1人で動画を撮ること、広告をつくること
SNSが普及して、スマホを開いて、少しスクロールするだけで、とても綺麗な写真や綺麗なデザインに出会えます。ストーリーズをどうやって投稿するか、どうやって写真を撮れば綺麗になるか、そんなノウハウも増えて、良いものを作ろう、フォロワーを増やそう、日々取り組んでいる方はどんどん独自の世界を広げています。1人の人間と1台のスマホで。
そんな中で、1人で全て出来てしまうが故の落とし穴もあるように思います。こんなことを書くと、古い人と思われるかもしれませんが、敢えて文章にしようと思います。
今年の初めのこと、私の尊敬するコピーライターの方が息を引き取られました。Facebookの息子さんの代理投稿で彼の訃報を知りました。一度、スクロールしそうになった手が止まり、お父様の訃報かと思いきや、ご本人とのことで、そのショックは大きかったです。
その尊敬するコピーライターさんは、私の住む近くの温泉街へ東京から毎月通い続けてくれました。14程ある旅館を1回に2旅館づつ宿泊(2泊3日)し、全旅館を宿泊するまで、最低でも7回は訪問してくださいました。訪問の目的はこの温泉街を一言で語るキャッチコピーを紡ぎ出すため。
文字にすると、このnoteのタイトルくらいのわずか数文字。それを生み出すために、一年以上15回以上、何度もこの地を往復してくれました。会うたびに、色々な方と酒を交わし、お話を聞き、時には笑いながら、でも全てはヒアリングのため、この温泉街の低く低く、まさに温泉が湧き出ている、その源泉を見つけ出すような地道で丁寧な作業でした。笑いながらヒアリングする彼の目の奥が常に源流の水脈を探していました。今もその眼差しは忘れられません。
最終的にその彼が紡ぎ出したコピーをプレゼンした時には、聞いている方はもちろん彼のキャラクターもヒアリングの労力を知っているし、彼に全てを話していて、逆にそこまで親身になって耳を傾けてくれた人はいなかったので、短い彼のコピーに納得し、聞いた時から愛着を持ったと思います。今も大切にそのキャッチコピーを使っています。
1行のコピーは5分でも書けるけど、1年でも書けないものもある。それが言葉の醍醐味です。それは、コピーだけではありません。イラストや写真、デザインや動画、全てに言えます。
最近は1人の力で、コピーを考えたり、デザインを選んだり、イラストを添えたり、全てを担える人が本当に増えて、それは良いことである一方で、かつてのように、その一部分にとても力を込められる人が少ない気がしてしまい、それが無くなることで、それを理解する感性も薄れてしまうことが心配です。文章はchatGPTに書かせて、イラストは無料のものから選んで、写真はスマホアプリで自由に補正して・・・。それが当たり前になった時に、「あれ、これは・・・」と目に留まるものには、プロフェッショナルの力があると信じたい。
1人で動画を撮ること、広告をつくること。1人で出来てしまうことはたくさんあるけれど、実はできた「風」の部分があって、それは全然良くて。だけども、言葉だけは良い言葉を使いたい、写真だけは良い写真にしたい、そんな風に総合的に仕上がっていない部分があっても、しっかりこだわった部分だけ磨かれていると良いのかな、と思ったりします。
人は皆バックグラウンドが違うし、その個性を尊重し敢えて、協力出来た時、誰にも手の届かない作品が出来上がるから。
全てのつくる人、発信する人へ、愛を込めて。
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