いつもの歌と。
もう何十年もずっと聴いているアーティスト。
ライブも、観に行くというよりも、今や通うに近い。
年に二回ほどはお顔を拝見しているせいか、恐れ多くも、近頃は勝手に親戚のお姉さんに会うような気持ちになっていたりして。
マスクを外して、ゆっくりと音に浸るだけの時間。
この流行病の空白期を経て、漸く、またいつかのいつも通りがすこしずつ戻ってきた、そんな気がしている。
中学生の頃、夏休みになると祖母の家を訪れた。
古いラジオのチューニングを合わせると、最初に聴こえてきたのはこの街のラジオ局。
いつも暮らす町で耳にするのとは違う声、違う音楽、違う空気。
そんなものに触れるのが楽しくて。
耳を傾けていたある夜、スタジオからの弾き語りが流れる。
美しくてどこか寂しげなメロディーとピアノの音、あたたかい声。
当時はどこのどなたかまったく存じ上げなくて。
インターネットなんてまだ縁のない時代。
お名前だけを必死に覚えて、CDショップに向かったのだと思う。
最初に買ったアルバム「Lush Life」は、それこそレコードで言うなら「擦り切れるほど」聴いた。
もしかしたら、人生でいちばん聴いたかもしれない。
今のところ。
それまでも、それからも、色んな音に出会って、色んな音を置き去りにして。
それでも彼女の声が離れたことは一度もない。
雨の日は雨の歌、今いる季節に似合う曲を選んで聴いてみたりして。
夏のはじめの演奏会。
偶然、目の前で演奏された曲が、自分の選んだ曲と同じだったときは、答え合わせが正解だったときのような嬉しさがある。
自分の人生を眺め続けてくれる音があるというのは、なともいえず日々の居心地をよくしてくれる。
あの頃聴いていた自分と、今聴いている自分。
同じ音を通して、自分の時間がちゃんと動いていることを教えてくれる。
いつも同じようで、いつも違う。
なにかがすこしずつ、更新されていく。
聴こえる音の響きがそうであるように、自分もそうあれたらと思う。