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小説『天使の微笑み』1

第一話 お惣菜が繋ぐ縁


「あの、これ、あの…いつもお肉だけじゃダメよ。って、先生に言われてきました。」

「…??え?先生?」


総合商社に勤める敬悟、32歳は、

いきなりいつものスーパーで見知らぬ女性に話しかけられ、困惑した。


しかし、危険は感じなかった。

それは彼女がこのスーパーの制服を着た社員らしいことが見て取れたからだ。


「…これ、俺に?」

敬悟は、見知らぬ女性に手渡された、海藻の乗ったサラダや色とりどりの煮物を持ち上げ聞いた。


「はい、毎日見ていました、調理室で。あなたがお肉のお惣菜だけを毎日買うのを。」

「え??毎日??見てたの?なんで?」

「…分かりません。でも毎日ここに来てお肉だけを買うのを見て、

今日はお野菜も買ってもらわないといけないと思いました。

偏った食事は体に悪いです。養護学校で習いました。」

敬悟は、この女性の喋り方への違和感の正体を瞬時に察知した。

彼女は知的障害を抱えているに違いない。

確証は持てないが、さっき彼女の口から“養護学校”という言葉が出たときに何となくそう感じ取った。


「いつも見守ってくれてたのかな。というか、心配してくれたんだ。ありがとう。」

「迷惑かも知れないです。今まで何度も失敗してきました。」

「失敗なんかじゃないよ。ありがとう。俺はすごくうれしいよ。」


敬悟は、優しく笑いかけお礼を言うと、彼女の名札に目をやった。

「田中さんって言うんだね。すごい、俺も同じ田中だよ。」

「田中美香子です。28歳です。好きな食べ物は、焼き鳥です。」

「ぶっ!!焼き鳥?えらく渋いの来たな。というか、美香子さんもお肉好きなんだね。」

「たれも好きですが、私は塩派です。」

「へぇ~、あ、戻らなくていいの?仕事中でしょ?」

「…あ、そうでした。戻って後片付けをしなくてはなりません。」

「今日はありがとう。これ買って帰るね。」

「はい、では。」

美香子は、敬悟と別れの挨拶を交わすや否や、きびすを返し、

一度も振り返りもせずに調理室とやらのお惣菜を調理しているガラス張りの室内へと消えて行った。



その夜、敬悟は自宅に戻ってから美香子の事ばかりを考えていた。

なぜ、彼女は俺の食生活に興味を持ったのだろう?もしかして、俺の事…??

悩める32歳独身男性の夜は更けて行った。




それからというもの、美香子の働くスーパーに足しげく通う敬悟の姿があった。

「トントンッ」

美香子のいる調理室の窓が、敬悟の中指で鳴らされる。いつもの合図だ。


「田中さん、今日もお迎えが来たわよ~!素敵ね~!」

美香子の同僚のパート社員の主婦、高橋さんが若い二人をはやし立てた。


「それでは、本日のゴミ出しは完了しましたので、退勤させて頂きます。」

「はいっ。今日も一生懸命働きました。お疲れ様。」

美香子は、敬悟の待つスーパーの社員用出口に急いだ。


「あ、美香…」

「っお待たせしました!」


今日も走ってきたようで額に薄っすら汗をかいている美香子が、

敬悟の言葉を遮り、食い気味で挨拶をして来た。


敬悟には、その姿がとても愛おしいと同時に少しの心配もあった。


「走っちゃダメだって前に言ったろ?お腹の赤ん坊に何かあったらどうすんの。」

「すみません、でも敬悟さんとの待ち合わせももうすぐ無くなっちゃうと思うと、

何だか一回一回がワクワクしてしまって。」

「今度からは、二人の家で俺の帰りを待っててね。」

「…はい。」

どちらともなく、自然と二人は手を繋ぎ、家路についた。



第一話 お惣菜がつなぐ縁 …END

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