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コドモとオトナ 考え隊

「コドモとオトナ 考え隊」について書きます。
最初は「こどもと親 考え隊」でした。
どうしてこういう名前にしたかというと、『さよなら、子ども虐待』という本の仕事をさせてもらった時に「やっぱり子どもはものすごく親に影響されて育つんだなあ。だったら親同士で子どもについてどうしたらいいか考える会を作りたいな」と思ったことがきっかけです。
私自身も親の「ネガティブ教育」の成果でネガティブ思考クイーンになってとても苦しい気持ちでいたので親の影響を実感していました。

最初は「どういうことが虐待になるか」を親が勉強する場を作ろうと考えていました。
でも、なかなか「虐待」という言葉が入ると難しいなあということを感じるようになり、どうしようかなあ?と考えていたら、子ども哲学をしている菱田さんに出会いました。
それで「哲学対話を通して親と子どもの関係を学ぶ場を作れたら良いな。そして子どもたちが自分の意見を親やおとなにちゃんと言えるようになったら良いな」と思い、子どもの哲学対話をしてくれる場所を探しました。

趣旨を説明すると「良いですね」と言ってもらえるのですが、「でも、その哲学対話をしたら何か良いことがあるんですか?たとえば成績が良くなるとかあるんですか?何がメリットなんですか?」と聞かれたり、「子どもに考える力を与えてしまったら、今の自分の状況に気づいてしまうかも知れない。トラブルになったら困るから止めてほしい」と言われることもあり、ビックリしました。

でも「言葉に出していれば実現するかも」と思い、アチコチで「子ども哲学をしたいです」と言ってたら「ウチでやりませんか?」と言ってくださったのが成福院さんでした。(「生きるのヘタ会?」「凸凹ある会?」をさせてもらってるお寺です)
成福院の住職さんが子ども哲学に興味があったということで、勉強をしていたそうです。
それで、成福院さんで「こども哲学おとな対話のじかん」をはじめることになりました。

いつやろうか?と日にちを決める時に菱田さんが「平日に学校に行けないでいる子どもたちの居場所にしたい」と言ったので第3金曜日の午後にすることにしました。
13時〜小学生の部、15時〜中高生の部
2024年3月15日にスタートしました。

「平日の午後に学校に行ってない子が哲学対話というわけのわからないことをしにお寺に来るのか?」とたくさんの人に言われたのですが、一回目は何人かの子どもたちと親御さんが来てくれました。とはいえ菱田さんの関係者のみなさんでした。
菱田さんが子どもたちを良くわかってるので、みんな楽しく哲学対話をしているようでしたが、後から声を聞いたら「親が見てるので話しづらかった」ということでした。
なので2回目からは親と子どもを離して対話をすることになりました。
子どもは菱田さん、おとなは私が担当することになりました。

ひとりも子どもが来なくておとなだけで対話をした回もありましたが、私がsnsで「誰も来ないなあ」と書いたら、以前参加してくれたお子さんがそれを見て「誰も来ないって書いてたから来た」と来てくれたこともあり、感激したこともありました。
それから「生きるのヘタ会?」に参加してくれてる方が「こども哲学」のほうにも参加してくれて子どもたちと楽しく関わってる様子を見て「ああ、こどものことを考えてるのは親だけじゃない、おとな全部なんだ」と思いました。
それで「コドモとオトナ 考え隊」に名前を変えました。
(カタカナのほうが読みやすくてやわらかいかなと思ったのですが、どうでしょうかね)

そんなこんなで、今は「コドモとオトナ 考え隊」の一環として「こども哲学おとな対話のじかん」をしています。
こども哲学は「ウチでもやってほしい」と声がかかったりしてて、菱田さんが場を広げていくようです。
そして2025年1月31日に子どもたちとおとなも集まって餅つき大会を実施する予定です。
この様子はまた後日お知らせいたします。




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