夏の星々(140字小説コンテスト2024)応募作 part6
季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。
夏の文字 「高」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局
「夏の星々」の応募期間は7月31日をもって終了しました!
(part1~のリンクも文末にありますので、作品の未掲載などがありましたらお知らせください)
受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。
優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。
応募作(7月31日)
サイトからの投稿
7月31日
ピーマン三世
高飛車な私も愛して欲しい。その言葉に私は返す言葉もなかった。
彼女は「私の言うことは絶対だ」、「誰も私を操ることはできない」などと、かなりの高慢な態度をとることがしばしばあった。そんな娘はもう少しで5歳になる。
多嘉井 華佗
嵐の朝にトーチタワーのテナントフロアに商社マンと立つ高井 嘉多。
これから最悪が訪れるとも知らずに。
こおり
僕は今気持ちが高ぶっている。高所恐怖症だけど吊り橋だって渡れそう。高級車でも乗り回したい気分。高嶺の花の彼女からラブレターを受け取ったのだ。家に帰って封を開ける。……空高くから突き落とされた気分に急降下。とんでもない罵倒の言葉が僕を刺す。高慢な女め!びりびりに破り捨ててやった。
こおり
いつもは高く見える空が、今日はやけに近いな。僕が車窓から夜空を眺めていると運転手が声をかけてきた。
「お客さん、二十歳くらいかい? 若いね。二十年の人生はどんなもんだったかい」
「そんなにいいものではなかったな」
「次こそはきっとよくなりますよ」
「そう願うよ」
矢島らら
不思議な凧揚げをした。投げ釣りの要領で凧を空高く投げると、ルアーが引っ張られるように手元の凧糸がピンと伸びた。上昇気流に乗って凧は雲に迫る。やがて雲海の高みに凧が消えたと思うと、白い波間から凧をくわえた鯨が現れた。鯨雲だ。暴れて体をねじれば竜巻となり、高速で凧糸を巻き付け始めた。
あおいゆっきー
手を伸ばしても届かない。少し目を話しただけで君は高みへと登っていた。
いつまでも待っている。そういう君の手を振り払って、才能に嫉妬していた僕に君を追いかける資格はあるのだろうか。
風香凛
クルルル…
耳慣れない音に目が覚めた。
早朝5時。まだ夜明け前だ。
クルル…
「誰が鳴いてるの?」
窓の外からその音の主を探す。目線を上げたその先に烏がいた。
その声は誰よりも高く澄んでいて。
烏は楽しそうに鳴く。
聞いたこともない声で。
そして私の心にも優しく響いた。
膸
おじいちゃんとおばあちゃんはどっちが告白したの?
娘はそう聞くとおじいちゃんは
私から高嶺の花で高飛びしそうになったけど高鳴る気持ちを抑えて告白したよ
と言った
なのにおばあちゃんは腰が低いのね
娘はそう言うとおじいちゃんは高笑いをして高評を与え、そこに惹かれたんだと言った。
崎本ミナト
高速道路はどこまでも続いていた。もう、どのくらいの距離を走り続けてきたのか分からない。出口はなく、おりることが許されない道。これまでに数多の脱落者を見てきたが、あの人達は、どうなったのだろうか。……だんだん寒くなってきた。いつか、私もこの道をおりることができるのだろうか。
こおり
「あの時は夜中に塀をよじのぼって会ったり、精一杯背伸びをしてなんとか手を繋いだりしていたよね」
「そうね、あの頃の塀の高さが恋しいわ」
「高い塀で囲まれた家にでも住もうよ。僕が帰ってくるときに塀をのぼるから君も手を伸ばして引っ張るんだ」
「バカみたいだけどいいわね、それ」
崎本ミナト
「絶対に許さない」 私が投げつけた言葉が君に当たった。君は、今にも泣き出しそうな顔で「許して」と言う。普段の強気な君はどこへ行ったのか。君が泣いても、私は君を許すという言葉を言うつもりはない。いつも高い場所から私のことを見下ろしている君を、やっと同じ場所へ連れて来れたのだから。
しかめし
夏のプールでバイトをしている。俺の仕事はプールサイドに放置された浮き輪を集めて高く積んでいくことだ。シフトにも慣れてたくさんの浮き輪をお腹に腕にもつけた俺はサマーマンだ。そんな俺も来年にはサラリーマンだ。塩素の匂いにむせながら、最後の長い夏休みの思い出を大切に積み上げていく。
崎本ミナト
「いつか、あの『高嶺の花』を買うことが夢なんです」そう言って少年は花を指差す。一等、高い場所に置かれたその端は煌々と光っている。彼は知らないのだろう。あの花は、買った瞬間から『高嶺の花』ではなくなることを。何も知らない彼は、今日も花を買うために汗を流している。
まぐまぐろ
誤算です。なんと高貴な蓬莱山の珠の枝。銀の根に黄金の茎実は白き。誤算です。くたびれた旅装束。そして語るは、冒険譚。誤算です。感心するおじいさん。いそいそと始める二人の寝室の準備を。誤算です。誤算です。
誤算です。雇った細工師の六人。簾越し嗤うあなたと涼風と。誤算です、
南城里奈
今日の娘は一味違かった。「ねぇねぇ、高い高いと低い低いってあるじゃん」「あるね」と旦那。「じゃあ中くらい中くらいは?」「えっ」「中くらい中くらいは何でないの?」黙る旦那に、「誰がないって決めたの?」と娘。我が家には、中くらい中くらいが追加され、今日も娘はきゃきゃっと声をあげる。
あまね
一番高いところで神様を待っている。澄んだ空気は身を切るように冷たいのに、空は胸が軋むほどに青く輝き、容赦なくこの身を焼いていく。じきに目も潰れるだろう。
かみさまはこない。わかっていた。けど、どうか、ひとつだけ。ただひとりとめてくれた、あのひとがぶじでありますように。
南城里奈
とりあえず登ってみようと思った。感覚はよくわからなかったが、高く高く。雲を越え空を突き抜け、どこまでも。だが先はまだ見えない。隣を見ると、ばあちゃんが隣を飛んでる。あれ? お袋、親父まで笑顔で。なんだよ、みんなここにいるじゃんか……と思ったところで、体が重くなって目が覚めた。
ゆーかり
その男は才に恵まれていなかった。勉強も運動も平々凡々で、人間関係に富んでいるわけでもない。今ここで姿を消してしまっても、その死を悼む人は片手もいない。同級生でも世界に羽ばたく人がいる中、男の人生は語るまでのものでもなかった。けれど、この瞬間だけは、誰よりも男が高みにいた。
れん
昭和の大発明さ。歩きながら音楽が聞けるんだ。大切に扱えよ。当時のジジには高かったんだ。そういえばお前のパパもそうやって廊下を往復しながら知らない歌謡曲を聞いてたよ。おい、またデカい箱!あいつら何を供えた!もう親戚が多過ぎだ。茄子牛の背中に積むのが大変なんだぞ。今年は当番なんだよ。
千葉紫月
高校生になれば何か変わると思っていた。義務教育からは開放され、自由になる。そう信じて疑わなかった。しかしそんなモノは全くの幻想で、自分という人間の枠が見えてきて、未来が現実に近づいてきただけのことであった。どんどん有限になる可能性に怯えながら、僕は今日も一限目の授業を受ける。
しかめし
急にお腹を突かれ、どきっとする。わざわざ高い所に登ったというのにこれでは台無しだ。見下ろすと知らない人間が笑顔で手を振る。近年はコンプライアンスで威嚇できないので、うんざりしながらもう一段駆け上がる。今日も人間に昼寝を邪魔されながらも細々食いつなぐ、猫カフェ勤務の猫だ。
福山百合
高すぎるように見える壁も、先が、周りが見えない不安があったって、きっと大丈夫。よっこいしょ、立ち上がってみればほら。先程まで寝転がっていた自分よりも高かった草たちが今は足元に。きっと人生も、同じことのような気がするんだ。
福山百合
サイダーのように弾けるような胸の高鳴りも、夏空に美味しそうな綿飴が見えるのも、きっと君のせいだ。だけど、気付いてしまった。サイダーには蓋が閉められていて、綿飴は入道雲だったことに。そのとき、私はゲリラ豪雨のような心情で、一筋の涙を流した。
矢島らら
夏が来るたび胸をよぎる。台風で高潮に流されたのは、むかし神戸の震災で崩れた船着き場の岸壁だった。私の街を襲った災害の爪痕は、悲しい記憶を伝える遺構だった。
海底に沈む岸壁は、はるかに高い水面を見上げているのだろうか。犠牲者の魂は、さらに高い天国からそれを見下ろしているのだろうか。
まぐまぐろ
父の目に僕の姿は、どう映っているのだろう。たけるちゃん、冷蔵庫にオレンジジュースがあるからな、飲んどきなさい。くたびれた浴衣。ふと見えてしまった父のあばら骨。ずっと高いところにある埃を被った風鈴がチリン。やだな、父さん、僕がオレンジジュース、好きだったの、小学生のころじゃないか。
千景虹
夜空で輝く星になれたなら、きっと素敵ね。誰もが君を見上げて「綺麗!」って目を輝かせるの。
でもあんまり高いから、きっと君の顔は見えないね。風も強くて寒いかも。君がいいかもって呟いた歌手の新曲も聞こえない。
だから、もうちょっとだけ。この低い場所に足をつけていよう。
佐和桜介
まだ運転も慣れない学生の頃、一人で帰ってきたという達成感と褒めてもらいたいという気持ち一心で高速を走っていた。
車通りが少ない深夜、栄養ドリンクと音楽を必死に身体に浴びせて眠気を飛ばしていた。
帰りたいと思える場所があることの幸せをいま改めて思う。
妻と子供に早く会いたい。
上岡 任三郎
「たかいはしって何?」
「は?」
「いやさ、苗字ってその場所とかが元になってるはずやろ?俺の杉の本はわかるが高い橋って何?」
「高いところにあった橋の近くに住んでたからじゃね?」
「それなら高住やん」
「なら、値が高い橋の近くとか?」
「他の奴にも聞いてみようぜ。おい、橋谷田」
佐和桜介
黒のキャンバスに轟音と共に大輪の花が咲いた。
花びらは一枚ずつ地平線に落ちて、静かにその輪郭を無くしていく。
バラバラだった笑い声も煙もその時だけはじっと同じ空高くを見上げている。
それでも僕はバレないようにそっと横を見ている。
君の輪郭は消えないで欲しい、ずっと。
佐和桜介
絵に描いたような入道雲が空を夏らしく作り上げている。グラウンドに響き渡る快音はジリジリとした暑さを麻痺させ、風鈴の涼しさを思い出させる。
振り返れば沢山の汗と涙をこのグラウンドに染み込ませた。
笑い声も罵声も全部。
「ありがとう」
もちろん感謝も。
僕たちは空よりも高く打った。
上岡 任三郎
7/31
中学生最後の夏。昨晩グループライン来た「夏祭りに行く人募集!」のメッセージ。最初は暑いし行く気なかったけど高橋君が行くと言ってたから行くことにした。セミの甲高い鳴き声も今日だけは私を応援してくれているように聞こえる。今日伝えるんだ、3年間の気持ちを。
「ねぇ、高橋君
石動志晴
「私は知らなければならない」借りた小説の第一章に書かれていた言葉の続きが気になり、私は次のページへと進むことにした。次へ、そして次へと。私の体は歩みを止めない。着実に至高へと向かう脳内は、ただ一つの考えで埋め尽くされていた。ああ、この物語の結末を、私は知らなければならない。
まぐまぐろ
度々変わる表札の家の庭に今年も背高泡立草が生え盛る。到着するのは引っ越しのトラック。荷物が運び出される。荷物が持ち込まれる。写真撮るよー、はい、チーズ。ねえ、お父さん、そのチーズって掛け声止めて、古くてダサい。移り変わる家主に、お構いなく、今年ものびのび生え盛る。背高泡立草。
そうめん
あの高い鉄棒で逆上がりがしたくて、僕は毎日公園に通った。その度におじいさんは練習を見守ってくれて「君はできる。」と言っていた。お陰で学校の鉄棒テストで合格した。夕方お礼のために公園に行くと全く人影がなかった。そういえば名前も知らない。彼がいつもいた鉄棒は、凩でひんやりとしていた。
土持 あゆ美
「高血圧じゃから塩分控えるよう、医者に言われた」
ばあちゃんがぽつり呟いた。それから味噌汁の具だけ食べ、汁を飲まなくなった。
でも、ばあちゃん。そげん漬物食うたら意味ないんじゃないの?
土持 あゆ美
「怖いよ。あそこがヒュンとする」
「だらしないねぇ」といいつつ、面白半分に東京タワーの展望台の足元が透けて地面が見えるところに彼を追いやる。
「高くて怖いよ」そんな彼に「ごめん、ごめん」と言いつつ同じことを繰り返す。
明日月なを
雲一つない空。僕は手近な枝に座り空を見ていた。生まれたときから空は憧れで、確信もあった。いつかあそこに行くんだと。それはきっと今日だ。羽ばたきながら枝を蹴り、文字通り大空へと飛び出した。そのうち風に乗り、上昇してゆく。果てのない青く、高い空。さあ。行こう。自分の翼で、どこまでも。
土持 あゆ美
「土持高信は自刃した、縁起の悪い名前やんけ」
母は兄の名前をつけた父に怒った。
でも高信、いい名前じゃないか。どこに行っても、「高」、「高」と可愛いがられる。今は二人の子持ちで幸せで。「高信」の名前の人生、私は好きだ。
雨宮瑞希
拝啓 天国の叔父さんへ
叔父さんお元気ですか?天国での生活はどうでしょうか?もう慣れました?こっちの世界は相変わらず残酷なことばかりです。でも時偶訪れる希望があることも確かです。だから私はもう少し頑張れると思います。この、高い空よりも遠い場所からどうか見守っていて下さい。 敬具
takae
高嶺の花だと言って、君を遠ざけた。
何かが壊れてしまいそうで怖かった僕の言い訳で、君に近づく勇気と引き換えに、君のせいにして誤魔化した。
僕の近いところで泣いて、離れたところで笑って。
れん
母は宅配サービスで食材や日用品などを届けてもらっていた。担当ドライバーに缶のサイダーをあげるのが楽しみなのよと姉に話していたらしい。実家の冷蔵庫の中でサイダーが一本寝転んでいる。空容器の回収に来たドライバーにそれを渡し、僕は深くお辞儀をした。彼は後ろを向いて青く高い空を見上げた。
ゆめ
花火を見つめる君の横顔だとか、りんご飴に心踊らせる君の笑顔を見ることは出来ないはずだった。でもやっと見れた。見れてしまった。僕じゃない素敵な人と花火を見ながらりんご飴を頬張る君を遠くからみていた。それでも高まる鼓動は悔しさなんかじゃなくて、君の可愛さへの驚きと祭りの高揚感だろうな
いいじま、
「高っw」
こういう無駄に値を張るブランド品にホイホイ群がる奴らを見ると笑っちゃうよな。まるで自分は立派な階級にいるんだと威張って街を歩いてんだから。まぁブランド品あげとけば皆が盲目に崇めてるスターだってちょろい。
つくづく俺は天才だ。
あん?括り過ぎだ?一体何にってんだ。
チシャノコ
祖母は高慢だった。親切を嫌味で返すので、周囲も煙たがったが、祖父の遺産があった。祖母は母に耳打ちした。遺産の場所を手帳に記した、と。皆は祖母を褒めそやし、おだて、手帳の中身を探った。
そんな祖母は、誤嚥で呆気なく逝ってしまった。祖母のポケットから母が手帳を取る。手帳は白紙だった。
月越 瑠璃
そっと抱き上げ、高くかざされた僕を見上げるとき、彼女はいつも元気がない。誰かの名前を呼んで、僕を抱きしめる。肉質を確かめているようだった。泣きそうな時もあれば、苦しそうな時もある。なんとなくそれを僕は、足をばたつかせずに受け入れている。分かっている。僕なら君にあげられるんだよ。
月越 瑠璃
瑞々しくぷっくりとした頬が「おちちちま」と言った。滑舌は道の途中で遊んでいる。天高く小さな手を突き上げて、あなたは無邪気に笑った。さらさらの髪がわたしの頬を撫でる。
今、「おつきたま」と言うようになったあなたを抱え、ベランダから今宵も月を臨む。抱き上げたときの匂いに胸を掴まれた。
月越 瑠璃
あなたは高く昇る月に涙を流した。真夜中に轟く悲痛な叫びに私は静かに心を這わせる。月が満ちる間、懺悔の声が葦が生える水辺を泳いだ。私はそばにいることを誓う。微かな月明かりにすらびくつくあなたが再び顔を上げるまで。
夜明け前、彼は立った。手を離してほしくなかったのは、私の方だった。
永井 雨
「たかい、たかい」が高かった頃もあったと、未だ高い空を見上げる。少しは近づいたのかな。伸びた身長も誤差、らしい。でも、砂の舞う公園で、宇宙に思いを馳せる息子は、きっと誰よりも、空に近い。彼の誤差を埋めるために、この体は大きく育ったのだと。心が、空を飛ぶみたいに。たかく、たかく、
思いつき太郎
社会に貢献したい。本気でそう考え勤めを辞めた。紆余曲折はあったが自分なりの準備をして看板を掲げてみた。しかし仕事は開店休業状態。それでも武士は食わねど高楊枝とばかりに、元気を装い表に出る。高い志を持った自分を誇る思いと、それを少し上回る後悔の念を抱きながら。次の支払いどうしよう。
もみじ
空よりも高い所に行ったのか。そこは、星より高いのか。そこから私が見えるのだろうか。あの子が旅立った先は、虹の橋というらしい。あの子を思って縫っている。雨の日は青い布、晴れた日は赤、繋ぐ針目は共に歩いた10年の足跡だ。天に向かって広げたキルティングを、あの子は見ているだろうか。
椋本かなえ
知らなかった。私だけ中身が違う。入れるはずのガスがなくなり、誰かが口で膨らませただけ。これじゃ空高く上れない。式典の終わり、飛んでいく皆を地上から茫然と見送った。どうせ私なんて。
「風船落ちてる!」
甲高い声。地面より少しだけ高い場所。高く飛べなくても、もういいや。
I(アイ)
あぁ、そうだった。あの子をこの手で抱きあげるんだった。妻と息子に約束したじゃないか。男が拳を高々と突き上げている。誰だ、耳元で数を数えているのは。あとスリーカウント。何だ、俺は気を失っていたのか。立つよ。まだ終わっちゃいない。さぁ、腕を上げろ。息子を抱きあげるように、しっかりと。
秋葉 英二
ヒィー、ヒィー、と雑木林の中で、トラツグミのか細く甲高い
鳴き声が響いていた。辺りは何も見えない、暗闇だった。
そして空が白みはじめ、ヒグラシが鳴きだした。やがて他のセ
ミも合唱に加わった。日がジリジリと照りつける頃には、夜の
もの悲しさはどこへやら、虫や鳥の大合唱となった。
秋葉 英二
花の精は上機嫌だった。もう少しで枯れそうな所に、何週間ぶ
りかの雨が降ったのだ。嬉しくてはしゃいでいると、隣に雨の
精がいるのに気が付いた。曰く、あの高い空の上から落ちてき
たらしい。二人は夜通しおしゃべりをした。次の日は晴れだっ
た。花弁についた水滴も渇き、花の精だけが残った。
近藤ななみ
桜の樹の下に、春の海のように煌めく気持ちを埋め、小さな石を添えました。これは、恋を終わらせる儀式なのです。高望みの恋ということは初めから分かっていました。ですが、私のような生き物が誰かを愛せたという証拠を残したいのです。
さようなら、私の初恋。
さようなら、私が初めて愛した人。
遠野ナギ
私、中学の同級生だった堀口くんがずっと忘れられなくって。クールな切れ長の目。通った鼻筋。中学生としては高い身長に、声も…高かった気がします。嗚呼堀口くん。高嶺の花とは堀口くん。今、どこにいますか?私はいまでも、ずっと…。ずっと...…。
「気持ち悪いんだよお前」
ずっと………
風香凛
その鳥は静かに立っている。
緑の葉がそよぐ田圃の中に。
微動だにしないと思った瞬間、突然その鋭い眼差しが私を捉え射抜いた。
「これ以上近づくな」
と言わんばかりに。畏怖を感じさせるその姿はまるで孤高の王のよう。
その凜とした美しい姿から目が離せなかった。
一目惚れだった。
木畑十愛
身を投げようとした瞬間、「死ねないよ」と背後から少女の声がした。嘘だ、十階分の高さだぞ。
「自殺した人間は天国に逝けず永遠に留まるの。私のように」
悲し気な声が耳元で告げる。
「だから、生きろって?」
「いいえ」
背中を押された。頭上に遠ざかる彼女に、感謝の言葉は届いただろうか。
木畑十愛
子どもの頃、高原のキャンプ場に行くのが夏休みの楽しみだった。見上げれば視界の隅まで広がる空。焚火とカレーと蚊取り線香の匂い。忘れたくなくて「また来年」と手を振った。
今になって思い出すのは、高原の片隅、薄暗いトイレの床に転がっていたセミの姿。
別れを告げるように、手を振っていた。
木畑十愛
元カノが結婚する。お相手は日本を代表する大リーガーだ。
「僕も元カレとして鼻が高いよ」
「何様だよ。頭が高いなぁ」
隣で胸を高鳴らせていたあの頃より、涼やかで心地よい距離感で彼女と笑い合う。僕には与えられなかったような幸福が君のものになったらいいな、なんてね。何様だよ、まったく。
東宮
空港でガラス越しにバイバイする時、わざと変な歩き方をして笑わせようとしましたね。私は思わず高笑いをしたけれど、かえって悲しくなって涙がとめどなく溢れてきた次第です。その涙に気づいたのかどうかは分かりませんが、あなたが私に最後に見せた、一瞬の真顔。あの表情が脳裏から離れないのです。
Xからの投稿
7月31日
浅葱佑
高校野球はベスト16で敗退。野球以外考えられなかったあの時は、これからの人生のことなど何も考えが無かった。今以外全て無価値。だからその日の内に野球用品を全て処分し、大学受験に備えた。そして今、野球が無かった人生を歩んできた君に、毎年海へ連れていかれる。淡い青をただ繰り返す。
藍沢空
夜空を切り裂く閃光にずっと憧れていた。後からやって来る轟きよりも、ただ、ほんの一瞬の無言の煌めきが、僕の心をざわめかせる。高い空の上から、どうやってその場所を選ぶのだろう。誰の手をも振り切って落ちていくように。いつか、そんな風に君の胸に刃を突き立てたい。忘れ得ぬ者になれるように。
ふたつかみふみ
子どもの成長は早い。いつの間にかいろんな言葉を覚えてくる。父親が知らない言葉でさえ、だ。
つい先日のこと、出勤前に「パパって居丈高だよね」と娘が言った。よく意味がわからずにいると、「言いたかっただけ」と言って、横をすり抜けて出ていった。
後で意味を調べた。あれってけなされてたのか?
真読
光陰矢の如し。過ぎ去る時間は高速で駆け抜ける。時間軸と言うのは子供の頃は緩慢で、二十歳を過ぎる辺りから加速するらしい。学校の授業は永遠に続く気がしたのに免許や賃貸の更新はあっという間だ。後悔はしたくない。だから、真夏の蝉と変わらぬ風に懸命に生き急ぐ。
祥寺真帆
最初は猫が死んでいるのだと思った。不意に舞い上がったから、ああ鳥なのかと目を細めた。行き交う車の隙間を縫い、白いそれはふわり高く昇った。かと思うと叩きつけられるようにアスファルトに落ちる。赤い車が走り去り、ビニール袋は路肩の泥水に沈んだ。視線をそらした先、信号が点滅している。
槇
旅先で訪れた小さな村には、一本歯の下駄で天狗ごっこをして遊ぶ風習があった。「都会モンのお兄ちゃんには無理だ」子どもたちに笑顔でケンカを売られ、僕は「見てろ」と勇んで下駄を履いた。だが、想像以上にバランスを取るのは難しく、歩くどころか立ち上がることもできない。子どもたちは鼻高々だ。
槇
長く連れ添った祖父が亡くなり、祖母が俳句を始めて三年。ついに個展が開かれることになった。当日の朝、姿が見当たらないので探すと、祖母は町いちばんのビルの屋上にいた。「できるだけ近くで報告したくてね」そう言った祖母の句にはたしかに、青空を詠んだものが多い。天高し見上げる祖母の髪に風。
祥寺真帆
小高い丘へのぼる。ちょうど街を見下ろせるベンチが空いていた。背もたれに刻まれた遠い昔の人の名前をなぞり、腰を下ろす。今日、最後の手紙を書く。いいことしか書かないと決めている。メッセージは短く。うすい雲が翼のように広がっている。手紙の端に小さな絵を描こうと思いつく。白い花の絵だ。
ももた
「私も小説書いてみようかな」鼻歌交じりにスマホのメモを開くミーハーな彼女。高校の卒業文集を思い出して、僕は冗談でしょ?と苦笑いした。「最近、ぜんぶ否定から入るようになったね」だって知らなかったんだ。君の部屋の本棚の小説の多さにも、机の引き出しの奥に挟まった書きかけの原稿用紙にも。
祥寺真帆
「高いから」と買うのをやめていたのが、高ければ高いほど財布を開くようになった。値段のつくものはすべて手に入れたい時期を過ぎ、目に見えるものに興味がなくなった。家は形あるものとないもので満杯だった。自分自身をわかり始めたころ妻と出会い、全部捨てた。「新米おいしいね」と夕食を食べる。
真読
高い志を持つのは悪い事ではない。しかし、君を見ているとどうにも物申したくなる。一度再生しただけの英会話のCD。着付けを始めると着物一式。これで万年金欠を嘆き、余計な物を買ってないと言うのは語弊がある。思案して買わねば高くなるのは勉強代ばかりだよ。
kikko
日本の四季は春ヘル秋死になった。お盆に帰ってくる祖先もこの暑さで再び死んでしまう。とヘルジョークを交わしていた時、あらゆる死者が生き返り、国中大騒ぎ。テレビでは高名な学者が「ヘルなので自明」と述べている。日本は死者の国になって今はみんなで死にながらわいわいオリンピックを見ている。
灰玉心
アスファルトから熱の蜃気楼が揺らめく季節、高架下の日陰で私たちは初めてのキスをした。じゃれ合うように顔を寄せ合って、汗ばんだ額同士がくっつき合っているのに不快ではなく、ただ愉快でしかなくて、そのうち通り抜けてきた爽やかな風が清涼飲料水を飲んだような涼しさを私たちにもたらしてきた。
kikko
田舎の山道は、黒に黄色で警句の書かれた看板が多い。重い荷物を背負い息を切らせて坂を登っていると、廃墟みたいな車庫の壁に「死後さばにあう」と貼ってあった。き、が経年劣化で欠落したのだろう。胸の高さで浮き、虹色に光り、フランス語で挨拶する鯖。絶対会いたい。山に向かう足取りが軽くなる。
長尾たぐい
断水が起きてから、高架水槽の点検のお知らせを思い出した。在宅勤務に障る、と仕事用具をまとめ部屋を出たところでふと思い立ち、非常階段からマンションの屋上に出た。そこには水槽も業者の代わりに腹の膨らんだでかいフグがいて、ぴゅっと口から水を吐いて空に虹をかけた。妙に清々しい光景だった。
Rista
うちの猫どこ行った?多分すぐ現れると高を括った昼間。まるで手がかりなく焦る夕方。ただ餌は減っているから家の中だろう。薄暗い部屋に鈴の音がするような。名前を呼びながらベッド下から箪笥上まで探して。天井から何か聞こえないか。甲高い鳴き声が屋根裏から確かに。二匹目の家族がまさかの登場。
浅葱佑
酷暑で人々の怒りを買った空は網に捕まり袋に詰められ、雨乞いとして家々の庭先に吊るされた。空を吊るしていない私の家に迷い込んだ高気圧を弟が捕まえたと聞き虫籠を見ると、緑の蝶が止まっていた。砂糖水を与えて放すと、弱っていた蝶は空へ落ちるように消えていった。その晩は少し甘い雨が降った。
山の下馳夫
この民具の博物館には、祖父が寄贈した高瀬舟が展示されていたが、今度、知事の命令で廃棄されてしまうらしい。心苦しいので、引き取りたいと妻に相談した。妻は、我が愛車を一台処分したら引き取っても良いと言った。……「高瀬舟」だけに、祖父の遺愛の品が尊厳をもって葬られることを祈るしかない。
Alessa
俺が高速道路を作る。そこを別の俺が走る。それを三人目の俺が追いかける。俺は夜を終わらせないために俺から逃げる。俺は朝を始めるために俺を追いかける。俺は道路をメビウスの輪の形に繋げた。俺と俺の鬼ごっこは永遠になる。俺は悠々と煙草をふかす。夜明け前の青い世界が、どこまでも続いている。
トネリコ
花火大会、明日。
ビーサンを夏空へと高く高く、蹴り上げる。何がなんでもどうしても、明日は晴れて欲しいのだ。
翌日、初めての花火大会は大盛況で幕を閉じた。が、余韻をかき消す突然の豪雨に、為す術もなく濡れそぼった。お互いを見てふたりで大笑い。
うん、まあ、ね。それも夏だね。
小雪
やっぱり彼氏にするならハイスペックな男に限る。
高身長、高学歴、高収入。
中身が大事、なんて言うのはいい男を捕まえられなかった女の負け惜しみよ。
なんて思っていたけれど。
「いや、それは違うよ」
「こうしたほうが良くない?」
自分の正しさを信じて疑わない彼のプライドの高さに辟易する。
ふたつかみふみ
なんという爽快感か!
ちょうど先程ハイジャックを終え、金品を奪って高高度から離脱したのだ。映画の中で見た光景を、こうして肌で感じられるのだから、夢がかなった気分。とても高揚する。
あとはパラシュートを開けば完璧だ。もう逮捕されても悔いはないな。
あ、あれ?
そうだ。預け荷物にしてた─
ふたつかみふみ
植物が怖い。幼少に向日葵畑で迷子になってから、特に大きな花が怖くなった。高いところから、赤茶けた大きな顔で、眼下の私を睨んできたのだ。その細い体躯を揺らして近づき、それが私の体に触れたのだ。あの足首に巻き付かれた感覚が、今でも私を苦しませて離さない。
向日葵の色?知りたくもない。
Alessa
街で一番高いビルの屋上から、かもめが飛ぶのを見た。鳥はとても臆病で、あまりにも必死に逃げるうちに、空を飛べるようになったらしい。それは──弱さだろうか? 飛べない私は、自分の足でここを出ていこう。逃げきった先に、青空が広がることを信じて。ポケットの辞表を握りしめ、私は階段を下る。
富士川三希
虫よけスプレーの匂いがする。ふと逃げ水の向こうに、真っ青な空に映える黄色が見えた。あの向日葵畑を一緒に歩いたのは五十年以上も前のことだったか。隣を見れば僕と同じ目線の高さに君がいる。「そんな昔のこと思い出してたの」と笑った、昔と変わらぬ目の優しさと、最近増えた目尻の皺が愛おしい。
翔也
以前、知らない男に高い高いをされたことがある。オカルト好きな友達は僕のその言葉を聞いた瞬間、血相を変えて矢継ぎ早に色んな質問を投げかけた。男の服装や様子、声の高さ、時間帯や日時など覚えている限り答えた後、その友達は諦めたような笑顔で僕に言った。「じゃあ君、もう助からないのかもね」
石森みさお【2023年度年間グランプリ受賞者】
祖母は昔、光の戦士だったそうだ。世界を善くするために悪と戦っていたのだそうだ。理想を高々と掲げ、血反吐を吐きながら戦い続けた祖母はすっかり萎れてしまった。病床に伏した祖母は学校に行けなくなった私を黙って見つめる。半径三十センチの世界平和にしがみつく私を、労るように、責めるように。
小雪
火葬場の煙突から立ち上る煙を眺める。焼かれているのは、君。
蝉は相変わらずうるさく生命力を主張してくる。
君がいないのに。
空は絵具から絞り出したように青い。
君がいないのに。
夏はこれから。
君がもう、いないのに。
高く伸び上がった入道雲を見上げると日差しが目に痛くて、涙がこぼれた。
鶏林書笈
久しぶりに晴れ渡った日。
彼は一人、丘に登った。狭い島の中でここが一番高い場所だ。
目の前には青い海が広がり、その果てにはぼんやりと陸地が見える。
弟はそこにいる。自分と同様、監視され不自由な暮らしの中で世を憂いているだろう。
今の自分たちの望みはただ一つ。正しい政事が行われることだ
kikko
突然の学級閉鎖になった夜、ペンライトを懐中電灯代わりに団地の屋上に出たら3号棟のルナちと鉢合わせた。手には小5の時流行ったアニメの変身ステッキ。その夜世界は滅んだんだけど、高いとこにいた私とルナちは生き残っちゃって、夜が明けないもんだから、ずっと光ったり変身したり応援したりしてる。
竹垣光流
息抜きをしようとビルの屋上に出たら、空高く虹がかかっていた。今日は夕立ちが起きていないから、不思議な気持ちになった。それでも虹を見ると、心が洗われる。天高く昇る虹は、天使の贈り物みたいだ。虹の後ろで、水の柱も高々と噴き出し、私を祝福している。
本当は近くの水道管が破裂したのだが。
竹垣光流
この壁を乗り越えなければ閉鎖地を脱出できない。しかしその壁はビル何十階分というほど高く、道の端から端までそびえていた。とても乗り越えられそうにない。
しかし私は妙案を思いつく。近くの湖で右手を濡らし、それを壁に振りかざす。水滴を受けた壁が急速に溶けた。晴れて私は地獄を抜け出した。
竹垣光流
その星は高かった。空の彼方にあるのではなく、祭りの出店で売られていた。私はその星を100万円で買った。星を持てば、願いがひとつ叶うそうだから。10年後、願いどおりに娘はアイドルとして、第一線で活躍した。しかし私の気分は晴れない。輝きを失い黒ずんだ星は、娘の行く末を暗示しているようだ。
佐藤のび。【第3期星々大賞受賞者】
先ほどからカーラジオが南部にある高速道路の渋滞を告げていた。こっちとは大違いだな。道路上には俺の車以外見当たらない。だからスピードも出し放題だ。でも、どこに行くんだっけ?ここはどこだっけ?何時だっけ?俺は誰だっけ?あまりにも俺の車が速いから、窓の外の景色が止まって見える。ずっと。
佐藤のび。【第3期星々大賞受賞者】
デパートで高級な空気を買いました。スプレーボトルに入った空気です。どのように高級なのですか、と聞くと、売り場の人はその場にシュッとひと吹きして「ね?」と微笑みました。今、私の体は高級な空気で満たされて、よく泣いています。5本あるのでどなたか1本買いませんか?高級な空気ですよ。
富士川三希
駐車場に行くと、いつも私の車の下で猫が涼んでいる。「すまんね、車動かすで」と言えば、猫はするりとブロック塀に登り「ええんやで」と去っていく。ある朝、初めて猫が私に近づいて来て、尻尾で足をぱたっと撫でた。それから少しして、空の高いところに行ったんだと、猫たちが噂しているのを聞いた。
常森 拓ミ
ベタつく不快な暑さを弾く、ASMRみじん切り。軽快な手首裁きで踊る鍋。高火力のフロアが具材の香りを解き放つ。
コト……。卓に置かれた皿の上に、こんもり丸い黄金の山。
「ほい、食べな」
病人にお粥ではなく炒飯とは……。母らしい。
黄金を削り取り、一口頬張る。
高熱を忘れるほど、熱くて旨い。
富士川三希
「お星さまって、とっても高いところにあるのね」って言った娘が「でも、」と続けた。「今は天の川の上を歩いてるの」昨日工事が終わったアスファルトの上がキラキラしてるね。「あ、流れ星」街灯の向こうを横切った黒猫の瞳が光って見えたね。娘と夜の家路を辿れば、宇宙を歩いているみたいに楽しい。
八木寅
私の鼓膜と頭が痛くなるほど響かせ、目眩を起こさせるほどの高い声を娘は発した。やめてくれ。思わず怒鳴り、わめきたくなる。でも、相手は一才。どう対処すればよいのか。途方に暮れていたら、暮れた。耳を澄ませば聞こえてくる寝息に安堵する。今日も私は犯罪者にならずに済んだ。
あおちょいん
夏の海。高く響く波音に誘われ、友と沖へ。暗闇の中、感じるのは冷たい水温と波音だけ。気づけば一人、打ち上げられた浜辺に。記憶が潮のように引いていく。目を閉じ、冷たい波が足をさらい、海風が頬を撫でる。友の笑顔が蘇るその瞬間、私は永遠の海に溶けていく。
秋桜みりや
理想が高すぎるとよく言われる。私にとっての普通はどうやら現実には存在しないらしい。顔はかっこよくなくてもいいし、身長は高くなくてもいい。目が綺麗な人ってそんなに難しいのかな。理解されない現状と巡ってこない運命。これだから、テレビで輝く推しに会いたくなる。夜に傾く空野中帰宅を急ぐ。
希野 海
雨の中を歩いていると、傘の内に小さく光る何かが現れた。星だ、と直感的に思う。星とは高いところにあるものと思っていたが、どうしたのか。傘を持たない手に弱く瞬く星を乗せる。もしや雨粒とともに滑り落ちてしまったのだろうか。「たまには低いところもいいと思うよ」星は照れ笑いのように光った。
ねずみ
真夏の庭のベンチ。暑さに負けないようにスイカにかぶりつくと、木陰にいた猫が太くて丸々とした尻尾を振りながら近づいてきた。スイカのお皿を挟んで向かい合わせに座り直すと、元気だった尻尾が大人しくなる。高く伸びた木の影、盛り土に刺さるシャベルが風で揺れていて、体の水分が一滴、外に出た。
常森 拓ミ
「ご飯の後に映画なんて! 私を映画館で眠らせる気!? 最低なプランね」
「そんなつもりじゃ」
「それにその服! おじさん臭い!」
「そ、そうかな」
ママ曰く、今日は都会人の真似らしい。なぜ都会=高飛車のイメージなのだろう……
「早く行くわよ!」
娘の小さな手が強引に私の腕を引っ張る。
長尾たぐい
何かあると教室を飛び出でていくタカハシくんを追うのは学級委員長の僕の役目だ。タカハシくんは彼の苗字の「はしごだか」をすごい速さで登っていく。僕はへっぴり腰で後を追う。校舎より高い所でタカハシくんは叫ぶ。僕も真似て叫ぶ。地面に降りた僕らは、言葉ではなく含み笑いを交わして教室へ帰る。
八木寅
高い壺を買った。いいことが起きるらしい。
貯金が尽きた。壺を眺めてみる。空想が広がり、お腹が満たされた。
熱帯夜。壺を抱くと、少しひんやりして、いい夢見られた。
電気が止まった。壺と共にお月見。鈴虫が壺に入りこみ、美しい音色を奏でた。
風邪を引き、痰が出てきた。壺があってよかった。
葵
視界が、霞む。計り知れない高さの障壁が、聳え立っている。周りになんて目もくれず、ひたすら歩を進める。吐息で肺が張り裂けそうだ。足が笑って、転びそうだ。それでも、ひとりで乗り越えたい……周りを踏み台にしてでも。そうしてやっと、壁の向こう側に行けた。僕しかいない、暗闇が広がっていた。
ノリック
あっ、ホームランだ。打った瞬間に分かるほどの勢いでどこまでも高く、遠くに飛んでいく
「ホ、ホームラン!」
観客から歓声か悲鳴か、高らかに響く声
観客席の外にまで飛んだボール。ここまで飛ぶのはちょっと凄い
「凄いな、今の」
素直な感想に君は冷静に
「これが、テニスじゃなければね」
ノリック
「高飛車だな、君は」
君にそう言う上司も高圧的な気がするが自身の意見を通そうとする君もなかなか
だが意見をしっかり持つ君は同僚たちから好かれている
「高飛車」元々は将棋で飛車が自陣の前方の高い位置をとる戦術からきている
君よ、そのまま龍と成り天高く舞い上がって世界中に名を轟かせて
ノリック
「エベレストに登る!」世界で1番高い山、エベレスト。君は登ることを決める
小学校高学年、まだまだ成長真っ只中の君は目標へと真っしぐらに努力する
19歳が日本人登頂最年少で追い付くためには今からやらなければと動き出す君
気付いているだろうか。何よりも高いのはその志だということを
森貴史
子供の頃から高い場所が苦手だった。
展望台、観覧車、公園の登り棒すら無理。
そのことで周りからずっと馬鹿にされてきた僕は、見返すためとにかく勉強を頑張ってきた。
『この会社が大きくなったのも君のおかげだ。次の社長に君を推薦するよ』
やった!遂に僕も高い地位にーー
「む、無理です…」
立花腑楽
深夜の電算室で法会が執行される。絢爛たる衣を着た高僧たちがサーバラック前に居並び、実に美しい声で読経する。機材の保守ランプの点滅が、オレンジ色から緑色へと遷移したところで、我らエンジニア一同、威儀を正して合掌する。高僧たちは瞬く間に消え去るが、濃い白檀の香りが電算室に残される。
立花腑楽
屋上屋を架す会話を続けた結果、あなたとわたしの間には、膨大な言葉が積み上がってしまった。ジェンガと同じで、相手が仕損じるのを互いに待っている。しかし、この高い壁が崩れたとき、ふたりとも無事で済むのだろうか。そう思っていてもなお、「ごめん」の一言は諍いの興奮にかき消されてしまう。
立花腑楽
久しぶりに会った友人と、かつての遊び場だった雑木林に行く。見せたいものがあると言う。藪を分けて辿り着いたのは、腰の高さほどの鳥居だった。大きく育っただろと彼は誇らしげだが、私は何も覚えていない。曖昧に笑っていると、ちょっとくぐってみろよとしつこく言ってきて、目の色が尋常じゃない。
白花みのり
恋人と別れた。彼との身長差はほとんどなくて、なんとなく踵の低い靴ばかり履いていた。だけどそんなことももう気にする必要はない。おろしたてのサンダルで街を歩く。久々のヒール。背筋がしゃんとする。いつもより5㎝高い視線。たったそれだけで、見慣れているはずの世界が少しだけ新しくなった。
かまどうま
部下からの通話が切れ、
最上階の社長室は私一人になった。
真下には無数のビルの明りが、歌声の様に瞬いている。
この高みに届かない、無音の喧騒。
ようやくここまで来れたけど。
独りだけの、私だけの世界だった。
祝杯を共にする友人は誰もいやしない。
この先は、見上げても暗闇しかないのだ。
いえろー
「このご時世、ワンコインで食べられるなんて最高でしょ?」狭い定食屋、先輩は長い髪をポニーテールにした。無料だからとライスを大盛りにして細い体に入るのだろうか。「パスタとか女子っぽいもの選ばないとモテませんよ?」「モテるために食事してないから」先輩は大きな口で肉野菜炒めを頬張った。
いえろー
「馬鹿か」彼は蹲る女生徒の腕を掴み立ち上がらせた。彼女の顔には椅子の脚で付けた赤い痕。直に青痣だ。ざまぁみろ。そう思っていたのに。「嘘だよね、付き合ってるって。そいつが調子乗ってるだけでしょ?」彼は一瞥を寄越し「お前、自分が思ってる程高尚じゃねぇよ」寄り添う背中にまた腹が立って。
ささや
高い声が出せなくなった日。それは大人に近付いてしまったのだと知った日でもあった。でも身体だけだ。心は、精神は、まだまだ大人なんかじゃなかった。だから運動会の百メートル走で一位になった友達に嫉妬したし、作文のコンクールに入賞して母に褒めらた弟のことも憎らしかった。視界が歪むほどに。
宝名 彩月
橋の上から川を見下ろすと、川面に夜空が写っていた。川底に星が在るように見え、空の高さを感じて、上下感覚が曖昧になる。このまま本物の空へ落ちてゆけないだろうか。あの星に、届けたいものがあるのだけれど。傍らの小石を蹴ると、弧を描きながら、空ではなく川へと落ちてゆく。何故かほっとした。
村上有香
「ちょっと高すぎるんじゃない!?」
お客様は神様が口癖の父の和菓子屋を継いで5年。時折こんな人が現れる。近頃の物価高を知らないのか、馬鹿なのかと呆れながら「申し訳ありませんね」と諂うように答えた。客は怒りながら大福を買って帰った。辟易しながら、翔太は今日も神様に和菓子を作り続ける。
村上有香
「あっ!」という悲鳴のような声と共に、近くの子どもの手から風船が離れた。僕は咄嗟に風船の紐を掴もうとしたが、間に合わなかった。風船はゆらゆらと蛇行しながら高く高くどこまでも舞い上がっていく。僕は子どもの鳴き声を聞きながら、夢見る昔の自分のような風船からいつまでも目が離せなかった。
常森 拓ミ
ヤバい。よりにもよってユキ先輩に日記を見られてしまうとは……。
「高値の花、かぁ。これ、私の事?」
やはり読まれた。先輩を形容する文章を紡いでいたのだ。
「これ、“高値”じゃなくて“高嶺”の花ね。峰に咲くからこそ、美しいのよ」
そう言って先輩は部室を後にした。残ってるのは僕の鼓動だけ。
瀬名橋 晴香
「高橋です。髙橋ではなく」と睨む女に頭を下げたのが、入社後の飲み会での話。
「高くない」と踵を目一杯上げ、棚を睨む姿に惹かれたのが、会社での話。
「高い」と旅行のカタログを睨む彼女を笑ったのが、自宅での話。
「もう高橋じゃないよ」と微笑む奥さんを抱きしめたのが、結婚式での思い出話。
石森みさお【2023年度年間グランプリ受賞者】
何にも歌えなくなってしまった。私、歌手なのに。このご時世に愛の歌を歌う気になれない私と、だからこそ高らかに愛を歌う彼らの正解がわからなくて。世界の災禍を憂う人と日常の幸せを言祝ぐ人。正と邪。配慮と不謹慎。何に怒ればいいの。歌は届かない。でも歌わなければ始まらない。私、歌手だから。
ゆめ濃度
あの高い棚には、あたしのオヤツがあるの。とろりとしててとってもおいしい。だけどね、昔みたいに飛んだり跳ねたりするのがこわくなっちゃった。だからあそこに置かれたオヤツを、好きなだけ食べられなくなっちゃって、ホントにざんねん。仕方がないから、主人を呼んでみる。
いくわよ。……にゃあ。
きり。
町でいちばん高いビルから飛んだ、あの子のことを考える。うまく飛べたかな、とか、いまはつらくないかな、とか。わたしはつらいよ、あなたがいなくなって。でも、もしあなたが楽になったとしたら、空から笑ってこちらを見てるとしたら、それでいい。そうあってほしい。飛びそこなってるわたしは思う。
きり。
早くに亡くなった姉の面影を追って、同じ高校に入った。いいことはあまりなく、先生たちはぎこちなかったし、生徒たちには陰で噂された。何度も悔やんだけれど、ただひとつ、よく姉がいたという図書室だけが、わたしを癒してくれた。卒業してずいぶんたつ。できるなら、あの図書室でまた本を読みたい。
星乃ハンナ
鉱夫は世界の果ての岩盤へたどり着いた。鶴嘴の効く岩は上方のみだった。仰向けで掘り、座って掘り、膝立ちで掘った。洞窟には夏の瘴気がこもる。着物を脱ぎ捨て、靴を脱ぎ捨て、立ち上がって掘った。高みへ。ついに天井が抜けた。傷だらけの足裏が見えた。彼は足から落下した。
彼は今も回っている。
翔也
「え?何か言った?」高々と積まれた本の山の中から、兄はやけに間延びした声でそう答えた。本の虫である彼のことだから昨日も遅くまで読書をしていたのだろう、のそりと顔を出した兄の頬には本の跡がついていた。「読書感想文、手伝ってほしい」兄はへにゃと笑った。「いいよ。どんな本が読みたい?」
ろくろ
祖父が亡くなって十三回忌の法要のあと、祖母がぽつりと「あの人は高気圧の下におるんじゃろ」と言った。葬儀もそうだし、年忌の日にはかならず晴れるらしい。私に祖父の記憶はほとんどない。縁側から下りて水を打つと、肌をさす陽光はひたすら無口で、どこか陰気で、私ははじめて、彼を慕った。
糸遊羅船
白か黒かなんて関係ない。こんなことを言えば身勝手なやつに思うかもしれない。しかし、どうしても、あの高みに咲く、凛としたシルエットに焦がれたんだ。たとえ翼が蝋でできていて、今に融けゆく定めと知っても、君を見失っては未来の僕の意味がわからなくなるから。この声は天の原に届いているかい?
狭霧
高を括っていた。この事件は、自分を悦ばせる筈がないと。
しかし、其は確かに、推理を追う毎に蝕み、醜い探究心、その欲求、快感を自覚させられた。
あの時震えたのは、寒さ故ではなかったのだ。私は唯、興奮していた。
嗚呼。犯人の目的は、私だったのか。
私は、この仕事を辞めるだろう。
ろくろ
試験を二度受けて、貯金をはたいて手に入れた高嶺の花だけど、夢見ていたような関係を築けない。何度も転けそうになるし、スピードを持て余すし、ハンドルが遠くて酷く疲れる。でも意地になって乗り続けた。大好きだったけれど別れるしかなかったひとへの、罪滅ぼしとして。
ろくろ
つきあってからずっと、梨央の髪は悟が切っている。浮いた美容院代で奢ってよと言えば、「髪を切ると空が高くなるよね」とかわされる。梨央の体で一番見ているところは襟足だろう。次点は彼女が一番見ているものだったら理想的だし、顔は七番目くらいでいいと悟は思っている。
彩葉
庭で花の世話をする。真夏の陽射しはすぐに背中を硬くさせる。それでも一時間ほどがんばって、腰をたたきながら日陰に腰をおろした。冷たいお茶を飲むと夏の音が変化した気がした。飛んできた蝶がきみの好きだった背の高い花にとまる。ああ、来てくれたね。
彩葉
奪われたものを取り返すために戦っているのだとその人はいった。見慣れない装いに機敏な動き。狡猾に立ち回る者を倒すために動くなかにも高貴さを感じる。疲れにも迷いにも背中は丸くならない。どんな馬も乗りこなす小さな国の姫。迷い込んだ遠い日の遠い国。
彩葉
いつのまにかこんなに高くまで登っていた。登らなければならなかっただけ。夏を忘れるような風が吹いている。知らないかわいらしい花がその風に揺れる。張り付いたままだった誰かのとがった気持ちが欠けていく。麓は楽しかったな。途中の景色は思いだせない。山の影が美しい。
七壺寛
灰に照らされた夜に、点いたか細い星は見慣れた光だった。小さな光は身近で、星に見えない。昔、流れる星々の夜空は独りになりたい宇宙としてあって、忘れていた流れ星がどの夜にも隠れていた。心が崩れて沈んで、存在が薄らいで上って、部屋の夜の底、一つ光る、高い空の夜から降る星が呼んでくれた。
2号
ある日、家の庭から泣き声が聞こえた。私が大切に育てている一輪の背の高い向日葵が泣いていた。私は笑っていて欲しいと願い水を与え今まで以上に向日葵を愛でた。だが泣き止むことは無く枯れ果ててしまった。そこに落ちた向日葵の種を見て私は察した。向日葵畑に還ることが、向日葵の願いだったのだ。
ジャロ
「高いの高は、はしごだかの方なんです」書類の自分の名前が間違っていることを、総務の人に訂正しに行くと「チッ」と舌打ちをされた。どうして俺の方が悪いみたいになってる?覚えていないお前が悪いんだろ。文句を言おうとしたが、あれ?お前の名前なんだっけ?
俺は黙って自分のデスクに戻った。
皐月墨華
あと一瞬早く飛び出していたら。マウンドに向かって肩を落とした皆とともに走り抜けて思う。あとニセンチ高く飛べていたら、グラブの指先くらいは届いていたはず。入道雲の向こうに音も声も、蹴り上げた砂が弾けたのも、顎まで伝った雫も。何もかもがサイレンとともに消え去ってしまったのだった。