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ゆりちゃん

特に親しくなかった同級生に関する唯一の思い出。


先日実家に帰ったとき。
同級生のゆりちゃんに彼氏がいるらしいと母から聞かされた。
(母は役場勤めで、地元の友達の近況を私よりも知っている)

特別の興味はなかったのでふぅん、そうなんだ、と流した。

ゆりちゃんとは保育園から中学まで一緒だったのだが、
これといった接点はなく、
話をした記憶もほとんど残っていない。
強いていうなら猫みたいな喋り方をする子だったというくらい。(別の友達も言っていたのである程度は共通認識だったのだろう)

「ゆりちゃん以外とは友達になった」
と保育園の時、母に話したような記憶がある。
ただこれは別に嫌いとか苦手とかそういうわけではなくて。
私は数回話したら友達認定してしまう子だったのだが、
人見知りでお互い話しかけることがなかったのだと思う。


彼女との思い出は元々ほとんど無いないのだが、

一つだけ鮮明に覚えていることがある。



小学生中学年位の頃。
席替えでゆりちゃんと隣の席になった。

とはいえしばらくは特に話すこともなかった(と思う)のだが、
ある日の授業中、ふと隣を見ると、
ゆりちゃんは指でカエルを組んで、
口をパクパクさせて遊んでいた。

すごい。カエルだ。
と思った。

割と有名な手遊びなのだが、
当時そんなことは全く知らなかった。
なんだあれは、と
ちょっと吃驚して、
自分もやってみたいと思った。


そして、休み時間になったのでカエルの作り方を聞くべく、
さっそくゆりちゃんに話しかけた。

「ゆりちゃん、さっきやってたカエル、どうやって作ったの?」

それまでほとんど話したことなかったにも関わらず、
ゆりちゃんは
「あれねー」
と快く私にカエルの作り方を教えてくれた。


「まずは薬指でばってんを作って」
「こう?」
「うん、そして中指をくるんってやって」
「うん」
「人差し指と親指で口を作れば完成ー」

おお、凄い、できた。

「おーできた、すごい!」
「簡単でしょ」

作ったカエルで口をパクパクさせて遊ぶ。
なんか楽しい。

ただ遊んでいると、
小指がパクパクさせる時にちょっと邪魔である。
気になったので聞いてみる。

「そういえば小指は?」
「ああ、小指はね」


「のどちんこ」


「のどちんこかぁ」
「そう、のどちんこ」

カエルの口の中をじっと見つめる。
そこには確かに小指ののどちんこがあった。
そっか、小指はのどちんこなんだ。

「これが自分用でー」
とゆりちゃんが続ける。

「両手でチョキ作って、
さっきみたいにバッテンくるんってして、
薬指と小指で口作ると人用のカエルー」
「ほんとだー」
「で、今度は親指がのどちんこ」
「のどちんこ」
「うん、のどちんこ」

さっきと同じように口をパクパクさせて遊ぶ。
やっぱり楽しい。

ただ、やはり小指をのどちんこにしておくのは少し勿体ない気がした。
そこでちょっとした応用を提案する。

「ゆりちゃんゆりちゃん」
「これ親指立てたらさ、トノサマガエルー」
「ほんとだ、トノサマガエルだー」

・・・

ひとしきりカエル口パクパクを堪能して、
応用技まで編み出して、
カエルを一通りマスターしたところで満足したので、
ゆりちゃんに「ありがとー」と言って解散になった。



ゆりちゃんと会話らしい会話をしたのはそれが最初で最後だった。
この出来事によって特に二人の関係性が変わることはなかった。
その後再びクラスが一緒になることもなく接点は消えていった。

私はこの時覚えたカエルをかなり気に入り、
しばしばカエルを組んで口をパクパクさせて遊んでいた。
今ではふとした瞬間に指で組んだ
「自分用のカエル」が出て来て私に語りかける。
ちょうどハイスコアガールで春夫にガイルが語りかけたみたいに。
最近元気がないんじゃないか?お前はそれでいいのか?と。
私も何かあるとカエルに愚痴を溢す。
今日も疲れたよ、よくないけどどうすればいいのかわからないよ、と。
15年以上の年月を経て、カエルはもはや完全に自分の一部になった。

そしてカエルが口をパクパクする度、
口に小指が突っかかる度に、
ああ、のどちんこだ、と
少しゆりちゃんを思い出す。

おかげで今では「のどちんこ」と聞いただけで、
条件反射で少しだけゆりちゃんの影がちらつくようになってしまった。

幼き日の思い出が幾度となく繰り返されたことによって、いつの間にか自分の中で「ゆりちゃん」と「のどちんこ」の境界は溶けてもはや一体となっていた。

最近は年齢的にも殆ど「のどちんこ」という言葉も聞かなくなったし、
もう何年も会っていないので彼女の顔も声も曖昧になってきているが、
未だに「のどちんこ」と聞くと、少しだけゆりちゃんを思い出す。




という訳でゆりちゃんは自分の中でかなり特殊な存在である。

好きとか嫌いとかではない。

「のどちんこ」の子なのである。

無論そんな子は唯一無二である。



ゆりちゃんはあの日を覚えているだろうか。

今後の人生で、会うことが在るかどうかは微妙なところだが、

今度会ったら聞いてみたいと思う。

カエルの作り方を聞いた、あの時みたいに。









(1983文字)

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