紙芝居の未来を考える絵本作家。
あっという間に今年も後わずか。
年末が近づく度に毎年思う事があります。
「昔ってこんなに一年が早かったかな~」
ぼくみたいな若輩者が「昔」なんて言葉を使ったら笑われるかもしれませんが。
それでも子どもの頃はこんなに一年が早く感じなかった。なんでかな?
子どもの頃は、初めての経験や体験ばかりだから、一年の中にもっと楽しい事や面白い事がたくさんあったんだろうな。きっと。
お陰様で絵本作家として毎年本当に様々な場所から口演のご依頼を頂きます。
基本的には室内でのイベントがほとんどですが、ここ数年は野外でのイベントに呼ばれる事も増えてきています。なんでかな?
密だとか、飛沫だとか、距離だとか…ややこしい事を言われる位なら外がいいやって事なのかな。きっと。
太陽の下、汗をかきながら絵本を読む。
なかなか気持の良いものです。
ぼくにとっての「紙芝居」
野外で絵本作家 保科琢音がイベントをするとき、絵本以上に大切になってくるのが「紙芝居」の存在です。
紙芝居は絵本よりも大きく、野外では特にお客さまを引き付けることが出来きます。
それに紙芝居を見た事が無い子ども達って結構いるんです。それこそ思うんです。
「昔ってもっと紙芝居を見る事あったよな~」
でも今は、公園に「紙芝居屋さん」もやって来ない。本屋に紙芝居もめったに売っていない。図書館で借りるのが唯一と言っていい。紙芝居はもはや「なつかしい物」になりつつあります。
絵本とは違って新作の紙芝居もめったに出版されません。紙芝居の普及に努めている方々はたくさんいます。でも正直、上手くいっている様にぼくは感じない。
「紙芝居と絵本は車の両輪の様なもの」なんて言っている方々もいらっしゃいますが…それは絶対に違う。絶対に。
ぼくからしたら絵本と紙芝居は同じ様でマッタク違う表現方法です。だから、マッタク違う作品になる。だから、マッタク違う道を進まないといけない。
紙芝居と絵本は「両輪」なんかじゃなく、別々の車です。別々の方向を目指すべきなんです。
ぼくは紙芝居が大好きです。
ぼくは絵本作家として「日本一の絵本作家」になるために活動をしています。でも、ぼくは紙芝居も大好きです。
何故か?
紙芝居は絵本を高めてくれるから。
そして、絵本は紙芝居を高めてくれるから。
ぼくは日本で一番紙芝居の未来について考えている絵本作家です。絶対。絶対です!
実際に口演で披露するのは絵本よりも紙芝居の方が数は多い位。だから、ぼくは紙芝居の未来についてよく考える。
今のままを後世に伝えていくのも大事。でも、今のままじゃ紙芝居は消えて無くなるよ。本当に。本当だよ!
紙芝居は絵本以上に自由な表現ができるんです。箱の中に入れて右から左にめくられていくだけが紙芝居じゃない。もっと紙芝居にはやらないといけない事がある。
保科琢音は「絵本作家」でもあって、「紙芝居作家」でもあるんです。
ぼくの紙芝居は面白いよ。
正直、紙芝居に関して言えばすでに「日本一の紙芝居作家」だと自負しています。
図書館に働いていた10年間でたくさんの紙芝居も読んできましたが、面白いと感じた紙芝居は2つ位。
ほとんどが絵本でも出来るような話をただ紙芝居にしているだけ。それじゃマッタク意味が無い。
紙芝居だからこそ出来る事。
紙芝居だからこそやるべき事。
紙芝居でしかやれない事。
他の紙芝居作家さんは考えているのかな?考えてないだろうな。考えてるようには感じない。
ぼくは紙芝居であんな事もします。
あれをあんな風にもします。
あれがあんな感じにもなります。
紙芝居の概念をくつがえしまくっています。だって、誰もやらないから。紙芝居でやれる事めちゃめちゃあるのに。
気になる方は是非、絵本作家 保科琢音の紙芝居を見てください。イベントや口演に参加してください。そして、ご依頼をお待ちしています。
それだけ紙芝居で面白い事をやっている自信があるって事です。
それだけ紙芝居の面白い未来を見せれるって事です。
これからも面白い紙芝居。
そして、笑える絵本。
考えて、書いて、創り続けていきます。