見出し画像

顔 鏡|ショートショート

「お友達のご結婚式ですか? 素敵ですね」
「えぇ、まぁ。試着、できますか?」
「もちろんでございます。ご案内いたします」

先ほどから顔に笑顔が張り付いた店員が、こちらの様子を伺っていたのを目の端で捉えていた。試着室に案内してもらいながら、今年友達の結婚式に行くの何回目かなとぼんやり考えていた。

試着室に通されて、驚いた。映画館のトイレか、というほどにズラリと個室が並んでいる。しかも、ほとんど閉まっている。誰かが試着中なのだ。

「こちらでございます。ごゆっくりどうぞ」
カーテンを閉められ、フッと息を吐く。結婚式に呼ばれるのって、お金がかかる。ご祝儀だけでなく、ドレスに、ヘアメイク、バッグに、靴。同級生ではもう4人目だから、同じものは着れない。

さ、試着、と顔を上げると、鏡に小さな張り紙があった。

AI相談員による相談承ります。 10分 200円(延長可能)

張り紙の下には、コイン投入口がある。
へぇー、最近ではこんなのもあるのか。特に気にもとめず、来ていた服をさらりと脱いで、ドレスに着替える。

鏡の中の自分と向かい合う。ヘアメイクをしていないと、いまいち似合っているかわからない。これまでの出席した結婚式での写真を見返す。よし、色は被ってない。

もう一度、AI相談員という言葉が目に入った。AIなら、見られても恥ずかしくないし、店員のようにお世辞を並べ立てたりもしないだろう。ジュースくらいの値段なら、と100円玉を2枚滑り込ませた。

鏡の中に、女性の顔が浮かび上がり、ドキッとした。試着室で知らない顔と向き合うのは妙な気分だ。いや、この顔、どこかで見たような。

「こんにちは。お呼びでしょうか?」
「あの、洋服着た感じとかって確認してもらえるんですか?」
「はい、試着したお洋服の診断でございますね。どちらに着るお洋服をお探しですか?」

「友人の結婚式に。高校時代の同級生です」
「はい。ご友人の結婚式に着ていくドレスを購入される女性の42%は、当日になってもう少し安い方にすれば良かったと後悔されています。お買い物は慎重にしていただくのが良いでしょう」

顔が凍りついた私をよそに、AI相談員は続けた。
「お客様の肌のトーンを分析したところ、真紅、深い緑など抑えた色遣いのお召し物との相性がよろしいようです」

スマホの写真を見返すと、これまでの結婚式では淡い色ばかり着ていた。鏡の中の自分を見る。深緑のドレスから伸びる腕はほっそりとして見える。確かに色白に見せてくれるのかもしれない。
手の中のスマホをもう一度見ると、あることに気づいた。アケミが2年前の別の結婚式で、今着ているものと似た色のドレスを着ている。やばい、被る。この時、ドレスはレンタルって言ってたっけ。

「あー、でも友達が似たのを持ってるかも」
「写真をお持ちであれば解析できます。カメラにスマホを向けてください」
コイン投入口付近のカメラにさっきの写真を見せる。あ、残り時間3分だ。

「レンタルショップに同じ商品の在庫があります。店頭販売時期は5年前なので、レンタルの可能性は極めて高いです」
「そう。良かった」
「ご自身で似合ってる、と感じるお洋服をお召しになると、幸せホルモンの分泌が15%上昇するというデータがあります」

似合ってる、か。
似合ってる洋服で、幸せになれる。そんな単純なことをどうして忘れていたんだろう。

結婚式だから買うんじゃない。
他の人と被らないからこの色にしたんじゃない。
好きだから、似合ってるから、これを買う。

試着室を出て、お会計をしているときに、店員から話しかけられた。
「AI相談員、ご利用になられましたか?」
「あ、はい。参考になりました」
次の質問は意外なものだった。

「誰に似てましたか?」
「え?」
「あのAIって、見る人によって誰に似てるか変わるんですって。みなさん、この人のためにおしゃれをしようって思ってる人に見えるそうです。『試着室で思い出したら』っていうあれですよ」

ありがとうございました、と見送られて、百貨店の廊下を歩く。
あの鏡の中の顔は、母に似ていると思っていたが違ったみたいだ。

私はわたしのために、おしゃれをするんだ。
踏み出す踵は、いつもより軽かった。

また読みたいなと思ってくださったら、よろしければスキ、コメント、シェア、サポートをお願いします。日々の創作の励みになります。