締め付けて、眩んで

うるさく響く時計を、姿見越しに寝ぼけた目で見る。ちょこっと開けていた窓から感じる、朝をすこし過ぎたこの時間特有のこの感じ。鏡に写る私の顔も、何も変わっていない。よかった。変わらないことはいいことだから。でも、私の心はざわめいている。ずっとずっと変わっていっている。ずっとずっと深くに埋めていたはずのピンク色の心が大きく育ってしまって、そこから主張していくあの思いは、とっても愚かに感じてしまう。自分のことなのに、とてもおかしい。
何時もの時間に家を出る。これも変わらない、私だけのルーティーン。毎日毎日繰り返す、作業のような何か。ちょっとの期待と多めの罪悪感が襲う、この作業。
あぁ、今日も固まってしまうのかな。やっぱり正直に生きていたい。でも、それは私には許されない。
「おはよう」
ちゃんと取り繕わなきゃ。私はきちんと笑えているのかな。この四文字を声にするのに、私は多くの何かを失っている感覚を覚えている。おかしいよね。ただの挨拶なのに。
どうせ大した取り柄もないなら、普通にすればいいじゃないか。よく言うだろう。村人Aみたいな存在なんだ私は。
「今日もいい天気だね」
でも、どうせ期待したって、いつも通りにしたって、いつだって何かが埋まるのは一瞬で、すぐこぼれて、結局はからっぽだ。だけど、せめて笑顔は浮かべていたい。あんなに苦悩していたのに、やってしまえば案外簡単で、この何も埋まらない私を悟られないように作り笑いを浮かべるこの作業も、実は結構慣れたものだ。でも、聡明な君にはきっと分かってしまっているのかもだけれど。あぁ、ばれたくないなぁ。まだ、この時間に溺れていたい。君の右隣にいれるこの時間を。
そう願うほど、胸がきゅっと締め付けられて、頭が眩んでいく。あぁ、憂鬱だなぁ。

◇ ◇ ◇

もし例えば、夜に眠って、起きようとしたときに、何時もは学校に行くとかご飯が食べたいとかで起きると思うけど、そんなちょっとした理由すら見つからない朝が来たら、私はどうするんだろう。起きないのかな?それとも仕方なく起きるのかな?分からないや。自分のことなのに。そんな想像を、したくないってだけなんだけど。
窓を眺めながら、そんなことばかり考える。気付けば、学校の終わりを告げるチャイムが煩く鳴っている。皆が帰っていく雰囲気の中、君は私を見ていた。その目は、私に何を物語っているのだろう。それがわからなくて、、分からないのがとてつもなく恐ろしくて。一歩ずつ、確実に、彼から距離を取る。
「また明日ね」
聞こえているかどうか分からないくらいの声をぽつりとこぼし、逃げるように学校から出て行った。帰れる喜び、きっとまた君に会えるという期待よりも、あの恐怖から逃れられたことに安堵する。ゆっくり歩きながら、落ちていく日を眺める。なんだか、数少ない思い出ごと落として行っているような気がして、だんだんと、着実に、こんなか細い関係性にヒビが入っているような気がして。それが、とても恐ろしく感じた。
あぁ、きっともう知られたんだろうなぁ。まぁ、ずっとおかしかったもんね。いつかはばれるって思ってた。でも、それでも取り繕っていなきゃ。私にとって、どれだけか細くても大切な関係を壊さないために。
また、明日、君の右隣にいたいと、望んでも、この関係が明日も続くように願っても、お互いに流れはじめた冷たい空気は確かな壁となって私たちの間に確かに残りつづける。そうなったら、私は一人だ。君がいることで埋めていたものが無くなって、ずっと一人ぼっちになってしまう。外は雨が降りはじめた。明日からの事を考えて、無理やりな笑顔を浮かべたくて、それでも心は悲しいから、私は今日も枕に顔を埋め、うめき声をあげる。そのたびに、胸がギュッと苦しくなって、頭がグラッとする。いつも通り、私は、死んだように目をつむった。

◇ ◇ ◇

雨が上がって、空には虹が掛かっている。夜の間、ずっと降り続いていたのだろう。朝になったばかりの晴天の青空には、綺麗な虹が掛かっている。でも、私は、何も思えない。綺麗、だとは思うけど、もう、なんだかそんなのどうでもいい。
今の私を構成しているのは、芽吹いてからずっと捕われている、周りからしたら下らなくて、、でも、私にとっては愛しくて恨めしいこの気持ち。もう、どうしようもないくらい膨れ上がってて、胸がキュッと締め付けていって、頭の中をチカチカさせるくらい眩ませる。
悩んで悩んで苦しんで、最後に見つけた私の答えを手繰り寄せる。芽生えて、膨れて、でも、無理矢理切り離して枯れさせた気持ちは、とっても汚らわしくて、でも、とってもいじらしく、その場に残りつづけた。
あぁ、ずっと呪いのように刻まれていく。早く、言わなきゃ。なんにも思っていないってこと。諦めているってこと。
「お前なんかには似合わない!」
「なんで彼の隣はアンタなんだ!」
「お前なんか・・・・・・!」
頭に、ノイズが蘇る。聞き取り辛くて、でも、じっとりと耳に残るノイズが。
あぁ、ずっと私には、なんにも無かったんだろう。これじゃ、ただの自己満足じゃないか。でも、君は、皆はそれを知っているのかな。知られているのかな。
知られていたら、私は・・・・・・
「死んでしまえ!」
あの子の言う通り、終わりなのかもしれない。
ふと、あたたかな感触が私を包んだ。君が、私を抱きしめている。
何かが、零れずに私の心を埋めていく。あぁ、これが幸せって奴か。あぁ、こんな暖かいもの、失いたくなんてない。もう、あの寒い寒い孤独の世界には戻りたくない。このまま、この幸せをムダにしたら、あの孤独以上の罰を受けてしまうだろうから。
涙が、零れていく。君はひどく優しいから、君の胸で泣いてしまった時、優しく慰めてくれるのだろう。涙で、目の前が歪む。体に浮遊感を感じる。この夢心地な時間を、ずっと過ごしていきたい。でも、それは出来ない。気づいてしまった。見慣れた部屋の中、何時もより視線の高いその光景は、異様に見える。途端、息が苦しくなる。体か途端に冷えていく。恐怖が、私を包む。でお、これでいい。あぁ、また目を閉じたらあの幸せな夢の続きを見れるだろうか。あぁ、上っていく。宙に浮かんだように、ゆらゆらと。
最後に見た景色は、私の体がぶらりんとぶら下がっているところだった。

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