無職の物欲ミャクミャク様に敗れる
通院のため都会に繰り出す。
都会はすごい。物欲を刺激するためだけに設計されている。街全体でおれをぶん殴ってくる感じ。
だがしかしおれは職とともに煩悩を捨てた無職。
ちょっとやそっとじゃ揺らがない。
素敵な洋服もおいしそうなパンも、おれの前では無力だ。無職の力をなめるなよ。
とはいえ、せっかく電車賃を払ってはるばる都会に来たのだ。何もせずに帰るのはもったいない。
そんなときは散歩に限る。
徒歩はいつでも無職の味方。
この季節、地元を歩けばどこにいても金木犀の香りがするのに、都会にその気配はない。
室外機を見るため(趣味)に路地裏を歩けば、年中無休の揚げ物臭が鼻腔をくすぐる。
これだよこれ。都会はこうでなくちゃ。
金を掛けずに都会を堪能し、そろそろ腹も空いたから退散して家で飯でも食おうと思い駅に戻ったところ、目の前にミャクミャク様が現れた。
一目散に駆け寄る。
ミャクミャク様だ……!!
ミャクミャク様のガチャガチャだ!!!
数か月前、ミャクミャク様のぬいぐるみがUFOキャッチャーの景品になった。
ゲーセンに行かねばと思いつつ、休職中は外に出るのが億劫で、行こうと思ってもなかなか行動に移せない。
やっとこさ重い腰を上げてミャクミャク様をGETしようとゲーセンに繰り出したときには、なんと在庫がなくなっていた。
諦めきれず都内の取り扱い店に電話しまくったが、全敗。どこも在庫は0。
「推しがミャクミャク様の眷属になれちゃうぬいぐるみ」としてSNSでバズったらしく、あっという間に在庫が捌けてしまったとのこと。
なんでや…!!
お前らの目的はミャクミャク様じゃなくて「いいね」だろ!?
どうせ写真撮ってSNSに投稿したらさっさとミャクミャク様をポイするんだろう…!???
こんなにも!!!ミャクミャク様を欲している人間がここにいるのに…!!!!
なんでお前らがミャクミャク様を手に入れて、おれがGETできないんだ!!
なんで!!!!!
仮想敵と戦って歯ぎしりをしているおれの前に、ミャクミャク様が現れた。今度はガチャガチャの姿となって。
運命。ミャクミャク様、すぐにそこから出してさしあげますね。
筐体の中を覗くとカプセルはほとんど残っておらず、かろうじて1個だけ視認できる。
あぶねぇ…!超絶残り僅かじゃん!!!
在庫があることに胸を撫で下ろし、お金を入れようと投入口に目をやると、「売り切れ」という赤いカバーが被さっている。
…売り切れてないよ??
動揺してしまう。今度こそ一緒になれると思ったのに。おれはまた同じ過ちを繰り返すのか。
いいや諦めない。
だってあるもん、目の前にカプセルが!
1個だけあるもん!!!
「売り切れ」カバーに触れてみると、シャッターのように上にあげることができる。出現するお金の投入口。
なにかの衝撃で売り切れてないのにカバーが下りちゃったのかな?
とりあえず回してみよう。
400円投入。
回す。
妙に固い音が響く。
出てこない。
カプセルが出てこない。
ダメか~
しょげながらも諦めて400円を取り戻そうとおつりボタンを押すと、出てこない。
100円玉が出てこない。
え…!
おれの400円……!!
昔だったら諦めてた。
だがしかし今は無職、諦めきれない。
400円、400円ぞ…!!
絶望するおれの後ろで、小学生男子が「ミャクミャクだ~!」と歓声を上げている。
そうだね、ミャクミャク様だね。
でもごめん、今お姉さんが壊したよ。
幸い少年は歓声を上げただけで、すぐに立ち去って行った。ガチャガチャの前でオロオロする大人を見たくなかっただけかもしれないが。
とにかくどこかに連絡せねばとガチャガチャの周りをウロウロして、問い合わせ先の電話番号を発見。
ヘルプミー。
電話口のお兄さんは「1分で行きます!」と答えてくれて、本当に1分で来てくれた。
ガチャガチャの前で立ち尽くす大人を見るなりすぐに状況を理解し、管理者権限で強制的に筐体を分解。
「最後の1個ですよ」と微笑みながらカプセルを手渡してくれた。
神だ。神の手だ。神はここにいたのか。
ミャクミャク様という神を救う彼もまた神。
さすがは八百万の神がおわします国、日本。
父さん母さんありがとう、ぼくをこの国に生んでくれて。
ほくほく気分でその場を去る。
電車に乗る。
電車賃に顔をしかめる。400円以下なのに。
400円、400円かぁ…
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