紅月導く百鬼夜行 2話

「いやぁ、すみません伊織さま、この体が人だってついつい忘れちゃいました!」
「だからっていきなり4足歩行で走り出さないでよ」

2人は神社を出て人里で買い物をしたのち、試練の地を目指して歩いていた。

「私、まだ妖怪になって日が浅くて…だからもし妖怪界の常識とかあったら教えて欲しいのですが…」
「うーん、じゃあ百鬼夜行も知らない?」
「知らないです!」
「元気」
「百鬼夜行ってあれですよね、確か妖怪たちが夜な夜な練り歩くっていうあの」
「うん、人間の間ではそうだね。でも僕たち妖怪にとっては大切な儀式なんだ」
「儀式?」
「そう。数百年に一度行われる、妖怪たちの頭領…つまりは妖怪全ての主を決める儀式。人間の伝承みたいに、たくさんの妖怪たちがその頭領を目指して各地を巡るから百鬼夜行って言われてるんだ」
「ほへぇ〜、つまり伊織さまも妖怪たちの頭領を目指されてるんですか?」
「あぁ、僕は」

伊織がそう言いかけたその時、道をものすごい勢いで何かが走ってきた。

「あうんっ!?」
「失礼します、白狼警備隊です!彼我伊織さま、そちらの方はどなたでしょうか!」
「あー、そういえば申請しなきゃだったね」
「ほえ?申請!?というか、どなたですか?」

白狼警備隊を名乗る少女は犬耳をピンと立たせながらお駒の方を向き直った。

「これは失礼しました。わたくし、百鬼夜行の運営、もとい警備担当の白狼警備隊に所属している千綾です!あなたは?」
「あ、私はお駒、狛犬で伊織さまのお仲間にさせていただいております!」
「なるほど…彼我さま、お仲間が増えた際は申請をして下さいと伝達されているはずですが?」
「ごめんなさい、まさか仲間が増えるとは思ってなかったから」

そういうと千綾は書類を取り出し、伊織もそれにさらさらとサインをしていく。百鬼夜行では仲間が増えるとその度に申請しなければならないのだ。

「はい!それでは最後にお駒さんの署名を頂ければ申請は完了です!正式にお駒さんが彼我さまのお仲間として認められるということですね!」
「ほへー、そういう手続きも必要なんですねえ」
「はい、特に今回の百鬼夜行は大変多くの代表者さまの皆さんが参加されていますので、我々運営がしっかりしなければならないのです。」

お駒が書類に署名をすると、その文字が青い炎を発して消えた。

「えっ、これ大丈夫なんですか?」
「はい!これで手続きは完了でございます!それでは、失礼します!良い旅を!」

元気よく挨拶すると、千綾はさっきと同じ勢いで走り去っていった。

「なんかすごい勢いでしたね…運営の人たちってみんなああなんですか?」
「まあ僕もあんまり会うわけじゃないけど、大体あんな感じだよ」
「…行きましょうか」
「行こうか」

千綾に気を取られつつも、2人はさらに歩き出した。しばらく歩くと日も暮れてきたので、今日のところは野宿をすることにした。

「陰摩羅鬼、お願い」

伊織の声に応えるように小さなカラスのような妖怪、陰摩羅鬼が飛び出してきた。陰摩羅鬼が紫色の煙を吐くと、そこに小さなテントのようなものが出現した。

「おわぁすごい!こんなの出来るんですねぇ!」
「長旅になるからね、こういう日々の生活面も手厚くやってくれてるんだよ」
「なるほどー、ところで今更ですけど、旅ってどこに行くんですか?」
「ああ、試練の地だよ」
「試練の地?」
「そう、百鬼夜行に参加する代表者は、4つの試練を乗り越えなきゃいけない。その試練があるのがそれぞれ朱雀山、玄武ノ洞窟、白虎林、青龍川なんだ」
「あ、そこ知ってますよ!有名な4つの観光地だって神主さんが言ってました!」
「そこには名前通りに朱雀、玄武、白虎、青龍の大妖怪がいてね。その4人が試練を担当してるんだ」
「なるほど、確かに地名になるぐらいだし偉くて強そうですね!じゃあ伊織さまは今どこを目指してるんですか?」
「今はここから一番近い朱雀山かな。そこから時計回りに巡って行く感じ」
「ほうほう、なるほど…勉強になりますねえ」

そうして会話しつつ、お駒は手際良くおにぎりを握っていく。家事炊事への自信は伊達ではないようだ。

「はいどうぞ!おにぎりできましたよ!」
「いただきます」

ふと伊織がお駒を見ると、期待に目を輝かせている。どうやら「美味しい」待ちのようだ。

「美味しいよ」
「!!ありがとうございます!いやぁ、やっぱり美味しいって言ってもらえるのは嬉しいですね!」
「そもそも誰かにごはんを作ってもらうこと自体久々だしね」
「えへへ、私も誰かと一緒に食べるごはん、久しぶりです!」

誰かと一緒におにぎりを食べ、談笑する。一体こういう日常の光景はいつぶりだろうか。ぼんやりと考えつつ、伊織はおにぎりを食べ終えた。

「ふう…うん、美味しかったよ」
「えへへ、ありがとうございました!わ、伊織さま見て下さい!星!綺麗ですよ!」

お駒が空を指さした先には、満天の星空が広がっていた。正直言って大した感慨は覚えないが、お駒が目を輝かせているのでそれは言わないことにした。

「私、こうやって星空を見上げるの憧れてたんですよね〜!伊織さまのおかげで色んな初めてを経験していってます!」
「…そっか、ならいいや」

地面に横になり、星空を見上げる。その行為に何の感動も覚えない。ただ星空を見ているという事実だけが、伊織の中にある。それでも、横で目を輝かせて無邪気に眺めるお駒を見ていると、何だか自分もそういう人間になれたような気がして、少し嬉しいような、ほんの少しくすぐったい気持ちがある。その気持ちを抱えたまま、伊織は眠りについた。

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