花火の光、影繋ぎ
神社の鳥居を過ぎ去るといつもの閑散とした雰囲気は無くなり、人の波が出来ている。
今日は花火大会の日。こんな田舎の、数少ない行事。
振袖に袖を通した私は、少しの楽しみを胸に神社までやって来ていた。
「相変わらず盛り上がってるなぁ」
田舎とは言っても、隣には栄えている町もあるし、人口も多いこの村は、実は意外と活気づいている。それが一番に現れるのは、やっぱりこの祭だろう。
本当は、今年は来る予定は無かったのだ。だけれどお誘いが入ってしまったなら、不本意ながらも行くしか無いだろう。
不本意なのは、その誘った相手にあるのだけれども。
「柚月!こっちこっち」
「雄馬・・・・・・相変わらず早いね」
彼の名は雄馬。私の幼馴染だ。今日誘ってきた相手でもある。・・・・・・最近、私の心を掻き乱している張本人だ。
「だってお祭りだよ?楽しみにしないわけないじゃん」
「あなたって本当・・・・・・でもまぁ、こうしたイベントは少ないから、ワクワクするのは分かるけれども」
「でしょ?じゃあどこからまわろっか」
「そうね・・・・・・雄馬の事だしどうせ遊ぶんでしょ?」
「んー、今日は食べ物の気分かな。このあと花火見るために早く席とりたいし」
「それもそうね。なに買うの?」
「まわってから決める!」
そういって雄馬は歩き出した。私もそれに続く。
「お!雄馬に柚月ちゃんじゃねぇか!」
「おじさんこんばんわ」
「おじさん!焼きそばひとつ!」
「はいはい。目玉焼きは乗せるよな?」
「もちろん!分かってるね!」
「そりゃな。柚月ちゃんも大変だなこいつの相手」
「もう慣れましたよ」
「ま!そりゃそうか!ほら、焼きそばだ」
「ありがと!また今度野菜持っていくね!」
「おうよ!また来な!」
「うん!」
そういって雄馬は歩いていった。私はすぐに追いかけていったが人混みの中にいなくなってしまった。
「雄馬?どこ?」
雄馬は、子供っぽいところがある。こんな人混みの中逸れてしまったら出会うのにしばらくかかってしまうだろう。
「ま、雄馬の事だし、あっちから来るでしょ・・・・・・」
私は特に心配をすることなく、そのまま会場を見て回ることにした。
「すみません、かき氷下さい」
「はーい。あら、柚月ちゃんじゃない。雄馬君はどうしたの?」
「実は逸れちゃいまして」
「そう・・・・・・まぁ、あの子の事だしあっちから来るでしょ。ブルーハワイで良かったわよね?」
「そうですね・・・・・・あ、それでお願いします」
かき氷を渡され、一口食べる。世間ではフワフワのかき氷があるようだが、やっぱり私は慣れ親しんだ粗いこのザクザクのかき氷が好きだ。
かき氷を食べながら歩いていると、見慣れた紺色の浴衣が目に入った。
「あ、ゆう・・・・・・ま?」
そこにいたのは、雄馬と、楽しそうに話している女の子だった。
あれは確か、隣のクラスの・・・・・・
雄馬は、実は密かにモテる。それを知ったのはついこの間の事で、それからは、とある思いが私を振り回していた。
そうよね・・・・・・雄馬は私よりももっと元気な子がいいよね。
胸がズキリと痛む。気を紛らわせる為にかき氷を頬張る。味は分からなかった。でも、後からやってくる頭痛が、これは現実なんだと私に教えて来る。
気づいたら、入口である鳥居の下にいた。雄馬とあの子を見てから記憶があまりない。私は、どうやってここまで来たのだろうか。
「はぁ・・・・・・」
こういうところが、雄馬には合わないんだろうなぁ。
どっちかというと、私は雄馬が苦手なタイプだろうし。それに、私たちはただの幼馴染なんだ。ただ幼いときから仲がよいだけ。それだけのはず。
なのに・・・・・・
「こんなことなら、気付かなきゃ良かったなぁ・・・・・・」
ジクジクとした痛みは今だ癒えることはなく、ずっと私を蝕んでいる。
もう帰ろう。これ以上傷つかないように。
そう思った時、声が聞こえた。
「柚月、ここにいたんだ」
「雄馬・・・・・・どうして?」
「ずっと探してたんだよ?まぁ僕が先走ったからなんだろうけど」
よく見れば、さっきよりも汗をかいている。それほどまでに私を探してくれていたのだろう。
「皆、柚月の場所分からなくて・・・・・・その朝顔の振袖のこと聞いても、皆分からないって言ってて」
「あー・・・・・・うん、ごめん。ちょっとボーッとしてて」
うれしい。雄馬が私の振袖のことを覚えていてくれていたことが。雄馬の事だから気にも止めないと思っていたのに。
「・・・・・・まぁ、見つかってよかった。ねぇ、こっち来て。いい場所を見つけたんだ」
雄馬に手を引かれ、林の中を抜けていく。整備のされていない道を抜けると、そこには村を見渡せる丘があった。
「わぁ・・・・・・」
「綺麗でしょ。ここなら、花火が綺麗に見れると思うんだ」
いつのまにか持ってきていたレジャーシートを引き、座り込む。横顔を覗き込むと、ドキッとした。
隣り合って座る私たちにの沈黙を破ったのは雄馬だった。
「柚月・・・・・・本当は、他に誘いたかった人がいたんじゃない?」
「え?」
意外なことを言われてしまった。
「・・・・・・なんで、そう思ったの?」
「ここ最近、妙に避けるし、それに、一緒に行動することも少なくなったでしょ。いつもなら柚月から声をかけてやる勉強会もまったくしなくなった」
「それ・・・・・・は」
確かに、雄馬をここ最近避けていたのは事実だ。だけどそれは、雄馬にとって悪いと思っていたからだ。だって、もうその役目は私じゃないと、思っていたのだから。
「それに、今日誘ったときなんか渋っている感じだったから」
「・・・それは、私もだよ」
ポツリと、言葉がこぼれる。
「雄馬が、最近私と関わらなくなってきて、それで、雄馬に私以外にも関わることが増えて、もう私のやることは無いんだって、もうその場所は私のものじゃないんだって」
言葉が、どんどん出てくる。こういうことが言いたいわけじゃないのに、もう口は止まらない。
「雄馬がきっと遠くにいっちゃうんだって、最初はそれでいいって思っていた。でも、でも!それがとても寂しくて!どうしようもなくて!」
段々声が荒げてくる。今までの思いをすべてぶつけるかのように。でも、それは、雄馬が抱き着いて来たことによって止められた。
「雄馬・・・・・・?」
「柚月・・・・・・僕は、僕は・・・・・・!柚月がいないと駄目だ」
「え?」
「柚月がいてくれないと楽しくない。柚月が離れていったら寂しい。僕は最近それに気づいた。僕は・・・・・・ずっと柚月といたい」
「ゆう、ま」
「ずっと不安だった。柚月が他の人と一緒にいないか。それを考えるだけですっごく不安になったし泣きそうになった。でもこれも仕方ないのかなって思った。これは僕の勘違いで終わらせようとした。気付かなきゃ良かったとも思っていた。でも、やっぱり、忘れられなかった」
「雄馬・・・・・・」
雄馬の思いが、私の心に響く。そっか、雄馬も、そう思ってくれていたんだね。
雄馬が抱き着くのをやめ、私と向き合う。
「だから、柚月、最後に僕の思いを聞いてほしい。僕は」
その続きをいう前に、私の方から抱きしめ返した。それと同時に花火が上がった。
花火から出来た光に映る影は、お互いを重ねていた。
花火は、二人を祝うように打ち上がっていった。
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