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針の孔ほどの話

針仕事は、心身のバロメーターだ。
運針、縫い目、留めた糸の結び方、気が揺れていると、どこかが揺らぐ。

水着に白い布を縫いつける。
まずまずだ。
そう思って広げ置いたら、驚くほど斜に構えたゼッケン。
泣く泣く糸を切り、ふたたび針孔を探る夜更け。

さあ、今度こそ。
縫いあがった水着をトルソーのごとく立ててみても、名札として申し分のないポジション。
おやしかし、このなめらかな手触り。
あぁそうか・・・。
これは糊のついた裏面だったか。

裁縫は大げさではなく、物心ついた頃からの付き合いで。
今なら考えられないけれど、三歳にも満たない子に、針と糸を持たせてくれた幼稚園があったのだ。
以来、ちいさな布切れがあればチクチクチクチク、針と糸を走らせるのがささやかな趣味になった。

我流フリーソーイングと言えば聞こえはいいけれど、精密な採寸や型紙の類は大の苦手で。
蟻の散歩のように、時折なだらかな曲線を描くような針さばき。
裏表を確認するとか、縫いしろを残すとか、上級者ならまず陥らない失敗はヘタの横好きならではと、もはやあまり気にしていない。

ところが、事務作業のような裁縫は大変に面白くない。
なかなか手が出ない。
ぎりぎりまで放っておいた挙句、予定間際になって重い腰を上げる。
刻々と過ぎゆく時間。

針仕事は、疲れているときに決してしてはいけない。
チクっと指先を刺す針で、目が覚めた。


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