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POUPE -ぷーぺ- ① 試し読み その1

 もうすぐ関西コミティア72。
 柚木トモカ商店は出店!スペースNo.F-008です!

 ということで今回は、アクションコメディ「POUPE」の冒頭を掲載!
 2週連続でお届けします!

 ①

 空を。
 自分のスラックスが。
 飛ぶ瞬間を、長谷部(十七)は見た。
 その隣では、彼の妹、長谷部姫花(十四)が同じく見上げている。
 ひとりでにベルトが外れ。
 スラックスが、ひらりと。
 ぺしゃりとそれが地面に落ちたころ、全ての感覚が戻ってくる。
 虚ろな目で、長谷部はスラックスを見つめた。折れ曲がった学校指定の灰色スラックスは、微かな砂が付き、まさかそんなことがあろうかという思いがけぬ事態に、ただ膝を屈している。
 ろくなもんじゃないことを、長谷部は今知った。

「ぎゃああああああああああ!??!??!?!??!?!??!?」

 絶叫が住宅街へと響き渡る。
「なっ! なななんななん!?!??!??!?!」
 奇声を上げながらスラックスを履きにかかる。いきなり自分から離脱したとは思えないほどあっさりスラックスは足に入り、しかしバックルが締まらない。正しくは閉めても落ちてしまうのだ。見ると、分厚いベルトがかまいたちに遭ったかのように、中ほどですっぱりと着られていた。
 全て、まさか、この奇人に!?
「ごめんねー。語るきっかけがなかったから、つい」
「コミュニケーション下手か!?」
 思わずツッコみ、いやそこではないと思いなおす。
「ベルト切るなんて……お前はいったい何なんだ!?」
「私はこういう者です」
 何もかも間違った出会いのくせに、奇人は名刺を差し出してきた。ダンゴ? しによん? に結ばれた金髪、青い目、真っ白なスカートスーツ。その実態は……!
『怪奇専門呪術師◆真海 想実(しんかい そうみ)』
「信じられるかっ!」
 長谷部は名刺を振り払った。怒りと羞恥と怒りがないまぜになった地面へのキックもつけて。
「そうね、信じてくれないわね……」
 想実は溜息を吐くと。
「これなら信じてくれるかしら?」
 ひらりと指を反らす。すると、再びスラックスが風に舞い上がり……また飛んでいった。
「信じろってのか!? この行動で!?」
 信じるというまで、長谷部はスラックスをめくられ続けるというのか!? 人間技か、幻か!? そもそも、触ってすらいないのに、勝手に足からスラックスが抜けて飛んだ。人ならざる行為であるのは間違いない。
「わ、分かった……信じるから、スラックスを元に戻してくれ! 恥で死にそうだ」
「お兄ちゃん、姫花はそんなことで嫌いにならないよ! お兄ちゃんがいつだってカッコいいこと知ってるもの」
「サンキュ、姫花……!」
 最愛の妹の、ちょっぴり天然な励ましを心に留めつつ。
「信じてくれて助かったわ」
 奇人が微笑む。途端、スラックスがぴったりと止まった。ベルトの切れ目も完璧に繋がり、そもそも切れたことすらなくなったように。
 ……本当に、呪術師なのか。
 ……呪術師って、他人のスラックスを剥がす職業だったっけ?
「あなたの妹には呪いがかけられているの」
「わ、わたしに?」
「姫花に!? ……それは、その……」
 長谷部は元に戻ったスラックスを見つめながら呟いた。
 スカートがひらりっ、なアレなのか。
 だとしたら兄の威厳をかけて阻止しなければならない。
 奇人は静かな声で言った。
「えぇ。とてもレアな呪い……獣の呪いよ」
「……け、獣っ?」
 とりあえず、スカートがアレな呪いではないことに安心した。だが、獣という名前は安心できない。そもそも、呪いが妹にかけられていると?
 長谷部は、今のやりとりがなければ、鼻白んでいただろう。
「獣の呪いは人間を喰う怪物の呪い。私は目覚めの阻止を行う者なの」
「どうやって……」
「目覚めを望むボイルド達を、掃討することで」
 奇人は答え続ける。だが、なにひとつピンとくるものがない。オークとか、魔王とか、ファンタジーな言葉ならイメージもついただろう。
 目覚め。
 ボイルド。
 ……やっぱり電波な女の……そう思ったとたん、奇人の指が小さく動いた。
 それだけの動きだったが、長谷部は慌てて疑いを止めた。三度スラックスを剥がされては敵わない。

◆◇◆

 次週に続きます!

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