言語技術で「家事」と「育児」を振り返る
日々 仕事、家事、育児、など絶えず押し寄せる「やらなきゃいけないこと」
忙しい!(泣)
でもそれって本当に全部しなければいけないことなんでしょうか?
「そうだよ!」と即答された方、そもそも家事ってなんですか?育児ってなんですか?
1つめの「仕事」はなかなかコントロールできない部分も多いですから、とりあえず「しなければいけないこと」として横に置いておきましょう。
でも、家事と育児
上記は一見答えになっているように見えますが、実は違います。上記は言い換えただけで、「家事」「育児」とは何ですか?の答えにはなっていません。
私にとっての家事とは、
○夜ご飯を作ること(朝は軽食、昼は娘は幼稚園、夫は会社 私は自宅で食べるのでカウントしません)
○土曜日の洗濯(どんなに洗濯物が溜まろうと土曜日にしか洗濯しません。服が足りなくなることもないし、だれも不自由しませんから)
○土曜日に掃除機、クイックルワイパー (これも上記と同じ理由です。)
基本これだけです。
(買い出しは一週間に一回、家族で行くのでどちらかというと「おでかけ」なので「家事」という感じではありません。)
そしてわたしにとっての育児とは
○日本語を教えること
○考えさせること
○できるだけ断らないこと
○できるだけ観察するという意識でいること
です。
少ない!これだけ?もっとやる事あるんじゃない?と思われた方もいたかと思いますが、これだけ。色々考えましたが結局この4つのどれかに集約されました。
日々の家事や子育て、自分のスケジュールを振り返って出てきた私の家事と子育ての無理ない意味付けがこれでした。
「家事」も「子育て」もその言葉がカバーする意味の範囲が広すぎると思っています。
ある人にとってはたいせつな家事だけど、他の人にとっては「え?大事?」と思えることって本当にたくさんあります。
みんなが言う「家事」や「育児」をしていては時間や体力がいくらあっても足りません。
やったほうがよさそうな家事、よさそうな育児方法などの情報に出会っても、わたしの家事とは?わたしの育児とは?がしっかりできていれば簡単に取捨選択できるようになります。
つまりブレません。
でも、私が思う「家事」「育児」は私が考えないといけない、そんな時に必要なのが言語技術です。
言語技術の講座では「クリティカルシンキング 批判的思考」という技術を学んでいくのですが、
クリティカルシンキング=問いを立てる力=そもそも〇〇ってなに?
と考えることでもあるなと感じています。
そもそも家事ってなんのためにするの?
そもそも育児ってなんなの?
周りに家事はこうする!育児はこう!と書いてあっても所詮それは一参考であって、それを鵜呑みにまるっと取り入れるというのは、そもそもおかしいという事なんです。
だから、振り返る。そもそもわたしにとっての〇〇って?と考えてみる。
わたしの家族、わたしの子どものためにわたしができることが無理のない範囲で見えてくる。
振り返ることから何か変化が得られるのは、分析できたということでもあると思っています。
そして振り返れるというのは、立ち止まって「あれ?」と思える、気付ける、クリティカルシンキング(批判的思考)あってこそだと思います。
今日1日の中でも、あれ?そもそもこれってどうしてこうなんだ?と思えること色々あると思います。
「考えすぎかな?」なんて思わず、考えてみることにとっても価値があります。
だって
批判的思考や、頻繁に聞くようになった「思考力」あるいは「アート思考」の全てが「考える」中の1分野ですから。
余談ですが、そもそも考えすぎるなんてことあるんだろうか?
なんて個人的には思ったりもするんですが。「考えすぎる」ということについてはまた今度書きたいと思います。
みなさんの「家事」、「育児」ってなんですか?
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