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ドイツ観劇記 vol.2 WUNDERLAND ist überall

この作品を見たのは2023年9月のことでした。
おそらく初めてのPumpenhausでの観劇だったと記憶。

Information

Title | WUNDERLAND ist überall
Datum | 21.09.2023
Texte von | Ivo Briedis, Kaśka Bryla, Ceren Ercan, Lothar Kittstein (Live-Writing), Anthony Kibsa Ouédraogo und Lewis Carroll
Mit | Andreas Meidinger, Bettina Marugg, Julia Goldberg, Philip Schlomm und Special Guest Harald Redmer
Regie | Frank Heuel

感想
この作品の成り立ちについて、このように書かれている。

(前略)Dieses ist den “Wunderland”-Autor*innen aus insgesamt 5 Ländern Anlass und Inspiration, uns neue Texte zu schreiben, uns eine Tür in ihre aus den Fugen geratene Welt zu öffnen.

https://www.fringe-ensemble.de/projekt/wunderland-ist-ueberall/

参加した作家5名はそれぞれに「Alice im Wunderland」を題材に作品を書いたのだという。つまりこれは、「6つ」の「Wunderland」を構成した、ある種の構成演劇であると捉えることができる。

作品のベースは、「Alice im Wunderland」
空間の中央にはお茶会の席が用意され、自由に座ることができる。
中央以外にも周囲に椅子と机が用意され、そちらに座ることも可能である。
私たちはお茶会に誘われたのだ。周囲にはわたしたちを出迎えるキャストの姿がある。

客席と舞台空間の混在は昨今の日本演劇界でも話題の一つであるが、この作品はその先に待ち構えている形の一つだと考えられる。

書いていて思い出したが、舞台への誘導から演出がされていた。
演出家(だったと記憶しているが)がロビーで挨拶をしているときに、おそらくアリス役(衣装的に)の人が乱入し、挨拶もそこそこに舞台空間へと誘うのだ。

そんなこんなで席に座ると、お茶会が始まる。客席であろうお茶会エリアも舞台となり、お客を挟んでセリフのやり取りがされたりもする。音楽を奏でながら「Wunderland im Alice」のシーンが展開される。その中に、おそらく現代の作家が書いたシーンもあったのだろう、と思う(自信はない)。
しかし、突如、進行が止まってしまう、というような空気が流れ、あたかも筋が飛んだかと思われるような演出が展開される。その空気感の作り方は本当にうまい。こっちも普通に焦ってしまう。確か飲み物をどうのこうの、というやりとりだった。
その少しぐらついたタイミングを見逃さなかったのが、客席に座っていた、一人の男性だ。この男性、俳優である。緊張し切った空間に、「俺がやろうか?」というような提案をする。
そして、隠されていた、台車を引っ張ってきて、途中で赤鼻をつける。
そうなのだ、彼はピエロなのだ。
捲し立てるようなセリフ回しで、突如飲み物売りを始める。
たしかにお茶会なのに、飲み物を用意されていないのはおかしい。
言われるがまま、僕も飲み物を買いに行った。
近づいていって、ビールを頼む。
すると男性は、頼まれながらもものすごい速さでセリフを回し、お客と同時にやり取りをし、僕のビールの栓を開けてくれる。
お金をちょうどの金額で渡すと、そのスピード感に押されるように、席へと戻った。
他の人たちも同様な扱いである。
そして近くに座っていた人と乾杯をし、いっぱい飲む。
ゴクリ。・・・ん?・・・味が・・・違う。。。
そう。まさにピエロ。あのスピード感でまったく渡されたビールの種類を確認していなかったのだ。
してやられた。
遠くの方のお客さんも同じように違う飲み物を渡されていたみたいだ。
面白くなり、笑い合ってしまった。

このような展開はこの時だけだったが、あまりにもインパクトが強く、忘れられない演出だ。

その後は、作家たちによって作られた「WUNDERLAND」が展開されていく。
その演出はさまざま。演劇とも言えるし、一つ一つはパフォーマンスとも言える。巨大な紐を使った立体の中でもがく人や、言葉をうちこみながら、床に映し出すといったもの。インタビュー映像のもの。旅のシーンを作ったもの。
私たちの身の回りで展開されている「WUNDERLAND」を一望できるような作品だ。途中、音楽も挟みつつの展開だったので、時間はあっという間だった。

Pumpenhaus は日本で言うところの小劇場だ。
ドイツにもそういった空間があることに喜んだ。
さらに、このような参加型の作品も発表してる度量に感服した。

WUNDERLAND のラストシーンは音楽で終わる。
僕はその音楽がとても寂しく聴こえた。
まるでこの世は「WUNDERLAND」のようだ、と言われている気がしたからだ。はっきりとは言葉で伝えられてはいなかったが、空気感がそうであった。
参加型に参加する方は苦手で、日本ではほとんど見てこなかったが、
こっちのはどうにもこうにも心地がいい。
なんでだろう。

写真をとっていい撮っていいかわからず、急いでインカメラで撮った写真。
何もわからない。

(星)

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