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出しちゃいましょう!
私が最初に仕事に就いたのは24歳。
2年間、認知症の祖母の介護で就活ができなかった。
その後、伯母のつてで医療事務の仕事に就いた。
はじめての仕事先は病院だ。
医療事務の派遣会社から、診療報酬請求書(レセプト)の点検で
チーフと先輩と私との5人組。
仕事内容は、レセプトを点検してできるだけ漏れている点数を
拾い上げること。
地道な「落穂拾い」と言っていい。
ひたすらカルテとレセプトを見て、
勉強で教わった通りに反映されているかを確認。
医師や現場スタッフが行った行為はカルテに記載され、
カルテからレセプトに転記されているのが通常だ。
しかし、忙しくて転機漏れがあったり、
現場の医療事務が間違った解釈をしていたりで
意外なほど「収穫」が多い。
「収穫」後に修正したレセプトを依頼元の病院に渡し、
病院から支払基金や国保連合会に提出して、診療報酬を病院がもらえる。
最初はよくわからなかったが、
面倒見のいいチーフ(50代)のおかげで、少しずつコツを覚えられた。
わからなければ、先輩もチーフに訊いて判断している。
ただ、当時の私は優柔不断で
どう判断したらよいか迷うことが多かった。
だから、チーフに訊きまくっていた。
彼女は優秀かつ大胆で、とても羨ましかった。
ある月のレセプト点検で、どうしても提出してよいかわからない検査が
出てきてしまった。
専門書やマニュアルにもあたったが、珍しい検査でまったく出てこない。
病名はこれだけで足りるだろうか。。。
いつもの優柔不断が出てきてしまった。
恐る恐るチーフに訊く。
レセプトを見て5秒後、彼女の下した決断は
「いいよ、いいよこれで!
出しちゃいましょう!」
だった。
さっきまでのウジウジ悩んでいた20分は何だったのだろう。
5秒で片付いてしまった!
訊いてよかった!
彼女曰く「レセプトは見る人によって判断が違う。
だから、迷ったら出す! 減点されたら私が謝るから」
どれだけこの言葉で救われただろう。
責任あるチーフがいいと言ってくれているのだ。
この日を境に、私の優柔不断ははるか彼方へ。
ますます、チーフのようでありたいと思った。
この1年後、私は別の病院にも派遣されるようになった。
医療事務派遣会社のチーフとして。
そして、自分の倍の年齢の部下をもった。
彼女が自信なさげに私にレセプトを見せて訊いてくる。
私はこう答えた。
「出しちゃいましょう!」
いつの間にか私もあのチーフのように、部下を勇気づけていた。
たった一言で長時間の迷いがなくなるなら、私が責任を持つ!
今でも、この想いを持ち続けている。