紅月導く百鬼夜行 1話 

あらすじ
妖怪たちの住む世界、燈月の里では妖怪たちの頭領を決める儀式、百鬼夜行が行われていた。各種族から1人ずつ代表を選び、試練の地を巡っていき、最後に代表同士の戦いで勝った者が次代の頭領となる。百鬼夜行の鬼族代表、彼我伊織は旅の中で成長していく。
⚫︎詳細設定
・百鬼夜行には様々な規則が存在し、規則を破った代表者は即座に失格となる。
・百鬼夜行は常に運営である白狼天狗の一族が監視している。
・代表者には運営との連絡担当の陰摩羅鬼が憑いており、運営は彼らを通じて代表者の動向を監視している。
・一種族につき代表者は1人のみだが、他種族の代表の仲間になることは許可されている。これは仮に自らの種族の代表者が敗退した場合の救済措置にもなりうる。
・仲間の人数は基本制限されていないが、あまりに多い場合は運営からの警告がなされる。
・仲間が増えた場合はその都度運営に申告しなければならない。
・試練の地である朱雀山、玄武ノ洞窟、白虎林、青龍川の試練を期限までに突破しなければならない。


第一話
ざあざあと降る雨の中、少年は歩いていた。雨に濡れるその姿は、傍目から見ればどこか儚げに見えるが、その少年…彼我伊織はむしろたくましく、濡れるのを機にするでもなく雨の中を歩いていた。
とはいえ荷物が濡れてしまうと困るので、伊織はどこか雨宿りできる場所を探すことにした。
ふと伊織が見ると、人気のない神社が目に入った。鳥居は折れ、明かりもなければ人がいた気配もない。失礼を承知して境内に入った。足元を見ると、小さな狛犬の石像が道に落ちていた。どうやらよほど廃れているらしい。なんとなく、伊織はその狛犬を台座に戻してやった。狛犬にしては小さかった気がするが、オリジナル狛犬だったのだろうか。そんなことを考えつつ、伊織は神社の中へ入った。

「外の割に中は綺麗だな…誰かが手入れしてるのかな」

しかし、やはり不気味なほどに人の気配はない。それに違和感を覚えつつも、伊織は服を乾かしたのち眠ることにした。

「…かた」

誰かの声が聞こえる。夢だろうか。

「旅の方ーー!!」

大きな声に伊織が目を開くと、目の前には1人の少女が必死の形相で伊織を見ている。

「きみ、誰?」
「そんなことはいいですから!ここは危険なんですよー!」
「いいからって…とりあえず落ち着いて」
「あうんっ」

あまりに少女がパニックになっているので、落ち着かせるのと眠りを妨げられたことへの不満も込めて伊織はチョップをかました。少女の容姿を見ると、小さな角が一本に、犬のような耳が生えている。

「きみ、人間じゃないんだね」
「それは、旅の方もそうでしょう?鬼のお客様なんてお珍しい」
「こんな廃れてるのに客と言っていいかは疑問だけどね。ところで、きみは何者?」
「そうでした!私はお駒。この神社の狛犬です!以後お見知り置きを!」

深々とお辞儀をされ、反射的に伊織も軽くお辞儀をする。しかし、この神社の狛犬といえば伊織が道中で見つけたあの小さな石像しかなかったはずだが…

「もしかして」
「はい!あの時旅の方に助けていただいたおかげでこうして元に戻ることができました!その節は本当にありがとうございます!」
「でも、どうしてあんなところに?流石に自分からああなったわけじゃないでしょ」
「あ、そうですそうです!ここは危険な妖怪に乗っ取られてるんですよ!
「へぇ…」

妖怪に乗っ取られた、というのならあの廃れ具合も納得がいく。実際この神社は近くに里があり、それゆえ畑も近くにある。隠れるような妖怪からしたらこの上なく好都合だろう。

「もともとここは、私を拾ってくれた神主さんがやっていた神社なんです。神主さんは優しくて、野良犬の私を保護してくれました」
「え、きみ犬なの」
「はい、私もよく分からないのですが、どうも神社で過ごしているうちに妖怪になっちゃったみたいで。気づいたらこの人間の姿になれていたのです!」

猫又のように永い時を生きた猫が妖怪となる事例は聞いたことはあるが、まさかただの犬が妖怪になるとは。よほどこの神社に妖気が満ちていたのか、それとも彼女に素質があったのか。真相は分からないが、ひとまず伊織はお駒の話を聞くことにした。

「妖怪になった後もしばらくは楽しく過ごしていたのですが…神主さんが亡くなって、あいつが…」
「ああ…成程」

その刹那、伊織とお駒に向けて攻撃が飛んできた。伊織はお駒を抱え、ひらりと攻撃を躱すと、攻撃が飛んできた方を見る。そこには大きな野槌が天井を這い回っていた。

「ああ、貴様は百鬼夜行の鬼か」
「へえ、知ってるんだ」
「当然だとも、だがそんなことはどうでも良い。なぜ邪魔をする?儂がここでしていることなど、貴様には関係なかろうに」
「関係あるよ。だってお前は、僕のことを食べるつもりだっただろう」
「ほう…」

伊織に言われ、野槌はぴくりと眉を不愉快そうに動かした。今さっきの攻撃は明らかに伊織を狙ったものだった。しかもその方法は、噛みつきだ。あの大きな口では、伊織など簡単に食べてしまえるだろう。

「ヒョヒョ、そう簡単には行かなんだか。それにしても、そこの犬…とっとと食ろうてやるべきだったか。そうすればここは儂にとってもっと快適になろうぞ」
「…!!」
「やっぱり、お前のせいだったか」

お駒の言ったあいつとは、間違いなく目の前にいる野槌だろう。おそらくお駒は野槌との戦いに敗れ、道にあんな姿で転がっていたのだろう。その証拠に、お駒はわなわなと怒りに震えている。

「だったらどうする?所詮、貴様も若造。揃って食ろうてくれるわ!!」

にたりとあくどい笑みを浮かべると、野槌は伊織に先ほどよりも速く噛みついた…が、そこに伊織の姿はなく、伊織はすでに野槌の背後を取っていた。

「ぬう!?速…」
「確かに僕は若造だけど」

伊織は軽やかに飛び上がる。その腕には、立派な金棒が握られていた。

「お前みたいな歳だけの弱虫には負けないよ」
「待っ…!!」

伊織の金棒は野槌の頭に振り下ろされ、野槌は床に叩きつけられた。そしてそれと同時に、野槌の長く大きい体が、まるで最初からそこになかったかのようにサラサラと消えていった。

「た、倒した…倒したんですか?」
「うん」
「う、うわあああああん!!!ありがどうございまず〜〜〜!!!!」

大泣きしながら、お駒が伊織に抱きついてきた。一瞬引っぺがそうとも思ったが、流石にこの空気を壊すつもりはないので、しばらく好きにさせてやることにした。

「ヒック…本当にありがとうございました。ぜひお名前を…」
「伊織だよ、彼我伊織」
「伊織さま、このご恩をどう返せばいいか…そういえば、ここには雨宿りにこられたのですか?」
「そうだよ。旅の途中だったんだけど、近くに洞窟もなかったから」
「で、でしたら…このお駒を連れていってくださいませんか!?」
「え?」

突然の申し出に、伊織は思わず硬直した。なぜ、自分の仲間になりたいと言うのだろう。それに、お世辞にもお駒に戦闘力があるとは思えない。

「いや、」
「も、もちろん戦闘では役立たずですけど…でも!家事炊事は得意ですよ!一人旅ならそこは重要なのではないでしょうか!」
「うーん…」

悩む伊織の脳裏に、ある言葉が浮かんだ。

『伊織、おまえはいつか旅に出る おまえを信じてくれるひと、おまえを愛してくれるひと。その人々を最も大事にするように』

「…きみは、僕の旅についてっていいと思えるの?」
「___はい!もちろん!お駒を助けてくれた人ですから!全力で恩返しさせていただきますよ!」

お駒の瞳には、なんの迷いもない。自信満々に胸を叩き、緊張で若干目を泳がせているものの、堂々としている。

「…そっか、じゃあ、えっと…これからよろしく、でいいのかな」
「…!!やったーー!これからよろしくお願いします!伊織さま!」

わーいわーいと、犬のように伊織の周りをくるくる走る。まさか自分を慕う人間がいるとは。伊織はそう考えつつ、お駒を見つめる。

「…まぶしっ!あれ、もしかして雨、晴れてます?」
「え?あ…ほんとだ」

2人が外に出ると、見事な青空が広がっていた。水たまりや灰色の雲は残っているが、それすら美しく思える、旅立ちにはぴったりと言っていい景色だった。

「それじゃあ…行こうか」
「はい!じゃあ」

ごそごそと何かを探ったと思うと、お駒の手には犬の散歩用の縄が握られていた。

「?」
「行きましょう!」
「待っ」

そう言うと、お駒は勢いよく4足歩行で走りだした。いきなり不安な走り出しだが、勢いならある。ここから2人での旅が、始まるのである。

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