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綿菓子の世界で

綿菓子みたいにフワフワの世界も、その裏側は、しっかりした土台に支えられているものだ。初実は、店の前の広い駐車場をゆっくりとした足取りで歩きながらそんなことを考えた。コンビニのビニール袋。アイスの棒。丸めたティッシュ。そういったゴミをひとつひとつトングで拾い、左手で持っているゴミ袋に入れながら、くまなく駐車場全体を巡る。

初実は、一週間前に、県内で一番店舗数の多い雑貨店にアルバイト採用となった。その雑貨店は、幅広い年代の女性客に大変人気で、初実も採用前に何度も友達へのプレゼント購入などで訪れていた。季節ごとに替わる店頭のテーブルセッティング、色とりどりの入浴剤、小さなグリーンの鉢植え、天然の素材を使った化粧品、地元のちょっとしたおいしいお菓子などが、広い店内にところせましと置いてあり、女の子にとっては夢のような場所だった。

こんな素敵なお店で働いてみたい。初実はそう思って応募書類を書いた。高校を卒業後、ファミレスでウェイトレスをしたり、書店でレジ打ちや品出しのバイトをしたが、どれもぴんとこず、一年もたたずに辞めてしまった。この雑貨店は、三つ目の職場になるが、今回は、あこがれのお店だし、どうにか長く続けたいな、と思って、初実は最後のゴミを拾いあげると、店内に戻った。帽子の中が蒸れて暑い。今日も、気温が上がりそうだ。

ゴミ拾いの後、主任チーフに言われた次の仕事は、店の外の窓拭きだった。脚立を抱えて、窓拭き用洗剤と雑巾を持ち、店の端から順々に、真ん中の自動ガラスドアまでをきれいに拭いていく。一週間やってみて、初実はこの作業が苦手だと思った。高い脚立に上ると足が震えるし、何より、拭いても拭いても、洗剤の痕が窓に残ってしまうのだった。

「洗剤つけすぎ…? それとも雑巾で拭くのが足りないのかな…?」

9時になったら、また違う仕事をしなくてはならない。時間内に、窓をぜんぶ綺麗に拭いてしまわないといけない。初実は少し焦りながら窓を拭き、なんとかきれいにして、朝礼の時間に遅れないよう、脚立を片付けた。

朝礼では、昨日の売り上げ報告と今日の目標額の発表が副チーフからあった後、ベテランのアルバイトである住谷さんが、みんなの前に出て話し始めた。アルバイトのメンバーは、8人だけど、持ち回りで、朝礼のときにスピーチしなくてはならない。住谷さんは、一歩前へ出ると、みんなの方に向き直って、話しはじめた。

「先週から入ってきた新商品のタンポポコーヒーなんですけど、私、家で子どもとおやつの時間に飲んでみました。はじめは、カフェインレスとはいえ本当にコーヒーの代わりになるのかな? って疑ってたんですけど、豆乳で割って飲んでみたらすごく美味しい。たしかにコーヒーぽい風味もするし、カフェインを摂りたくない人にとっては、十分かわりになると思います。店頭に並べて、POPをつくって、じゃんじゃんお勧めしていこうと思いますので、みなさんも、お客さんから訊かれたりしたら、美味しさを教えてあげてくださいね」

店内には、何千という数の大変多くの商品が並んでいるので、雑貨店の店員は、とにかく多くの商品に関する知識を身につけ、お客さんから質問があれば答えられるようにして、売っていかなくてはいけない。ただぼんやりと「素敵なお店で働いてるわーい」という意識じゃだめなんだ、と初実は気もちをひきしめた。

朝礼の後、アルバイトのメンバーはそれぞれに散って、レジの準備や新商品の品出しをし始めた。初実はサブチーフの今井さんから指示され、水やりの一式が載ったカートを押して、グリーンの鉢植えに水をやる作業を始める。

朝一に、水をやっておかないと、朝10時に店内が開いて、夜9時に閉店するまでに、グリーンの元気がなくなってしまう。とくに今は夏だから、店内の緑を水不足で枯れさせるわけにはいかないのだった。

先の細いじょうろで、店内の一角を占めるグリーンの鉢植えたちに水を順番にやっていく。鉢植えの下の受け皿に水がこぼれ出るので、その水はバケツに捨てる。霧吹きを使って、枝先の葉に水をシュッシュと吹きかける。9時50分までには、すべての作業を終えて、バックヤードに戻らなくてはいけない。急げ、急げ。

この店で働く店員はみな、ゆるっとした服装をして、優しそうな見た目でほわんとしている人が多い。雑貨が好きで、雑貨屋にあこがれ、応募してきた人が多いからだろう。でも、少し接するうちに、みな、芯はとてもしっかりしていることがわかる。

きっちりお金の計算、かばんも服もきれいにディスプレイ、新商品を覚え、笑顔で応対し……先輩たちがいかに多くのことを、そつなくやっているかを見て、初実は自分の今現在の力との差に、落胆する。でも、まずは下働きから、一歩一歩。それを繰り返すだけ。

店のバックヤードで、ラミネートされた商品POPをハサミで切ったり、イベントチラシを折ったりという作業をしていると、主任チーフの松村さんが声をかけてきた。

「野口さん、ラッピングを教えてあげる。そのうち店の前へ出てやることもあるから、練習しようか」

綺麗な薄ピンクやライトグリーンの箱や袋で包まれた、おしゃれなラッピングは、この雑貨店の大きな売りのひとつだ。それを教えてもらえる、と聞いて、初実の頬は上気する。

主任チーフみずから、まずは実践して見せてくれた。

「箱を包装紙で包むやり方ね。まず、紙をこう折って、折り目に合わせて箱を置き、こうかぶせて……」

初実は目をおっことしそうにしながら見ていたが、主任チーフの手先が素早く動くので、なかなかいっぺんには覚えられない。すぐに、自分でやってみる番が来たが、間違うし、手間どるしで、紙はくしゃくしゃになり、箱は端がつぶれかける。

「これを、1分半くらいでできるようになってほしいの」

1分半! 初実は目をしろくろさせて、その短さに感嘆する。家で練習します、と頭を下げて、主任チーフに教えてもらったお礼を言った。

バックヤードの柱のかげからそうっと店内をのぞくと、お客さんがちらほら入り始めた中で、住谷さんが、店頭のテーブルセッティングに手を入れていた。敷物を夏らしい青に取り換え、たくさん涼し気なグラスを置いて、柚子ソーダのジュースの瓶に、ご当地レトルトカレー。住谷さんの手際の良さで、次々とセッティングがおしゃれでセンスあるものに生まれ変わっていく。

ああいう場をまかせてもらえるまでには、どのくらいかかるだろう。でも、いつか、自分もやってみたい。初実の心がぽっと熱くなる。素敵なお店で働いてみたい、そう思って雇ってもらったけれども、ここで働き続けるには、地面に足を踏ん張る強い力と、センスや知識を身に着ける勉強をずっとしていくのが大切なのだ、と、強く理解する。この店の片隅で、服をたたんだり商品の陳列を直したりしながら、やわらかな雰囲気をまとって、目に光を宿して、そういう風に存在できる良い店員になりたいと、初実はふっと、ねがうのだった。

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上田聡子
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