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66歳に惚れた話。/プラダの香水に誘われて

「〇〇くーん!一発、決めちゃお♡」
思えばこの1本の電話が、私の人生を思いもしない方向に導いたのだった。

きっかけは突然に

「お前今月どうなってんだよ!!!!!」
私は焦っていた。
今月のノルマが達成できていない。
私(25歳・男)は都内で働く営業マンである。
入社3年目、慣れから来る気の緩みのせいなのか、
はたまたコロナのせいなのか、
入社以来最大の危機に立たされていた。
とはいえ、そんなにネガティブになることではない。
ノルマが達成できなくとも死ぬわけではない。
精々小一時間の上司からの説教に耐えれば良いだけだ。
とはいえ、避けられるものなら避けたいし、
何とかしてノルマを達成できないか思案していた。
『だりぃなぁ~、何とか誤魔化せないかな~』
そんな時、緩み切った自分に喝を入れるかのように、
一本の電話が鳴り響いた。

「一発、決めちゃお♡」

「〇〇くーん!元気ぃ?」
懇意にしているメーカーのA専務からの電話だった。
(あー、このおばちゃんそんな好きじゃないんだよな・・・
てかまずいな・・・何か質問されてたな・・・)
そんな風に緩み切っていた自分には、
『あっどうもお世話になっております。』
以外の言葉が出ず、一瞬だけ間が空いた。
そんな私を察したかのように、
「最近どうよ~?景気良いの~?」
なんて本業以外の会話からスタートした。
『うーん・・・ボチボチですかねえ・・・』
「なんか元気ないじゃーん!遊びに来な!一発、決めちゃお♡」
唐突の申し出に面食らったが、
このまま社内にいるのも上司の目が気になるので、
とりあえずA専務のもとに向かうことにした。
ところで一発決めるって何だろう・・・?
A専務は一族経営のメーカーで専務を務めており、
60代半ばを過ぎた今でも、バリバリ第一線で活躍している。
私は配属当初からお世話になっており、
孫のように可愛がってもらっている。
『さすがにA専務のことだから、
決める一発がクスリなんてことも、
はたまた男女関係の話でもなかろう。
まあ大丈夫だ。』
と言い聞かせながら、
私はA専務の会社へと向かった。

甘く囁く、プラダの香水の香り

『こんにちは~、お世話になっております~』
と言いながらドアを開けると、
「〇〇くん!いらっしゃーい!うふふ♡」
大柄なA専務と甘ったるい香水の香りが襲ってくる。
(うわあ・・・すげえ・・・プラダとかか?
どうか襲われませんように・・・)
この時の私、
確実に蛇に睨まれた蛙のごとく固まっていたのだが、
それを知ってか知らずか、
A専務は耳元で囁いた。
「一発、決めちゃわない?」
私は一介の営業マンである。
客がカラスが白と言えば白いし、
赤と言えば赤いのである。
拒否権は無いように思われた。
それと同時に男というプライドもある。
とりあえず状況確認から始めよう。
『エートドウイウコトデスカ』
言葉を発し終わる前に、
私は腕を掴まれ、
A専務の真っ赤なライトバンに押し込められていた。

初めての経験

「さあ〇〇くん、着いたわよ!!」
着いたわよと言われても、
場所がどこかわからない。
そもそも行先も告げずに車を出すなんて、
酷く失礼な話だ。
その上、目の前に広がる妙にカラフルな西洋風の建物が、
私の不安な気持ちを増幅させる。
『どこですかここは・・・?』
「あら!知らない?」
A専務は合点がいったようで続けた。
「そういえば未成年はダメなのよね。
経験がないのも仕方ないわ。
まあ行きましょう。うふふ♡」
ここまで来たから拒否権はない。
私は建物の更に近くまで近づいた。
この道程、動悸が止まらなかったことは言うまでもない。
「今日はここで一発当てるわよ!」
『それでどこなんですかここは・・・?』
「川口オートレース場よ。」
『オート・・・レース・・・?』

オートレースとは、
モータースポーツの一種にして、
1周500mの楕円型のコースを、
二輪車で着順を競う競技である。
元SMAPの森くんが有名。
下の動画で大体どんな競技かわかってもらえるかと。

下記のサイトもわかりやすいので、
ぜひご覧ください。
https://www.rakuten-bank.co.jp/koueirace/autorace/beginner/#:~:text=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AF60%E5%B9%B4,%E3%81%A6%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%92%E7%AB%B6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

『ああ!一発ってそういうことなんですね。』
「それ以外に何かある?」
『いえ、特には。』
A専務は一瞬怪訝そうな顔をしたが、
まあいいわといった表情でレース場の中へ歩み出した。
場内に入り、階段を上ったその刹那、
視界がパッと開けた。
目に飛び込んできたのは、
光り輝くオーバル(楕円上のコース)だった。

ダイナミックなオーバル、
光り輝くアスファルト、
戦隊ヒーローのようにカラフルな衣装を纏った選手。
純粋に『綺麗だ』と思った。
不思議とガソリンの香りは苦ではなかった。
むしろ、幼い時に父親が買ってきたショートケーキ、
あの甘美でワクワクするような香りのように思えた。
この香りをずっと纏っていたいとさえ感じた。

そして何より、走る選手の疾走感。
一瞬で目を奪われ、自分はその虜になった。

『A専務・・・かっこいいです。』
「でしょ?つまらない悩みとか吹っ飛ぶわよ。」
『はい・・・。』
感嘆の情を反芻するかのように、
しばらく無言でレースを見つめていた。

確かに香る、プラダの香水の香り

そこからレース場に足を運んだだけでなく、
ネットでもレースを観戦した。
疾走感が癖になった。
流石は公営競技最速と言われるだけのことはある。
見ていて心地よい。

そんな中、一人の選手に強く惹かれた。
山陽オートレース場所属の穴見和正選手である。

この選手は、明らかにオーバルの中で異彩を放っていた。
他の選手より身体を傾け、
ラインギリギリを走行するスタイル。
その独特のフォームで走行すると、
コーナーリングで弾ける火花の量が桁違いなのである。

その極端な走り方から「内線のガードマン」
と呼ばれる穴見和正選手。御年66歳。
干支が何周違うのかわからないくらいだが、
66歳の走りに心底惚れていた。

実は、オートレースの競争車には名前がついている。
人に名前があり、競馬の馬に名前がついているように。
http://race.sanspo.com/autorace/news/20180814/atrnws18081404520008-n1.html

穴見和正選手の競争車の名前は「プラダ」。
あの日、初めて川口オートレース場に行った時、
出会った香りは「プラダ」の香りだったのかもしれない。






※このnoteはフィクションかも・・・しれません。
※ちなみに賭け事が好きなわけではないので、ほぼ賭けてません。

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