趣味は人生を楽しくしてくれるが変◯にもしてくれる
今年も「あしらの俳句甲子園」、通称「あし俳」に張り切って参加したわけなんですが、2年連続ビギナーズラックが起きることもなく今年は予選敗退、全く緊張することなく決勝トーナメントを観戦しました。気楽だったけど、ちょっと物足りなかったな……(俳句ドM発言)
「あし俳」というのは大人のための俳句甲子園なんですが、毎年1月の三連休に開催されており、日本全国はもとより海外(イギリスとかドイツとか)からも俳句を愛する人々が俳都・松山に大集合します。
北海道からの参加者も毎年少なからずいて、さすが北の国から来た人たちは寒さに慣れているだけあって皆さん軽装だなあと感心していたら、東京から来た青年がなぜか半袖半ズボンでした。いや、四国とはいえそこまで暖かくないんですよ、松山。彼の周りだけ異次元なのでしょうか?彼が冬の北海道に行く時にはどんな装備なのか気になる……。
あし俳がどういうイベントなのかよくわからないまま参加したという人が「(良い意味で)俳句の変態の集まり」と表現していましたが、全くそのとおりだと思います。
(よくわからないまま参加する人がいるのは、1チーム3人でエントリーする必要があるから。どうしても参加したい人に頼まれて参加する人は毎年いて、そのまま俳句とあし俳にハマるケースも珍しくありません。ようこそ変態俳句ワールドへ。)
あし俳のモットー?は「大人が本気で遊ぶ」らしいのですが、そのモットーのとおり、前夜祭の句会ライブで審査員が優勝したり、当日は着ぐるみやレスラーマスクや派手なスーツを身につけた参加者がいたり、60年来の友達3人組や親子3代で参加しているチームがいるかと思うと、観戦だけのつもりだった人たちが急遽エントリーすることになったり、司会者が本番中に素早いステップでGを仕留めたり、表彰式で公開プロポーズがあったりします。どれも実話です。今年のエピソードだけでこの濃度。毎年伝説が生まれる場所、それが「あし俳」。
参加チームは40チーム(プラスα)もいるというのに、そのうち予選を通過して決勝トーナメントに進出できるのは8チームだけという狭き門なので、残りの32チーム(96人)は予選の投句を終えた時点(午前9時40分頃)で1日が終わっていると言っても過言ではありません。ちなみに参加者の受付開始時間は朝の8時30分。受付終了は9時、9時20分開会で閉会はなんと18時!長い!でも、ちっとも退屈しないんですよね。(変態だから?)
予選はその場で出されたお題で一句詠む「即吟」で制限時間は5分です。え?そんなスピードで良い句が詠めるのかって?詠める人もいます。私は詠めません(断言)。詠めない人はどうするかと言うと、即吟の練習を千本ノックのようにやる人もいますが、私は出されそうなお題を予想しまくってあらかじめ俳句を作っておく派です。チームメンバーと「昭和100年なので百の詠み込みが出そう」とか「干支が蛇だけど蛇は冬の季語じゃないから冬眠?」とか「令和7年だから七?」とか毎日お題を予想しながら俳句を詠みました。本番が近づいてくると「(字を詠み込む)字題なんて何でもありじゃねーか」とやさぐれ出す私……。
そうやって私たちが実行委員の思惑を推理しているように、実行委員も私たちのその推理を推理していると思われます。そして私たちの思惑の裏をかいてくるはず!……という推理の、当たらなくていい後半部分だけが当たってしまうんですよねーーー(涙)。当日のお題は季語でも字題でもなく、音を聞いてイメージをふくらませて詠むという予想外のお題。……いや、実際にはその形式は前夜祭で採用されていたんですよ……でも、それゆえに「まさか同じ手では来ないだろう」と油断していた……。てっきり蜜柑の匂いが拡散されて『この匂いで一句』だと思っていたのに!(注: 俳句の兼題の話をしています。)この調子でいくと来年のお題も、予想する側も出す側も、ますます一筋縄ではいかないと思われます。テーブルにじゃこ天か坊っちゃん団子が配られて「これを食べて一句」なのか?予選のお題をめぐる参加者と実行委員のチキンレースが激化していく予感しかありません。(変態だから。)
こんな調子で参加者は本番だけでなく本番までの日々も、チームメイトと楽しく(?)俳句(とお題のとんちきな予想)に取り組んでいます。中にはチームを超えてズームや対面で即吟やディベートの練習をやる人たちも。あし俳に参加すると決めた瞬間から、このヘンタ……いえ、俳句の祭典は始まっているのです。
そして、予選敗退した圧倒的多数の人も、決勝トーナメントに進んだものの敗退した人も、優勝した人たちですら、今年のあし俳が終わった瞬間、来年のあし俳のことを考えちゃったりしちゃってるのです。私の所属しているネット句会の主宰は既に本気の新チームを結成したらしい。私も来年のお題を予想し始めています。(即吟の練習をしろ。)
何はともあれ、ここまでのめり込める趣味のある人生は楽しいですし、こういう変態は悪くないものです。ちなみにあし俳の翌日も普段は対面で句会が出来ない句友さんとここぞとばかり句会を楽しんだ人も少なからずいました。ま、私もその1人です。
「(良い意味で)俳句の変態の集まり」という言葉を聞いた時に「自分はまだまだそこまでの域ではない」と謙遜(?)した人もたくさんいたと思いますが、あの場にいた人はもれなく変態の仲間であることよ……。(知ってた。)