残暑の後悔

 お盆の時期、皆が一度地元に戻る・・・・・・ということではないのかもしれないが、少なくとも私はそうだ。ご先祖様の帰還を祝うため、生家に集まりご先祖を待つという風習が自分の地元にあるからだ。
「一年ぶりだけど・・・・・・変わらないな、ここは」
 久しぶりに故郷の地に足を踏み入れた私は、変わらぬ景色に一つの安堵感を覚えた。数日前まで都会で過ごしていたと言うのもあるが、なんだかんだの故郷なので、安心するのだ。
「さて、今日は久しぶりに皆集まるから、お母さんとかおばあちゃんはりきってそうだなぁ」
 祖母も母も、この手の行事にはとても張り切る。祖父と父はそうでもないらしいが。ちなみに私は父と同じで、あまりこの行事に無関心というほどでも無いけれども、そこまで本気になれないというか。いや、重要なのはわかるんだけども。
 まぁ、でも。こういった行事でも無いかぎり故郷に戻ることは無いので、そこに関してはまぁ、理由付けが出来るので、ちょうどいいといえばちょうどいいのだけれども。
 本数の少ないバスに乗り、駅から実家の近くに行く。バスの中は混んでも無いけれど空いてもいない感じだった。時期が時期なのか、少し若めの人や子供が多い。聞こえた話ではやはり皆里帰りだという。
 バスから降りて、実家を目指す。変わらぬ道を歩いて数分、実家にたどり着いた。
「ただいま~」
「あら、お帰り美奈」
「ただいまお母さん」
「今年は泊まっていくの?」
「うん。珍しく長期で休み取れたから」
「あら~、都会は大変なのねぇ。私としてはここに住んでいて欲しいけれども」
「お母さん・・・・・・私はやりたい仕事するために都会に行ってるんだから、何度も言うけどここに住むつもりはあまりないよ」
「そうだったわねぇ。ま、ゆっくりしなさい。部屋はそのままにしてあるから」
「うん」
  私の地元は、田舎である。だけれども、田舎といっても何もないわけではなく、隣町は発展しているので娯楽は無いわけでもないし、この付近でもちょっとしたお店もあるので、不便過ぎることはない。
「はー・・・・・・ここも変わってないな。お母さん、本当にそのままにするんだから」
 ま、一年に一度必ず帰ってくることが分かっているから、なのかもしれないけれども。
「・・・・・・あ、これ」
 ふと、あるものが目に付いた。それは、タイムカプセル。
「そういやこれって、去年お母さんが私にくれたものよね・・・・・・」
 開ける年数が今年となっているこのタイムカプセル。これは、そう。大昔、遠くに行った彼が残した、たった一つの宝物。
「・・・・・・開けちゃおっか。せっかくだし」
 ○○○○年の僕たちの約束と書かれた箱を開ける。そこには手紙と、とある古びたキーホルダーが入っていた。
「これ・・・・・・昔、彼と一緒に回したガチャのキーホルダーだ・・・・・・!」
 そして、この手紙。なぜか二枚入っている。古びた紙の物と、割と新しい物だ。
一枚目の古びている手紙を見てみた。
『なんじゅうねんごのぼくへ。ぼくは、やくそくをまもれていますか。ぼくは、そこにいますか。ぼくは・・・・・・ますか』
 最後が掠れた、そんな手紙が入っていた。確か、当時の私は、またここに戻ってこれるか分からないから、手紙は残さなかったんだっけ。
 それが・・・・・・長く私を苦しめる、枷になるとも知らずに。
「もう一枚・・・・・・は・・・・・・」
 なぜか息が苦しくなる。あの時の後悔を思い出す。陽炎のように揺らいでいるのに、ずっとその場に残り続ける。残暑のじっとりとした暑さを、思い出す。
 もう一枚の手紙を、震えた手で開いた。
『何十年後に出会う、君へ。この手紙を見ている頃には、きっと君は、君のお母さんに預けていた、タイムカプセルを開けていることだろう。君との約束を、破るようなことをして、申し訳ないと思っている。でも、あんな別れ方をしたんだ。きっと僕の事なんて、忘れてしまっているのかもしれないけれども。でも、もし君が、まだ僕を覚えているのならば、まだ約束を覚えているのならば、あの場所へ。あの陽炎が目立っていたあの場所へ、待っているよ。美奈』
 瞬間。頭の中に思い出が蘇ってきた。そして、考える暇もなく、私は走り出した。あの約束を、果たすために。
「あら、美奈ちゃん帰ってきてたのかい。暇ならお手伝いを」
「ごめんおばあちゃんまた後で!」
「なんだい。久々の家だっていうのに落ち着きがないねぇ」
「お母さん、行かせてあげましょ・・・・・・あの子、もしかしたら今日戻って来ないかもねぇ」
「・・・・・・そうか。あの子の約束の日か。なら、仕方ないのぉ。ご先祖様も、きっと祝福してくださるじゃろ」
「そうね」

◇ ◇ ◇

 走る、走る、走る。流れる汗も気にしないまま、まるであふれた感情を忘れるように、なにかから逃げるように。でも実際は、ただただ早く目的の場所に向かうために。
「なんで・・・・・・なんで忘れていたの・・・・・・違う、私が、逃げていただけなんだ」
 そう。私が逃げていただけ。子供ながらに、現実を受け入れられず逃げていただけなんだ・・・・・・!
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・!着いた・・・・・・!」
 着いたのは、とある公園。小さめの公園だったが、地元の小学生であふれている場所だった。私と彼は、ここでよくあそんでいた。そして、ここにタイムカプセルを埋めていたのだ。
 私が公園に着くと、人影があった。その正体は、ずいぶんと雰囲気が変わっていたが、その姿は見間違える事は無い。彼だ。
「・・・・・・美奈」
「・・・・・・久しぶり!弘人君!」
 ・・・・・・随分と昔。私は、彼が遠くに行くことがどうしても認められず、最初で最後の大喧嘩をした。その時彼は、こういったのだ。
「約束を果たすまで帰ってこない!」
 その約束は、立派になる。というなんとも要領を掴めない、ふわふわとした物だったけれど、ここにいるという事は、その約束を果たせたって事なんだろう。
「・・・・・・久しぶり。そしてただいま。美奈。早速だけど・・・・・・これを、受け取ってほしい」
「これって・・・・・・!」
 それは、この地に伝わる、特別な指輪。未来永劫、その人だけを永遠に愛するということを意味する物だ。
「遅くなって、ごめん。でも、どうしても約束を果たしたくって・・・・・・僕と、永遠に一緒に過ごしてくれますか?」
「・・・・・・うん。末永く、よろしくお願いします」
 私が残暑に残していった後悔は、陽炎に揺らいでいった後悔は。今この瞬間。記憶に残る思い出に変わった。
 すこしだけ憂鬱だった夏を、茹だる暑さにいらつく夏がくれた。素敵な物となった。

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