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第12話 面接は続くどこまでも
※週刊連載の12回目です。
エリアマネージャーはツラいよ
転職活動で転職エージェントのオフィスやジムに行ったりして気分転換をしているのは、1日のうちの束の間で。
毎日9時から9時まで、帰宅しても休日でも、電話やメッセージがきたら深夜まで対応というブラックな環境で働き続けていた。
お給料をもらっているから、仕事だから、と回ってきた仕事をせっせと片付けていたら、ローカルスタッフたちがあからさまにだらだらし始めた。「私がやらなくても、誰かがやってくれるでしょう」と言わんばかりに。
これじゃいけない。店舗の奥の個室が空いてるときにスタッフの1人を呼んで、棚の中に並んでいるファイル整理のやり方を説明して任せようと試みる。「can lah !」と元気よく返事をしてとりかかってくれるものの、私が個室から出てカウンターに戻って別の作業をしているとソッコーサボる。
ずっと見ているわけにもいかないし、見ていないと気になるし。カウンターから離れて個室をちらっとのぞきに行くと、棚の前に立ちっぱなしで両手でスマホを操作する背中が見える。ああ、もう…。
ここで「なにやってんの!」と怒ったら二度とやってくれない。かと言って放置すると永遠に終わらない。
管理職としてできることを考えると「あとちょっとだね、さすが仕事デキるね〜」と褒めて伸ばすことくらい。実際には、全体の半分も作業は終わっていない。
そしてファイル整理は中途半端なまま、次回荻野さんが来たときにバレて「店舗管理はエリアマネージャーの基本! なんのために会社はきみに給料払ってると思ってんの?」とか怒られるんだろう。ううう、ありありと想像できる。
簡単な作業くらい、いっそ自分で片付けてしまった方が早い! と判断してババっとやってしまうと、「やっぱりやってくれるんじゃん」とローカルスタッフがさらに働かなくなる悪循環。
そして私には新たな仕事が積み増しされて、ますます身動きがとれなくなる。近々オープンする新店舗の準備サポートがそうだ。
店舗の内装、機材の設置、商品の搬入など、具体的なことは荻野さんとローカルリーダーのジュノが着々と進めている。それ以外のちょっとした雑用を頼まれるサポート役。
荻野さんから「アレとコレ買ってきて」とざっくりした指示が届く。
シンガポールでの生活も1ヶ月ちかく経ったとはいえ、方向感覚も物価の感覚もまだまだ曖昧だ。それはどこで売ってるものなのか、いくらくらいが標準価格なのか、いつまでにどこに届けたらいいのか聞きたいけど、聞いたらイラッとさせるから聞けない。
その結果、規格が違うものを通常価格の2倍の値段でまとめ買いして荻野さんのイライラを爆発させる。そしてダメな自分を責めて落ち込む。
部下であるローカルスタッフたちとも上司とも全然うまくやれなくて、仕事もうまくいかなくて、気が滅入るばかりだった。
なんて自分は無能な人間なんだと責める気持ちでいっぱいになりながらも、このままじゃいけない、もっとほかに自分に合ういい場所があるはずだと転職活動に賭けた。
自分の頭の中だけでぐるぐると悩んで苦しむのではなく、思い切って方向転換をして本当によかったと、今でも思う。
月曜日の一次面接、水曜日の最終面接
転職エージェントに紹介された、シンガポール国内に4店舗ある日系書店での店舗スタッフの仕事。
前回の面接 が終わると同時に即決された、わずか2日後の最終面接。
とある水曜日の午前10時。指定されたオフィスをたずねると会議室に通された。入ってびっくり、なんと4名の面接官がずらりと並んで座っている。
これまでシンガポールで受けた現地採用の面接はだいたい1人、多くても2人の面接官とやりとりをするものだった。き、緊張する…。
4人の面接官はていねいにひとりずつ自己紹介をしてくれた。今回の最終面接は、社長、人事部長、店舗のマネージャー、そして日本人駐在員らしい。
いちばん質問を投げてくれたのが社長だった。60代くらいだろうか、イギリス紳士のようにスマートな印象の中華系シンガポール人の社長。
きゃりーぱみゅぱみゅは好き? この前来たよね。
ちょうどこの頃、アジア各国でも大人気のアイドルがワールドツアーでシンガポール公演をしていた。
日本のポップカルチャーの勢いを感じた途端に嬉しくなって「そうです! 私の周りでも日本人の友達が盛り上がっていました!」 と興奮して答えた。これ、答えになってないよね。言ってから思ったけどまあしょうがない。社長は穏やかな微笑みで、そうかそうか、と嬉しそうだ。
新聞は読む? 雑誌は? マンガは?
「読みません」と即答した。就職活動の習性で、マイナスポイントになりそうなことや、下手な嘘はつかないようにクセが出た。
しかし、今回は本屋の販売員の面接。自社で取り扱う商品を知らないと面接でハッキリ答えるなんて、これは大きな失点かもしれない。
マンガ…マンガ…最近読んだやつのタイトル…「あ、進撃の巨人を読んでます!好きです! えっと、attach on titan のことです」英語名も言えた!
ああ、そのマンガなら知ってる。翻訳版もよく売れているからね。
社長はますます笑顔で答えてくれた。
面接中の会話は全て英語だけど、質問はゆっくり話してくれるし、私がオドオドしながら話すつたない英語も最後まで聞いてくれる。
日本人顧客向けの日本人スタッフ募集って求人情報にある通り、英語力は求められていないんだなと改めて感じた。
それから、人事部長と店長から現在の仕事について詳しくツッコミが入った。
働き始めたのつい最近じゃない。正直に教えて。なにがあったの?
はい、ごもっともな質問です。おとといの一次面接の時と同じように、できるだけ客観的に現状を話した。帰宅後も休日も連絡がくると応えないといけなくて休めない、日本人は上司と2人だけでコミュニケーションが上手くいかない、という風に感情を抑えて淡々と説明した。
面接官4人の顔つきがだんだん暗くなってきて、店長がぼそりと「かわいそう」とつぶやいた。
現職わずか1ヶ月でも、転職を決意するには十分な状況だと思ってもらえたらしい。一次面接の時もそうだったけど、この会社の人たちはとても優しいなと感じた。
なんでうちの会社のこのポジションに応募しようと思ったの?
これ以上聞くのは辛いと言わんばかりに、人事部長が次の質問を投げてきた。
どこの会社の転職面接でも必ず聞かれるこの質問については、私はいつもこう答えると決めている。
「チャンスが来た、と思ったからです。現在御社で要求されているポジションと仕事内容を拝見して、私の能力が最大限活かせると確信しました」
それから、自分の能力をどのように入社後の現場で活かすかを具体的に説明する。面接官に、一緒に働く様子をイメージしてもらうためだ。
今回の本屋での面接ならば、日本での接客経験に加えて、現職でエリアマネージャーとしてローカルスタッフと協力して働いている経験をプラスする。ちょっと大げさなくらいに、手持ちの切り札をゆっくりひとつずつアピールするといい。
これから先、何度も転職活動で面接を受けることになるけど、このやりとりは面接必勝法として毎回使って内定をゲットしていた。
ご家族は元気なの?
つづいては、社長からの質問。
シンガポールをはじめ、アジア諸国はまだまだ家族単位で生活している。家族は一緒に暮らすもの、離れるなんてなにかよっぽどの理由があるんじゃないか、というニュアンスだ。
さらに、父の名前を聞かれた。小さい頃に離婚していたので、私の家族は母と妹の3人家族だった。
「父はいません」とはっきり言うと、怪訝な顔をされた。
私の家族は母と妹だけです。父親はいません。母は私を大学まで出してくれて、シンガポールで働くことも応援してくれています、とも。
家族には母親と父親がいて当たり前だろうという、場の空気を全否定しまった。しまった。
なんで母だけじゃだめなんだ。家族には父親が必要なんだ。無性に悔しくなって思わず泣きそうになった。
いつだって母親は強くて優しい存在だよね
と優しく声をかけてくれたのが、社長だった。御年60歳のダンディで穏やかな社長。
はい、そう思いますと答えた。
とっととやめちまえ! と言われてからの
気まずい雰囲気のまま最終面接は終了、そして現実世界へ。さあ、仕事だ。
午後は開店直前の新店舗に呼び出された。
いつもの店舗ならバスで20分で着くのに、新店舗まではバスを乗り継いで1時間以上かかった。
新店舗に着くと、内装工事の真っ最中で、荻野さんと工事業者が立ち話をしている。なんだか険悪なムード。荻野さんが壁や窓を指しながら大きな声を出している。どうか巻き込まれませんように。
なにやってんだよ、遅いんだよ! それでもやる気あるのか? やる気ないならやめちまえ!
願ったそばから巻き込まれる。こういう八つ当たりが荻野さんは多い。
それから、「あ、なんだよ言いたいことあんのか? 黙ってないでなんとか言えよ!」とネチネチと絡んでくる。また始まった。
ただの幼稚な言動だけど、毎日のようにこういう言い方をされると、じわじわと精神をやられる。
ハイすいませんでした、遅れた私が悪かったです、と平謝りしてやっと開放され、仕事に戻る。
それからせっせと夜まで働き、くたくたになってバスを乗り継いで帰宅。
ホステルのWi-Fi にパソコンがつながると、ポーンとメール到着の通知が。なんだろう、疲れすぎて頭がぼんやりする。いつもの習性でメールのアイコンをクリック。
「おめでとうございます! 内定の通知が届きました!」
転職エージェントの担当者からのお知らせだった。今日の夕方ごろに届いていたらしい。
月曜日に一次、水曜日に最終面接、そして内定をもらったのが金曜日。
このスピード感がシンガポールなのか。日本だったら1ヶ月以上かかるだろう転職フローを、たった1週間で駆け抜けた。
そうか、私でいいのか。あの優しそうな人たちと一緒に働いていいって。よかった。
そして、今の仕事を辞めることができるんだ。やめちまえって言われてやめられる。ホントよかった。
こうして、1社目の在職期間わずか40日のうちに2社目の内定が決まった。