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上高地への峠

徳本峠からの穂高連峰 1990年代

信州松本から上高地への道は、梓川沿いの国道158号を進む。
梓川の作り出す狭隘な谷に沿って通る国道は、中の湯で左へ大きくカーブして飛騨高山へと向かう。
その中の湯を直進する県道に入り、釜トンネルを抜けてしばらく行くと上高地となる。

このルートは、昭和初期、電源開発により旧釜トンネルが掘削され、昭和8年に拡幅してバスが通るようになってからできたものだ。
このルートができる前から、上高地には人が入っていた。
木材の切り出し、炭焼きをする人々、さらには上高地の谷には小梨平、明神、徳沢に牧場まであった。
その頃のメインルートは、梓川の狭隘な谷を少しばかり入ったところにある島々宿から,、北に分かれる島々谷を北行し、二俣から島々谷南沢を西進して徳本(とくごう)峠を越えて明神へ下る道だった。

現在でも、島々宿からこの登山ルートを歩いて上高地に入る人はいる。
しかしこのルートを歩くと、展望の利かない谷あいの道を8時間弱歩いて、やっと徳本峠に到着し、さらに2時間半ほど歩いてやっと上高地に到着する。
峠までの展望のほとんどない道を8時間弱歩くのには体力脚力のほかに、忍耐力も必要だろう。
しかし、その苦労が峠についたときに眼前に現れる穂高の威容によって、すべてなかったことにしてくれるかもしれない。

少しばかり山歩きしていたころ、この歴史あるルートを歩いてみたいと思ったことがあった。
さすがに、島々宿から歩く自信は全くなかったので、上高地から歩こうと思い、下見を兼ねて上高地から徳本峠を往復したことがあった。
1990年代のことだ。
上高地から峠まで3時間半ほど。
実質登りは明神からの2時間半。
峠からは今まで見たことのない角度からの穂高連峰の威容が眺められた。

峠には徳本峠小屋がある。
北アルプスの昔の小屋の姿を残しているといわれる徳本峠小屋。
古い木造の小屋は昭和初期に建てられ、現在は国の登録有形文化財となっている。

峠についたとき、この次はこの小屋に泊まりたいと思ったが、現在では隣に新館ができ、この古く渋い小屋は資料館となって現在では宿泊はできなくなってしまったという。

徳本峠に立つ徳本峠小屋 1990年代

峠を越える多くの人を見守り続けていた徳本峠小屋。
この小屋を訪ねてもう一度峠まで行ってみたいと思うのだが…。
恐らくもう体力がないかもしれない…。

※1990年代訪問、撮影