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小説『天使の微笑み』4

第四話「強い人でも」


遊馬が美香子の読み聞かせに

不満を持っていることを知った敬悟は、


遊馬を子供部屋に呼び、

優しく美香子との出会いを語り始めた。


「遊馬、遊馬はお父さんとお母さんが

知り合ったきっかけを知りたくないか?」

「え!しりたい!」


「遊馬が生まれる前、

お父さんは隣町に一人暮らしをしていたんだ。

毎日が仕事に追われていて

夕食の支度なんて二の次だった。

二の次ってわかるか?」

「しってるよ!あとまわしってことでしょ!」


「偉い!よく知ってるな。そう、後回しだったんだ。

でな、毎日とりあえず力が湧きそうな肉料理を

スーパーで買って帰ってレンチンして食べてた。」

「へぇ~。なんだかさびしいね。」



「、、、。それでだな、なんか毎日身体が重く感じていたんだ。」


「ねぇ、おかあさんは?まだでてこないの?」

「焦るな焦るな!そんな時にだ。

お母さんと出会ったのは。

お母さんから話しかけてくれたんだ。」

「へぇ~。どんなふうに?」


「いきなり、いつもお肉だけじゃだめよって

先生に言われてきました。って言われたんだ。」

「せんせい?」

「そう。美香子の先生。美香子は養護学校に通っていたんだって。」

「ようごがっこう?」


「うん。養護学校っていうのは、

特別なサポートが必要な子供が通う学校のことでな。

学校では、みんなが勉強したり、

楽しく遊んだり、

自分でできることを増やすための練習をするんだ。



先生たちが、ひとりひとりに合ったお手伝いを

してくれるから、

子供たちは安心して学校生活を送れるんだ。」


「へぇ~。そこでおかあさんはなにをれんしゅうしたの?」

「料理を学んだって聞いた。」

「おかあさん、なんでもつくれるもんね!きょうはプリンをつくってくれたんだよ。」


「おー。それは良かったな。遊馬はおかあさんはどんな人だと思う?」

「うーん。やさしいよね。あんまりおこらない。」


「そうだな。優しいな。おとうさんは強い人だと思うんだ。」

「おかあさんはつよいの?」


「うん、強い。凄い痛い思いをして遊馬を産んでくれた時も強い人だなって思ったし、遊馬が夜泣きが酷くてなかなか眠れない日が続いた日も一度も怒ったり機嫌が悪くなったりしなかったんだ。それどころか、赤ちゃんは泣くのがお仕事です。元気で嬉しいです。ってニコニコしてた。」

「ぼくはねむいといらいらしちゃう。」

「俺も。でもな、今のお母さんになるまで、たくさんお母さんは頑張ったっておばあちゃんに聞いたことがあるんだ。」

「おかあさんたいへんだったの?」

「うん、遊馬は小学校にどうやって行ってる?」

「え?まいあさマンションのしたでつうがくはんのみんなとあつまっていっしょにいってるよ。」

「お母さんはそれが出来なかったんだ。」

「え?」

「朝決まった時間に起きること。時間を決めて着替えとかの支度をすること。どれも初めは出来なかった。でもお母さんは一日も休まずに学校に通ったんだって。迎えのバスが行ってしまった後も諦めないで片道1時間歩いて通ったって。」


「え?1じかんも?ぼくそんなにながくあるいたことないよ。」

「そうだよな。お母さんは1時間かけて学校に行くことの他にも頑張ったことがあったんだ。それが料理だ。」


「がっこうでならったの?」

「学校で習った物をおばあちゃんと一緒に家でも作って、一人でも作れるまで練習したんだそうだ。」



「ぼくしってるよ。そういうひとをどりょくかっていうんだよね。」

「そうだな。お母さんは努力家だな。人の何倍も努力して今のお母さんになったんだ。」


敬悟は、知的障害というものがどんなもので

美香子が今出来ている家事や生活の一つ一つが

美香子にとってどんなに大変なことで、

人の何倍も美香子が努力家であることを教えた。


そして、美香子が遊馬の言葉で傷付いていることを

話した敬悟は、

どんなに強い人間も

たくさん痛みを感じ続けたら

心は壊れてしまうものだと真剣に語る。



「でもな、お母さんがどんなに強い人だったとしても、

傷つかない人なんて一人もいないんだ。わかるか?遊馬」

「おかあさん、きずついてるの?」

「うん。厳しいことを言うようだけど、

傷つけてしまったのは、遊馬、お前だよ。」

「え、ぼく?」

「絵本が上手く読めないからって

遊馬のお母さんは美香子一人だけだろ?」

「ぼくひどいこといったのかな。

おかあさんはないちゃったのかな。」

「お母さんは泣いてないよ。

でも心では泣いていると俺は思う。

お母さんも遊馬に絵本を読んであげたいと思っていると思う。

でも出来ないんだ。

人にはしたくないんじゃなくて、できない事がたくさんある。

できない事を責め続けたら

どんなに強い人もいつか頑張れなくなる時が来ちゃうとお父さんは思う。」

「ぼく、どうしたらいいのかな。」

「お父さんは、遊馬には親切な人になってほしいな。」

「しんせつなひと?」

「そう。困っている人がいたら優しく手助けをする人のことだ。

人に親切にできることは、遊馬が頑張っているかけっこが一番になることとか、

ゲームが強くなることより大切なことかも知れない。」

「そんなにたいせつなんだ。

ぼくはしんせつなひとになれるかな。」

「なれる。お父さんはそう思う。」

「うん!」


こうして、父子の夜は更けていった。


遊馬にとってこの日は、

美香子が養護学校に通っていた事、

料理など今美香子が出来ることが当たり前ではない事、

強い人も心が折れてしまう事もあることなど

たくさんのことが分かった日だった。



と同時に、父親敬悟にとっては、

親になることの難しさを感じた日でもあった。


美香子の知的障害によって

これから息子はたくさんの感情を抱くだろう。


その一つ一つに共感し、共に乗り越えて行こうと

改めて決意した父敬悟だった。



第四話 強い人でも ...END

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