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食べられません、僕だけは。③

 三郷市立西川中学校ではちょうど全校集会が行われていた。緋色たちがイーターに襲われた時とほとんど同じ状況だった。体育館に現れたイーターが、体育館の天井を剥がそうとしているところだった。

 ヘリコプターは体育館の近くまでたどり着いていたが、イーターはその背後からヘリコプターに向かって何かを放出させた。

「まずいな。あれは背後ではないのか。何かセンサーのようなものでこちらを認知しているのか?」

 アンジェリカはブツブツと唱えるように観ている情報を整理していた。

「松戸博士! このままだと我々があれに撃たれるのも時間の問題です。どうかご決断と指示を」
「そうだな。やむをえん。村上緋色! 行け!」
「はあっ?」

 緋色が変な悲鳴を上げた次の瞬間に、緋色はヘリの外に突き飛ばされた。

「ぎゃあああああああああ!」

 どう考えても死ぬ! 言葉にもならず絶叫していたら、背後に衝撃が走った。どうやらヘリにいたアンジェリカ以外の対策本部の人間が緋色を捕まえたようだ。

「ぐえっ」

 突然パラシュートが開かれその衝撃で緋色は舌を噛みそうになる。無事に地上にたどりつくことはできた。ただこれを地上と言うべきかは少々の疑問は残る。体育館のすぐ側のおそらくは自転車置き場だろう。緋色はその屋根の上にいた。

「村上緋色、聞こえるか?」

 どうなっているのか、頭蓋骨にアンジェリカの声が響く。初めての感覚に緋色は気持ちが悪くなった。

「聞こえるか? どうなんだ!」「怒鳴らないでください! 聞こえています」
「そうか、その男はおまえの盾だ。村上緋色はとにかくイーターの一部でもいい何かを持ち帰ること」
「どうやって?」

 緋色がそう言うとアンジェリカに盾だと言われた男が何やらアーミーグリーンのケースを緋色の前に出し開いた瞬間だった。  

 何の気配も感じていなかったが、体育館の天井を剥がしていたイーターのアームが緋色の盾と言われた男の頭をもぎ取っていった。

 頭をなくした男の首から血しぶきが吹き出している身体が緋色のほうに覆い被さるようにゆっくりと倒れてくる。  

「あ、ああああああああああああああ」

 パニックを起こしかけている緋色の頭蓋骨にアンジェリカの舌打ちが響く。

「村上緋色! しっかりしろ!」
「無理です!」
「ああ、そうか。じゃあしっかりしなくていいから、私の言うとおりにしろ」
「無理です!」
「いや、君にしかできないことなんだ。私は今君と視界を共有している」
「え?」
「君の脳には色々細工をした。そのスーツにもな。考えるな。今はただ私の指示に従え。こうしている間にもイーターは体育館の中で大量に中学生を殺している。君の学校で起きたことと同じことだ。そして、これは終わりではない。この半年少ない手がかりしかなかった。今唯一の希望が君なんだよ。頼む、私の指示に従ってくれ、村上緋色、ヒーローになってくれ」

 緋色はあたりを見回した。盾の男は一瞬で殺されたのに確かに自分は生きているし、まるでこちらのことは忘れているようだった。

 緋色はゆっくりと三回深呼吸をした。

「僕は何をすればいいんですか」
「ありがとう。まず、そのケースを開いてくれ」

 緋色はアーミーグリーンのケースを開いた。 中には数種類の刃物と、大小様々なサイズのアクリルのケースと小型のクーラーボックスが入っていた。

「それらの刃物でイーターの表面だけでもいい、一部だけでもいい。とにかくなんでもいいんだ。私はそれがなんなのかを確かめる必要がある」「あれに近づけって言うんですね」
「申し訳ないがその通りだ」

 体育館からは断末魔の悲鳴が聞こえはじめている。

「僕にできることって他には」
「残念ながら特殊部隊でさえできることがほとんどないかもしれない。今銃器のたぐいは一切通用しないと報告が来ている」
「そんな……」
「ただ、できるだけその目で、イーターの姿を捕らえてくれ」
「分かりました」

 緋色は腹をくくりイーターの側へ近づいていった。赤と黒の巨大な重機のような姿をしているのに、そのアームはしなやかに動き、人間を捕まえていたのをいやがおうでも緋色は思い出した。

 本当に自分は食べられない、殺されないのだろうか。はっきりとした確信は抱けないまま、緋色は巨大イーターの足元へ急いだ。

 体育館の低い位置にある窓から悲鳴が聞こえ視界になにか赤いものが映るのが恐ろしくて目をぎゅっと瞑ってから違う方向を見るようにしていた。

 中からは銃を撃つ音も聞こえた。おそらく特殊部隊の人間がせめてもの抵抗で撃っているのだろう。

「村上緋色、君は覚えているか?」

 緋色はアンジェリカの声にハッとした。

「何をですか?」
「君たちの学校で君以外の全員が殺されるのにかかった時間だ」

 思い出すのもおぞましかったが、とても重要なことに違いなかった。

「三十分もたっていなかったと思います」
「そうか。なら急ごう。この中学校の生徒数は君の高校の半分にも満たない」

 アンジェリカにそう言われて見るのを避けていた体育館の窓を見た。もう既に頭を狩るドローン型が飛び交っているのが分かった。

 悲鳴と血の臭いで胸が押しつぶされそうになったが、緋色は巨大イーターの足元まできた。するとアンジェリカが具体的な指示を出しはじめた。 

「まずはケースを開けて。そうだな。その一番手前にあるメスを使ってみよう」

 緋色は言われた通りにメスを手に取りイータの足に突き立てた。

 まったく歯が立たなかったのだが、どうしたことだろう。巨大イーターのアームが緋色の目の前に、いやメスを突き立てようとした場所を撫でたのだ。

 まるでハエのたかる身体を掻きむしるような動作だった。

 緋色はいよいよ殺される、と思って身体をこわばらせたが、アームは緋色の存在が見えていないかのようにもとの作業に戻っていった。

「なんということだ! イーターには触覚があるのか? それともセンサーなのか? いやセンサーだとしたら、村上緋色そのものに……」

 アンジェリカのブツブツいう声に緋色はうんざりした。

「もう無理です! あのアームが当たったら間違いなく僕は死にます!」
「確かに同じことを繰り返すのは愚行にほかならない!」
「そういうことじゃなくて」

 アンジェリカには日本語が通じないのではないのか? 緋色はそう疑いたくなってきた。

「分かっている! でも頼む! あとひとつだけ試してもらいたいんだ。四角いグリーンのバッテリーのようなものがはいっているだろう? そうそれだ。それをイーターの足の周りに置いてくれ」

 緋色はしぶしぶアンジェリカに言われるままにケースから緑色の四角い物体を取り出してイーターに触れないようにそれを置いた。

「村上緋色、走れ! そこから少しでも遠くに離れるんだ」
「なんでですか!」
「爆発するからに決まっているだろう?」
「はあ!」

 混乱しながらも緋色が走り出して数秒で爆音が轟き、爆風で身体が中を浮いた。

 緋色はそのまま地面に滑り込むように吹き飛ばされる。

 身体に衝撃を覚えながら、緋色はイーターに殺されるよりもアンジェリカに殺されるのが先なのではないかと疑いはじめていた。

 身体が体育館の壁にぶつかり、頭を上げると体育館の中が見えた。

 ひとりの少女が泣きわめきながら逃げ惑っていた。緋色は考えるよりも先に走り出していた。

「村上緋色! やめろ! もどるんだ!」

 アンジェリカが止めるのも無視して体育館の中に足を踏み入れた途端滑って転んだ。

 緋色のスーツに赤黒い染みができる。

「あっ!」

 床にできている血の海で滑ったことに気がついて背筋がゾッとしたが、それでも生存者を助けたかった。

 誰か、いないのかさっきの少女は?

 自分が盾になれば助かるのではないのか?

「いた!」

 懸命に逃げている少女のもとに緋色が向かおうとした瞬間だった。

 ドローンは彼女の頭を捕まえるとねじ切ってしまった。目の前が真っ赤になる。絶望のあまり膝から崩れ落ちるとアンジェリカがささやくように言った。

「今はまだ我々にできることがほとんどない。だが必ず戦えるようにするだから、こらえてくれ」

 アンジェリカがそういうのとほとんど同時にイーターが一斉に三郷市立西川小学校から飛び立っていった。

 緋色以外の生ある人間の命をすべて奪っていった瞬間だった。

 緋色と同じスーツを着ていた特殊部隊の人間も全員その命を散らしていた。

 イーターが完全にいなくなり、アンジェリカが緋色をヘリコプターで迎えに来ると、緋色は意識を失った。

「運んでやれ、怪我をしているはずだから手当も頼む」

 アンジェリカは部下にそういうと、防護服を着て体育館の中を確認した。キューブを見つけ回収させる。

 そして、一番の彼女のお目当てである巨大イーターの足があった場所。

 あやうく緋色ごと吹き飛ばしそうになった場所へむかった。

 残されていたのは大きな足跡だった。

「クソッ! いったいどうしたらいいんだ。まったく歯が立たなかったということなのか?」

 アンジェリカが頭を抱えたくなり、地団駄を踏んでいたら、何かを踏んづけた。

 アンジェリカはそっとその足をどかすと、にっこり微笑んだ。

「村上緋色はやはりヒーローだ。いや、救世主か。なんでもいいようやく、ようやく手に入った」

 アンジェリカは踊るように軽やかに走りはじめた。
 その手にはイーターのボディのほんの僅かな一部が握りしめられていた。 
  
   
  

 
   
 

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