政治家の役割とは何か。口唇口蓋裂をきっかけに考える
先日、広島大学歯学部で口唇口蓋裂について講義をしました。皆さんの中にはピンと来ない方もいるかもしれませんが、政治や行政の本質にかかわる問題ですので最後までお読みいただきたいと思います。
広島大学歯学部では毎年医療倫理の授業でこの問題を取り上げており、当事者団体である口友会の皆さんと共にお話をさせていただいているのですが、金曜日は本会議があることもあってこれまではオンラインの講義でした。今回初めて広島に行って学生の前で話すことができました。やはり臨場感が違います。
口唇口蓋裂と向き合う理由
口唇口蓋裂とは唇と口の上顎の一部が割れている状態を指します。生まれつきこの症状を持つ人が400人から500人に1人います。私がこの問題に取り組み始めたのは8年ほど前からです。「口友会」の役員の人が私の地元にいまして、その団体の皆さんが国会に訪れたことがきっかけでした。
口唇口蓋裂の人の多くは歯並びが非常に悪く、インプラントを使用して矯正する必要があるのですが、当時は保険の適用範囲が限定されていました。インプラントは非常に高額な治療費がかかりますので、経済的な余裕のある人以外は歯並びの改善が難しい状況でした。当事者の皆さんの顔を見ていて、これは何とかしないといかんと強く感じました。
政治家は票を集めることやパーティー券を買ってもらうことに関心が集中し、それ以外の問題に関心を持たない傾向があります。しかし、私はあるきっかけで、普通の政治家が取り組まない問題こそ自分の問題だと考えるようになりました。2012年の年末、わずか637グラムという超低体重児で生まれた私の次女は生後わずかな期間で亡くなってしまいました。夫婦でとても辛い思いをしました。
私の娘は残念ながら育ちませんでしたが、成長する子供の中には障害があったり、児童虐待や貧困に苦しんだりするケースもあります。そのような境遇にある子供たちのために仕事をすると決めたのです。子供の障害や虐待、生活保護家庭の進学などの問題に取り組み、少しずつではありますが成果を出してきたという思いがありました。そうした中で口友会の方々と出会い、これこそ私が取り組むべき課題だと感じるようになりました。
患者への差別の実態
口唇口蓋裂の方々に対する差別の問題からも目をそらすことはできません。私自身も、小学校の下の学年に口唇口蓋裂の子がいたので、「こういう人もいるんだな」と思った記憶があります。当事者の皆さんから話を聞くと、子供の頃に顔の表情や歯並び、喋り方などでからかわれたことがある人が多いのです。当事者の方々やその家族は深く傷つきます。成長してからも、お互いは結婚したかったのに両親に反対されて結婚できなかったという話もあります。
深刻なのは、本人以上に母親がさまざまな重荷を背負っていることです。お母さんには何の責任もないのですが、「自分のせいで子供が苦しんでいる」と涙ながらに語る若いお母さんたちの話を何度も聞いてきました。差別は人々の心の中に存在する難しい問題ですが、せめて安心して医療を受けることができる環境を作りたいと考え働きかけを続けてきました。
患者に立ちはだかる育成医療の壁
幸いなことに、インプラントの保険適用については当時の厚生労働省の担当者が親身になって取り組んでくれました。2016年からインプラントの保険適用が実現しました。これにより、口唇口蓋裂の患者の方々の経済的負担は軽くなりました。ルールを変えるためには、政治家だけでなく官僚の心意気も重要です。
インプラントの保険適用が実現できた時には次の課題も越えられると考えたのですが、現実は甘くありませんでした。口唇口蓋裂に限らず、子供の時にさまざまな障害がある場合には、「育成医療」を利用することができます。経済的な負担なく子供たちが治療を受けられる素晴らしい制度です。口唇口蓋裂だけでなく、先天性の耳の奇形や心臓・肝臓・腎臓の疾患などを抱えている場合にも、若い時に治療を行うことで、成人後に障害のない、もしくは障害が軽い状態で生活できるようにする取り組みが行われています。
口唇口蓋裂で問題なのは、育成医療の対象が18歳までに限定されていることです。児童福祉法によって児童の定義が18歳までとなっていることがベースにあります。口唇口蓋裂の当事者の方々は複数回の手術を受ける必要があります。最初に生まれてすぐに手術を行います。口唇が開いている場合、ミルクを上手に飲むことができないため、栄養摂取が困難になるからです。小学校の頃に2回目の手術が行われるケースが多いようです。そして成人になる前に3回目の手術を行います。成長が止まるまでに手術をしても顔の形が再び変わるため、最後の手術はどうしても18歳の直前になります。
ただ、実際には18歳以降に手術をしているケースが多いことが分かっています。昭和大学口唇口蓋裂センターの大久保文雄先生にお願いして調査をしてもらったところ、口唇口蓋裂の患者の中で、18歳未満で手術が終了しているケースはおおよそ30%程度で、18歳以上になって手術をしている方が実に70%もいます。18歳までに完了していないケースの方が圧倒的に多いのです。そのため、育成医療の期間を拡大し、18歳までに治療を始めた人に関しては医師の判断に基づいて育成医療の年齢を拡大してほしいというのが口友会の要望です。
科学的な問題以外に社会的な要素もあります。18歳という年齢は人生の重要な時期にあたります。受験勉強や就職活動をしている最中の夏休みに、長期間入院して顔の形を変える大手術を受けなければならない負担は非常に大きい。せめて大学・専門学校への入学や就職から20歳までの間は手術を受けられるようにしてほしいという患者の皆さんの要望は、切実なものです。
厚生労働省の担当者に何度も説明してきましたが実現していません。彼らの主張は「18歳以降の患者は育成医療ではなく更生医療を受けてください」というものです。更生医療は障害者手帳を取得しなければ受けることができません。障害者手帳を取得するためには、歯科医や医師に申請して認められる必要があります。この手続きは非常に煩雑です。患者さんの多くは障害者手帳を取得せずに人生を生きていきたいと思っています。私は何とかその願いを実現させたいと思っています。
患者に立ちはだかる政治の壁
残念ながら政治的な壁も存在します。これまで私は、さまざまな政治家と口唇口蓋裂の問題について話し合ってきました。当初は民主党に所属していたため何人もの議員に対して声をかけました。皆さん、「分かりました、応援します」と言ってくれますが長続きしませんでした。野党だけでは実現できないと感じ、与党の皆さんにも声をかけてみました。当時私が親しくしていた自民党の議員にも声をかけて動いてもらったことがありますが、広がりはありませんでした。
公明党の方々のところにも相談に行きましたら、党の会議にも口友会の皆さんを呼んでいただきました。議員の皆さんは途中退出する方もほとんどなく最後まで熱心に耳を傾けてくださいました。公明党には、現在も厚生労働省と交渉をしていただいています。自民党は外交や安全保障、エネルギーなど、国家としてしっかりと取り組まなければならない分野で長けていると思います。一方で、公明党は口唇口蓋裂のような分野で自民党の足らざるところを補ってくださっていると感じています。自民党と公明党の間にすき間風が吹いているという話がありますが、私はそのような点に自公連立の意味があると感じています。
若者たちの反応
広島大学では100人ほどの学生が講義を聞いてくれました。最近の若者はリアクションが薄いのですが、うなずきながら熱心に聞いてくれている学生もいました。寝ている学生やスマホをいじっている学生もいましたが、私も学生時代に熱心に授業を聞いていたわけではないので、彼らに対して目くじらを立てる気持ちにはなりませんでした。私の話はさて置き、口唇口蓋裂の当事者の方々の話は彼らの心に響いたと思います。医療人として歩むべき道を考えるきっかけにしてくれる学生が1人でもいたのであれば、広島まで足を運んだ甲斐があると思います。若い人との対話は難しいですが、諦めたら終わりです。とにかく語り続けることが大切です。
追伸
広島大学歯学部で口唇口蓋裂について講義を終え、広島駅で「お好み焼き」を食べて大満足して帰路につきました。
※こちらの記事は、Voicyの5月27日配信分をGoogleドキュメントで文字起こししたものをベースにしています。