど朽ち果てていた。もしかしたら中身もダメかもしれないな、と私は思った。
「もしさ、あの日のことがなければ・・・」私がそう言いかけると、ユウジは「やめろ」と言葉を遮った。
「今更そんな昔の話を蒸し返してどうなる。傷の舐めあいでもしたいのか?」
ユウジの怒り方は昔と変わっていなかった。怒鳴るわけでも顔を真っ赤にするわけでもない、顔色ひとつ変えず、ただ淡々と強い言葉をぶつけてくる。
「そうだな。ごめん」
そういいつつも、私はあの日のことを思い出さずにはいられなかった。
タイムカプセル決行日の翌日、皆で集まってかくれんぼをしようということになった。ユウジだけは塾があるということで来られなかったが、そのほかの5人でいつも通り遊ぶ予定だった。
前日にタイプカプセルを埋めたということもあり、5人は気持ちが普段以上に高ぶっていた。お互いへの信頼感が増したような気がしたし、20年後も友達でいるという約束が皆を嬉しい気持ちにさせていた。
そのせいで、私たちは少しだけ長く遊んでしまうことになった。あたりが少し暗くなってきたとき、タケルが「もう帰んなきゃ怒られる!」と言っていつも通り解散しようとした。
しかし、その時なぜかミサキは「もう少しだけ遊ぼうよ。まだ日が暮れるまで時間があるし」と反対した。そんなことはこれまでなかったため、皆驚いた。
ヤマトが「いや、暗くなったら危ないよ。また明日にしよう」とミサキを諭したが、ミサキはそれを聞き入れなかった。
「もう一回だけやろうよ」
ミサキは毅然とした態度で皆にそう言った。こうなるとミサキは頑固だった。私たちはしぶしぶそれを受け入れ、かくれんぼを続けることにした。鬼は私だった。
私が数を数えているとき、ミサキがそっと私に近づいて「実はあれからもう一つ、四葉のクローバーを見つけたの。捕まえられたらあなたにあげる」と言った。どうやらミサキはそれが狙いらしかった。
約束通りの数を数え、皆を探し出した。すぐに3人は見つかった。というか、皆早く帰りたいからわざとすぐ見つかる場所に隠れていた。あとはミサキだけだった。
ミサキのいる場所は大体予想がついていた。二人でよく池の近くにある大きな木の下で遊ぶことがあった。おそらくそこにいるだろう。
しかし、どんなに探してもミサキは見つからなかった。はじめはミサキが先に帰ったのかと思ったが、彼女は自分から言い出してそんなことをするはずがない。そして、私に四葉のクローバーを渡したいはずだ。
私たちは事の深刻さを悟り、すぐに街へ戻って大人たちに助けを求めた。警察や地元の住民総出で捜索が行われた。しかし、ついに彼女が見つかることはなかった。
「いいか、開けるぞ?」
ユウジは私の顔を見て言った。私は頷いた。
中を開けると、やはり中身はかなり劣化していた。土がかなり入り込んでおり、虫も何匹が蠢いていた。ひとまず自分が入れた品物を探す。・・・あった。それはミサキに向けて書いた手紙だった。
ミサキへ。今、僕たちは素敵な夫婦になっていますか? 子供とかいたりするのかな。僕はおそらく、近いうちに君に告白すると思う。これまでのように友達じゃなくなるのは少し怖いけど、それでもミサキを恋人にできるなら、それでもいいんだ。この手紙を開けたとき、僕たちが家族になっていますように。
私は胸が鈍く痛むのを感じた。当時、私は顔を赤らめながらこれを書いていたのを覚えている。いずれ来るであろう輝かしい未来に向けて。
しかし、現実は残酷だった。夫婦になっていないどころか、告白すらできなかった。
思わず涙がこぼれそうになる。長い間封印していた感情がよみがえってくる。私は、ミサキのことが好きだった。
ふと、タイムカプセルの中からミサキが入れた手紙が見えた。私は少し躊躇したが、中身を読むことにした。ユウジは気を使って少し離れた場所に座った。
カズヤへ。30歳になったあなたは、どんな風になっているかな? やっぱりイケメンになってるのかな。私はカズヤのことが好きです。カズヤもそうでしょ? でも全然告白してくれなくてちょっと怒ってるよ! だから私から告白することにするね。お姉ちゃんが言ってたの。四葉のクローバーは二つ集めると、恋が成就するんだって。だから、二つ目を見つけたら私から告白することにするね。絶対断らないでよ? 結構勇気がいるんだから。30年後は素敵な夫婦になってるといいなぁ。
ミサキの手紙を読み終えると、私は静かに涙を流し続けた。小雨はいまだに止まず、私を濡らしていく。
あの日、鬼は私だった。私がミサキを見つけなければならなかった。それができなかったのは、私の責任だ。私のせいでミサキは死んだのだ。
取り返しのつかない後悔が、その後の人生に長い影を落とした。大人になるにつれ、それなり恋愛もし、一度は結婚もした。しかし、誰に対しても本気になれなかった。あの日から、私は人に対する愛情というものを失ってしまったかのようだった。
心のどこかで今日を心待ちにしていた。タイムカプセルを開ければ、そこになにか秘密があるのではないかと。本当はミサキは死んでなくて、どこかで生きているんじゃないかと。
しかし、彼女の手紙にそんなことは書いていなかった。私と同じように、夢見がちな小学生がドキドキしながら幼い願いを書いていただけだった。その事実が、私の胸をきつく締め付けた。
手紙をカプセルに戻そうとしたとき、手紙からひらひらと何かが落ちた。それはミサキが手紙と一緒に入れた四葉のクローバーだった。それは不自然なほどに鮮度が保たれていて、まるでついさっき摘んできたかのようだった。
私は四葉のクローバーを手に取り、そっと匂いをかいだ。かつて二人で一緒に四葉のクローバーを探していた、あの広場の香りがした。
懐かしい匂いが体を駆け巡ると、振り続けていた雨がぴたりと止んだ。空には美しい虹がかかっていた。
ユウジが立ち上がり、そっと私の肩に手を置いた。私たちは再びタイムカプセルを地中に埋めることにした。今度は二度と掘り返すことはないだろう。私にとってかけがえのない日々は、もう二度と戻ってこないのだ。
ユウジとも、もう会うことはないかもしれない。皆、前を向いて生きていくしかないんだ。
しばらくタイムカプセルを埋めた場所を眺め、私たちはもと来た道へと引き返した。ふと四葉のクローバーの鮮度が不自然に良かったことについて考えた。まるで私が手に取るまで時が止まっていたかのようだった。
もしかしたら、と私は思いかけたが、すぐに顔を振ってそれを振り払い前を向いた。空を見上げると、そこにはまだ綺麗な虹がかかっていた。
大事なお金は自分のために使ってあげてください。私はいりません。