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【雑記】大人の義務教育機関欲しいなって話
義務教育を終えてもはや25年が経とうとしている。
字面だけで泡噴きそう。
わたしは四年制の大学を卒業しているが、そこからでももう18年。泡。
自分から勉強しない限りは、18年間ずっと学術的なものとは離れて生活してきたわけだ。
わたしが卒業した大学は全国的な知名度はないものの、関西圏だと知らない人はあまりいないと思う。
元々は東京のK大学に進みたくて、学力的にはあまり問題はなかったのだけど、京都出身の父から「関東はダメ!」って言われてしまったので、しぶしぶ関西の大学に進んだ経緯がある。
ただ生活にしても出会った友人たちにしても、結果的に行ってよかったなあと強く思うので後悔は一切していない。
わたしの専攻は社会学で、マスコミュニケーション学や社会統計調査、発達心理学や哲学を学びつつ最終的に専攻は社会病理学という分野に行き着いた。
めちゃくちゃマイナーだと思う。
ざっくり説明すると、ヒトに健康な状態のときと病気の状態があるならば、社会にも同様に健康な状態と病的な状態があるのではないか?
どうすれば治癒できるのか、という考え方から始まって、犯罪や非行、自殺、各種ハラスメント、機能不全家族(これは私の卒論)などの社会問題を扱う学問となったものだ。
ほんとざっくりで専門の方々ごめんなさい。
臨床社会学、臨床心理学、社会福祉学などとも親和性が高いのでカウンセラーなどになる人が多く学ぶ分野であった印象だ。(今は違うかも)
わたしが学ぶきっかけは、母親(私の祖母)にトラウマを持つ母の心を晴らせてあげたいと強く思ったから。
そしてそれによって傷ついた自分も知識によって癒したいと思ったからである。
心理学ではなく社会学でアプローチしたのは、そちらのほうがより適切で、視野が広がると思ったからで、その選択は結果的に大正解であった。
社会病理学での有名どころを挙げるとすれば、
エミール・デュルケムの『自殺論』(原著1897年)などで、初めて自殺を社会学の視点から読み解いた分野だ。
今となっては当時と異なる感覚もあるが、当時の背景として産業革命やパリの万国博覧会があり、現在では急速な経済発展が進んでいるインドなどでは未だこの理論は当てはまるとされている。
単純に読み物としても興味深いのでおすすめだ。
元々小さい頃から勉強は得意だったし、学術研究も嫌いではなく、むしろギリギリまで院に進むか悩んでいたぐらいだったので、わたしは大学の勉強はとても好きだった。
しかしながら社会人として冒頭のようにもういい時間が経ったけれども、大学の勉強で終わるのではなく、学び続けることの必要性を多く感じる機会が増えた。
例えば金融だったり政治だったり、時代は大きく変わっていて、学んでいたはずのことも時代が進むにつれて大きな変容を遂げている。
根本的には変わらないものが多くても、世相はどんどん変化しており、それに追随して必要な知識も変わってくる。
大人の義務教育として、学べる場所があればなあと思うのだ。
経済や金融、政治と税、法律や身近なところでいうと気象や確定申告のやり方なども大人ならば学ぶべきところであるだろう。
だれかそんな機関作ってくれないかなァ!って
そんなことをふと思ったので書いてみた。
実はBARをやっていた頃、こういった専門知識のリトリート機会として
「かなこやde寺子屋」というイベントをしていた。
お客様はみんななにかしら専門のプロなので、
先生になってもらって身近なことなどを解説してもらう。
最終的にはみんなでお酒飲むので質問も活発に飛び交うなど、ざっくばらんに学べる機会として非常に好評であった。
大人だからこそ知りたい知識を学ぶ機会となっていて、お店を結婚を機会に閉めたときも、これだけは継続させたいと思うぐらい楽しかった。
義務教育とするのは、学ぼうとするより学ばせられるほうが楽だからという怠惰な理由だからなんだけど、こういうのも国力に直結すると思うんだよねえ。
どなたか寺子屋やってくださらないだろうか…
または一緒にやりませんか。
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