日本式贈り物ウォーズ 〜この支配からの卒業2〜
贈り物とかプレゼントが苦手だ。あげるのももらうのも、いつも一大事。
自分の好みが偏っていることを自覚しているから、自分好みで選ぶのはよくない気がする。かと言って、なにを基準に選べば良いのかわからない。
とはいえ古き良き日本の文化も最近は進化してきて、クーポンを送り合うというスタイルのプレゼントがちょっとしたブームらしい。
ひょんなことからTwitterのフォロワーさんからURLリンクのプレゼントをいただいた。リンク先はスタバのギフトカードで、好きなものを注文して、レジで画面を掲示してお会計に使えた。基本ケチなのでお値段お安めの「本日のコーヒー」しか頼めないのに、ギフトカードをいただいたおかげで500円以上する期間限定フレーバーを頼むことができた。美味しくてありがたかった。こういう贈り物っていいなと思った。
その贈り物をきっかけに、ネット上で知り合った友人にはアマゾンギフト券(通称・アマギフ)を贈ることを思いついた。1円単位で自由に設定できてURLリンクで贈ることができるので、住所も本名もメールアドレスも不要で、例えばTwitterならDMでサッとアマギフを贈れる。今のところ喜んでもらえているようで、こちらも嬉しくなる。
その次に友人からもらったクーポンが、ファーストフード店のハンバーガーセットメニューのクーポンだった。
クーポンは嬉しい、と思ったと同時に、そのお店のそのメニューしか注文できないのでちょっと不便だなとも考えてしまった。
ファーストフード店にあまり行かないし、そのお店のそのメニューが食べたくなる日を待たないといけない。もしも有効期限が近づいてきたら「よし食べるぞ」と気合いを入れて、あまり行かないお店にクーポンを使うためだけに行くのか。
うっかり「めんどいな」という気持ちが浮かんできてしまった。
さらに「アマギフくれたらよかったのに」とも浮かんできて、せっかく友人がくれたのに私はなんていやなヤツなんだろうと最後は軽く自己嫌悪した。
ちょっと悩んで、やっぱりそのお店のそのメニューが食べたくなる日は来ないと思ったので、クーポンのURLリンクを妹でLINEに送って「よかったら食べに行ってね」とメッセージをつけた。
食べることならなんでも大好きな妹は、喜びのスタンプをいくつも送ってきた。友人への申し訳ない気持ちが妹の喜びでちょっと軽くなった気がした。
贈るにしても贈られるにしても、こんな風にうだうだとしょうもないことを考えてしまうから、贈り物とかプレゼントが苦手だった。
気持ちをもらうのは嬉しいし、お世話になったお礼としてなにかあげたいなと思うこともよくある。
でも、思い立ってから行動して結果にいたるまでの過程がやたら複雑すぎてとにかくめんどくさいのだ。日本の充実の贈り物市場の、逆説的な賜物。
そもそもモノをもらうのが苦手なので、モノをあげたいという気持ちに寄り添えない。
美味しくないと感じるお菓子をもらっても食べない。謎のご当地記念品をもらったとしたらもう大惨事で、そっと物置にしまっておいて、大掃除のタイミングでまとめてサヨナラする。とはいえさすがに私も血潮が流れる人間なので、心は痛むし申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
でもいらないものはいらないのだ。
さらにマイブームのミニマリスト気質とも、このプレゼントたちは相性が悪い。
「スペースを専有するだけでもコスト」だとみなしてしまうと、もらいものだからというだけで飾っておくのも「ムダだなあ」とつい思ってしまう。
一方で、気に入って大切にしているモノもある。
ちょっと高級なペンとか、かわいくて使いやすいサイズのポーチとか、あると便利なモバイルバッテリーとか、つまりデザイン性のある実用品が好きだ。
あとは、食べ物をもらって嬉しかったのは、老舗の料理店の高級スープ1人前や厳選オーガニックコーヒー1杯分といった日常かならず口にするものでちょっと贅沢感がプラスされたもの。
お菓子を食べない日はあっても、食事や飲み物は毎日消費する。普段の生活がほんのりと華やかになって気分がいい。
こういう経験則に従って、いざ贈り物を探そうとしてみても、日本の巨大な贈り物市場において私のニーズなんてちっぽけすぎる。
東急ハンズやロフトに行けば、ありとあらゆる商品が効果的かつ効率的に陳列されていて、価格帯もそれは幅広く、一瞬にして贈り物迷子になる。
なにを選んだらいいんだろう、どんなものが喜ばれるのだろう。
日本製品はだいたいどれでも機能的で壊れなくてかわいくてオシャレ。ほんのわずかな違いしかないので、たった1つを選出するのがホントに難しい。
豊富なカラーバリエーション25色ってなんだよ。2色ならどちらか選べるのに。
1/25の確率でアタリを見つけるって、もうくじ引きみたいなもんじゃん。私の弱々しい論理や思考であれこれ悩むより、目をつぶってエイッと手にとったほうがずっとマシなモノを選べる気がする。
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職場でちょっとしたものをもらったなら、さり気なくちょっとしたものを返さないといけないし。
なんだっけ? 入学祝いや出産祝いにはお祝い返し? 先手を打たれたらカウンターで返さないといけない、みたいな? 攻撃じゃないけど、もはやこれは攻防戦でしょう。
前回同様、この贈り物という支配からの卒業がしめやかに執り行われたのが、初めて海外移住先であるシンガポールでのことだった。
あちらにだってプレゼントをする習慣はある。
それは基本的にバウチャー、つまり商品券だった。
シンガポールでは百貨店やスーパーなど、どの小売店もそれぞれのバウチャーを販売している。
金額も様々で、5ドル(およそ380円)から100ドル以上(およそ8000円)まで組み合わせが自由で、おつりが出ないので同額を贈るにも5ドル10枚にするか50ドル1枚にするかで相手の買い物の内容が変わってくる。
スーパーでの日常の買い物に役立て欲しいときは、小額バウチャーを何枚も贈ればいいし、百貨店で時間をかけてゆっくりといいものを選んでほしいときには、高額バウチャー1枚を贈る。
相手の生活スタイルに合わせて、どのお店のバウチャーにするかを選んで贈れば、そこから先は相手が好きなものを好きなだけ選ぶ楽しいショッピングタイムに役立ててもらえる。
なんて合理的、なんてwin-winな関係なんだろう。
シンガポールの小売店で働き始めて、このバウチャー文化に触れたときはレジカウンターでバウチャーを売りながら感動でじんわりと震えていたものだ。
1年を通して最も大きな稼ぎ時はクリスマスだ。レジに立って仕事をしていると、プレゼント包装と同じくらいバウチャー包装の依頼も多かった。
相手の喜ぶ顔が見たくてあれでもないこれでもないとプレゼントを選ぶ人もいれば、シンプルに贈りたい気持ちをバウチャーの額面に託す人もいる。
みんなちがってみんないい。
多文化多民族社会のシンガポールは、共通理解がどこにもひとつもない。
育ってきた環境が違いすぎて、好き嫌いは多彩でカオス。
そんなバラバラな趣味嗜好の人たちが満場一致で好きなものが、お金なのだ。
バウチャーが嫌いな人はいないし、バウチャーをもらったら誰でも喜んでショッピングに出かける。さらにバウチャーにも豊富なデザインやパッケージがあるけど、どの色柄を選んでも本質の価値と額面は変わらない。とりあえず華やかで明るい柄を選べばいいやと、サクッと即決できる。
分かりやすくてハズレがなく確実に喜んでもらえる最適解の贈り物、それがバウチャー。
私もどこのバウチャーでももらったら嬉しかったし、せっせといろんなお店のバウチャーをプレゼントしていた。
会社でのイベントや誰かのお祝いパーティーの景品の1位はだいたいバウチャーだった。みんな1位を目指して張り切ってゲームに参加していたのも、楽しかった思い出だ。
こんなにも贈るのももらうのも嬉しいプレゼントを、即決できる体験は初めてのことだった。
予算がどうだとか、気に入ってもらえるだろうかとか、あげた瞬間は嬉しそうだったけど家に帰って包みを開いたらガッカリしたんじゃないだろうかとか、些末な悩みは一挙に解決!
そんなスカッと体験をしたのがシンガポールで、その次に移住した中国ではさらに進化した最終形態の贈り物文化にみまわれた。
バウチャーという概念を越えた、現金のやりとりである。
中国発のSNSであるWeChatにおいて、LINEのようなテキストチャットに加えて重宝されているのがWeChatペイというQRコード決済の機能。
中国国内での生活における買い物や支払いは、ほぼ100%WeChatペイでまかなえる。電車やバスもWechatの機能で乗れる。数ヶ月も現金に触らないこともよくある。
現金や財布を持ち歩かないことがあっても、スマホはなくてはならない生活必需品だ。
人口14億人が本気を出したらこんなことまで起きるのかというほど、WeChatとWeChatペイは超便利で、チャット内で1元(およそ15円)単位で現金を送り合うことができる。
最近ではLINEとLINEペイも同じように送り合うことができるようになったけど、重要なのは機能そのものではなくその浸透度だなと両者を比較して実感する。
家族や友達同士での現金のやりとりはもちろん、商売をしてその売上もWeChatペイだし、毎月の家賃の振り込みも大家とのチャット画面で送金する。
遠く離れた友人の結婚祝いも、お正月のお年玉をもらうのもあげるのも、なにもかもスマホの画面でサクッとすませる。
もちろん全員がそうではないけど、大部分がこうなっている。
家賃の支払いやお年玉をLINEペイで完結する日本人を、私はまだ見たことがない。
バウチャー最高だと思っていたけど、WeChatペイは至高の極みだ。バウチャーを買いに行く手間すら省ける。
WeChatペイは現地の銀行口座に直結しているので、チャージしなくても口座から引き落とされていく。
そこまで到達してしまうのは無味乾燥すぎて、贈り物を選ぶ楽しみがなくなってしまうじゃないか、とお思いかもしれない。
まさにその通りで、パッサパサに乾燥して極限まで濃縮されている贈り物の形のひとつだ。
でもそれは、あくまで形式の一つであるだけだ。オプションはいくらでもある。
好きなものを選んで贈りたい気分になった日は、世界最大級のオンラインショッピングモール「淘宝(タオバオ)」にアクセスしてなんでも選んで注文可能だ。とはいえ、ありとあらゆる贈り物がいくらスクロールしてもエンドレス表示で、選びきれなくてやっぱりゲンナリする。
よし、今回はWeChatペイで現金を送って、なんかいいプレゼントはまた次の機会にすればいい!
これがルーティンになってしまった中国での私がここにいる。
美しいものが好きな人がいて、「花より団子」派だという人がいて、どんなものが喜ぶのは全然ピンとこないけどなにかを贈りたい人がいる。
ささやかな気持ちをサクッと贈りたいときはLINEペイでもいい。
みんなちがってみんないい。
贈り物という文化を通してひとつ学んだ、多様化のあり方だった。
まずは友人に、もらったクーポン使わなかったお詫びにLINEペイを贈ってみようと思う。お詫びの気持ちと日頃の感謝が伝わるといいのだけど。