回らないお寿司屋さんで大人の階段を登った話|ショートエッセイ
ふと思い立って、お寿司を食べに行った。
お寿司と言っても、ただのお寿司じゃない。
回らないお寿司。
しかも、お店は高級ホテルの中。
おひとり様。
思い立ったのには理由がある。
すでに鬼籍に入った学生時代の恩師が最後にお寿司屋さんに連れて行ってくれたのが、3年前のちょうどこの時期だったり。
年齢の十の位が一つ増え、子供の頃に抱いていた「大人」のイメージと今の自分とのギャップについ最近まで打ち震えていたり。
ここらでひとつ、大人の階段を登ってみるか、と思ったのだった。
そこらへんの居酒屋を予約するのと同じサイトでそのお寿司屋さんも予約できた。楽ちん、楽ちん。ピッ、ピッで予約確定。
一番安いランチのコース。学生時代の飲み会代と同じくらいのお値段。わお。
さて、当日。朝食は少なめでお腹の調整もバッチリ。
ここで大問題。
何を着ていくべきか。
基本的にはお休みの日なので、スーツは変だし。かといって、セーターとジーパンはダメだし。
クローゼットと鏡の前を3周半して、ようやくジャケットありの服装の組み合わせを確定。所要時間30分。
お寿司屋さんはホテルの2階にある。
できる限りのすまし顔で入店。予約名を告げる。
一歩入ってびっくり。
席はカウンターのみ。ざっと6席くらいしかなかった。
入り口から席までの2メートルの間に、すごく緊張してきた。和装の案内の方に椅子を引いてもらいつつ、席に座る。
予約の時にコースを伝えているので、飲み物だけを注文する。
飲み物が来るのを待っている間、どこを見ていいかわからず「感染症対策のお願い」を凝視していた。
カウンターの向こうには、ドラマから出てきた感じのザ・寿司職人が立っていた。ちょっとした刀のような包丁を白い布巾で拭いている。この所作も、ドラマみたい。
目の前にお皿が置かれ、一貫ずつお寿司が目の前に置かれる。
「〇〇(産地)の〇〇(お魚の名前)です」
はい、と殊勝な顔で頷いているものの、お箸を伸ばす3秒くらいのうちにどちらかを忘れてしまう。
どこかのヒラメや、対馬の何かを頬張りながら、お寿司の味を堪能する。
どれもすごく美味しかった。
おひとり様なので、会話もなくお寿司に集中できた。ただ、お寿司とお寿司のインターバルの時間には、相変わらず「感染症対策のお願い」を凝視していた。
茶碗蒸しをいただいている頃に、はたと気づいた。
このコースって終わりです、って言ってもらえるのかな。頭の中でどこかのヒラメ、対馬の何か……と指を折って数えてみた。確か8貫のコースだから、今が真ん中くらいか。
ま、なるようになるさ。とにかく、茶碗蒸しに集中しよう。
途中、給仕をしていただいている和服姿の若い女性に「今日はお休みですか?」と話しかけられ、少し会話をした。これで一気に肩の力が抜けた。
「ほうじ茶……じゃなかった、お茶です」というセリフにも和んだ。ありがとう、ほうじ茶間違い。
そして、ちゃんと「これが最後です」アナウンスもしていただき、すべてのお寿司が出揃った。最後のデザートもしっかりいただき、無事に回らないお寿司屋さんのランチ、クリア!
一度経験したので、次回はもう少し肩の力を抜いて、ゆったりとお寿司を楽しめるはず。次回はいつ来るかわからないけど。
食べながら、大人になった自分や、恩師との思い出、4月からの新しい挑戦にも思いを馳せることができた。おひとり様の醍醐味だと思う。
休日の、ちょっと贅沢なランチ。おしまい、おしまい。
大満足。
お会計の後、店を出ようとすると、PayPayの「当たり〜!」という声が響き渡った。
恥ずかしい。
3等のくせに声が大きい。
複雑な思いを胸に、ホテルを出た。
大人の階段を一歩上がった気がする。
学生時代の恩師との、お寿司屋さんの思い出はこちらです。
また読みたいなと思ってくださったら、よろしければスキ、コメント、シェア、サポートをお願いします。日々の創作の励みになります。