夏の星々(140字小説コンテスト2024)応募作 part2
季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。
夏の文字 「高」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局
7月31日(水)までご応募受付中です!
(応募方法や賞品、過去の受賞作などは以下のリンクをご覧ください)
受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。
優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。
応募作(7月5日〜12日)
サイトからの投稿
7月12日
てるみん☆彡
空の上。高いところ。交差する飛行機雲。…どこへいくの?窓の外を見上げつつ私も心を飛ばせたい。
「私、朝ごはん食べたかな?」母の今朝何度目かの問いに現実に引き戻される。そう、私が今いる場所は低いところ。
河口國江
確かに、高村光太郎の「手」であった。しかしそれ自体は高村光太郎の手ではない。高村光太郎以外の手である。……もしくは、高村光太郎が欲した手である。(望んだ手、といってもいい)。高村光太郎は「手」を手に入れることはできただろうか?……彫刻に与えられたのだろうか?
河口國江
曇り―しかし雨は降らない。野薔薇咲く高原の天気はこれが一番良い。―さらにいうと、風で雲が引き千切られ、少しだけ空が見えている……という天気がさらに一番良い。なので、今はさらに一番良い天気だといえる。野薔薇たちの向こうには丘があり、そこで狼(であろう)が寝ている。
河口國江
この辺りで一番高い木に登ると、島が見える。常に潮風にさらされている橋で、島は繋がれている。島にはひとつの学校、ひとつの神社、ひとつのスーパー・マーケット……など、何でもひとつしかない(郵便ポストもひとつだとか)。ただひとつ、ひとつでないもの……墓はたくさんある。
津田古星
卒業後の進路を聞かないまま春が過ぎて、五月の半ば届いたセントポール寺院の絵はがき。細かい文字でびっしりと、ロンドンにいる事を知らせていた。心が跳ね上がり、ファンファーレが高く鳴り響いたあの日。待ちわびた半年後の帰国、彼は私の聞きたい言葉は持ってきてはくれなかった。
大宮 慄
「いいかい。僕の選んだ世界は、残酷で高慢だった。違うドアに入るべきだったんだ。それを伝えたくて、手紙を自分に送るよ。どうか、思い直してほしい。地球なんか選んじゃだめだ。」という手紙が、わたしのところに届いた。『地球ドア』の前で悩む。「処分しましょうか?」隣の天使が微笑んでくる。
りょう
「じゃあまた明日」と言って別れていく友人がいる。…明日?…明日は来るの?君には明日があるの?僕に明日は来るの?そんな不確定な未来は無いに等しいよ。今日を生きて終えられたら最高じゃないか。良くも悪くも笑って終えればそれでいい。そして「じゃあまた」って手を挙げる。“また”って…
佐藤ミラ
今日も定時の鐘が甲高く鳴り響く。私の職場では終業時間に鐘が鳴る。この音と共に「課長」という私から解放される。さあ、妻と子供の待つ家に帰ろう。ここからは「父」としての私になる時間だ。
…案の定、今日も遅くまでかかってしまったな。眠るまでの短い間、「私」としての私を楽しむとしよう。
佐藤ミラ
高層ビルの屋上に建てられた水族館。海からとても高く離れたところへ海を作るのは非常に皮肉なものだ。彼らは海の青さなんてものはとっくに忘れてしまっているだろうが、空の青さだけは他の子達よりも知っているのだろう。そう思いながら鈍色の空を見上げる7月の午後。
7月11日
いなばなるみ
高みを目指して生きてきて、ふと「高み」とは何かと言うことにぶつかった。誰かにとって私は高みの存在で私はもう満足しても良いのではないか...そう思うのに私はまた高みを目指していく。そうすると貪欲さもまた比例して増していき、満たされない「高み」への沼に落ちていく。
大宮 慄
風船に空気を入れる。地球をカラフルにしたいのだ。幼稚だ、とみんなが笑う。上を見れば、赤色が高さを増していく。大人のくせに、涙が伝う。
部屋で、自分の額に銃を構える。カラスの声がうるさいが、窓を閉める気力もない。銃口が左右に震えている。バン! 空から血が垂れてきて、恐ろしくなる。
さゆ
100年前には自殺者が高かった日本だそうだが、今は減少したらしい。各々に振り当てられた番号で、余命が算出される機械。この機械を使うかは任意だが、これが発明されたことによって、自分の未来が予測出来るようになったことが自殺を減らしたのだろうか。覇気のない人々の表情は気になる所だが。
7月10日
光仔
虹を見た。雨上がりの灰色に重なる雲を貫き、緑の山をまたいで端から端まですっくと渡る。胸がぽっと暖かい。青い空が嫌いで「うるさい黙れ!」と叫びたかったあの時の自分に見せたいと想った。今朝、雨の音を聞きながらカーテンを開けると、広がりつつある青空の高みから数粒の雨が落ちて、上がった。
鈴 叶望
今年も海の季節がやってきた。夏の海は、空と同じ青色で、遠く、高く、どこまでも続いているように見える。
「せーの!」
大きな波しぶきとともに、ひんやりと気持ちいい海が、自分の体へまとわりつく。
今年の海も最高だ。
193
あるおじいさんが88歳で亡くなった。一家の大黒柱だからとおじいさんの亡骸の傍で豪勢な葬儀にしようと親族が話し合っていると『物価高なのにそんなに盛るな!せっかく少しでも米が食えるように米寿で亡くなったわしの気遣いがわからんのか!』と棺からむくりと起き上がって叫ぶとまた眠りについた。
よりみち
春から夏に季節が移ろうように。
思い描いていた未来は過去になっていた。
高く遠い一番星を掴めると、
手を伸ばしていた自分はもういない。
今動いている自分は何だろう。
足元にあるセミの抜け殻のようなものか。
枯れ葉のように朽ち、雪に埋もれていく。
青く高い空をまだ夢見る抜け殻。
鈴 叶望
今年は受験生。僕は、東大に行くという高い目標を持ち、この夏は勉強に励む。夏期講習にも応募した。今までは部活に専念してたから、今年の夏は去年の夏と違う。思いっきり玄関のドアを開ける。「行ってきます」
さゆ
今日のおやつはちゅーるというらしい。ちょっと高くて、良いやつだそうだ。手を差し出してきて、怖かったけれど、美味しかったし頭を撫でさせてやった。何せ、人の手というものは怖いからな。叩かれたりな。でも、今の主は大丈夫そうだぞ。私は保護猫だ。今日も主は、私を可愛い可愛いと褒めてくれた。
二川椿
「ギャー!蜂ぃ」
頭を抱えてしゃがみこむ。
「黄色い蜻蛉だぞ」
嗤笑に近い彼の笑いを浴びながら恐る恐る立ちあがる。
「プーって飛んできたら見分けられないよ」
「高度なテクニックはいらない。落ちついて見るだけ」
「無理。ね、ずっと一緒にいて」
揚羽蝶が来た。蝶は見える。怖く、ない。
7月9日
さゆ
なるべく高い所へ登る。でも足が竦んで飛び立つ事が出来ない。意気地無しと自分を責めた。逃げても良いと世間は言う。学校では虐められ、親は転校や不登校は馬鹿と罵った。どこに逃げれば良い?心に問い続けた。たくさん悩んで、たくさん泣いた。でもそうして得た今はなかなかに悪くないかも知れない。
花明
魚は深浅を知っている。「ある魚は」と漁夫が言う。敵に追われて水面近くまで来たところで、勢い、水の外へ出ることがある、と。ならば。高低の概念を得た魚は願うだろう。もう一度。もっと高く。刹那、それをよく知る鳥に捕らわれ、遂には天へと昇るのだ。そんな狭間の、浅くて低い場所に私は生きる。
見坂卓郎
自転車は高くて買えなかった。父はゴミ捨て場から壊れた自転車を拾ってきて、曲がったハンドルや錆びたフレームをひとつずつ補修した。最後に緑色のスプレーを吹き付けて、世界に一台しかない自転車が完成した。それが誕生日プレゼントだった。友達にからかわれたけれど、高校までずっと乗り続けた。
森野蛙
「お前はセコビッチか」と笑う。いつものことだ。私がお値打ちランチを選んだのだ。夫は、いつでも何でもいちばん高いものを選ぶ。むしろ下品ではないか。でも夫の実家や家族を見れば納得がいく。人は、それぞれ違う景色を見ているのだろう。ため息をつきつつ私はお値打ちランチをわくわくと待つ。
森野蛙
富士山頂の山小屋バイトを終えて下山してきた。標高が上がるにつれて物価も上がる。「こんな商売ができるのは夏の富士山頂だけだわい」と笑った社長の顔!星は手に取れるように大きく、五分も眺めていれば、両手で数え切れないほど流れた。がらんとすいた御殿場線のけだるい車内が生暖かく私を包む。
森野蛙
ただ雲を見ていると、ここがどこなのかいつなのかわからなくなる。肉体を忘れ、自分が誰なのかも忘れる。若い日の旅の空とつながってはいまいか。高積雲の向こう側は、かの国のあの日の心につながっている。あのときぼんやり見はるかした未来は、小さな町の公園のベンチにつながっていたなんて。
723
人はいつも何かの高さを比べている。例えばテストの点数の高さ、仕事の能力の高さ、身長の高さや所得の高さ。けれど中には比べられないものもある。それは幸福だ。何を幸せに感じるかはその人次第で比べられるものではない。自分だけが感じる幸福、それを大切に生きていきたい。
723
痛いほどクーラーの冷気で満ちた高校の資料室。未練がましく音楽大学のパンフレットを開く。「高いなあ。」目に留まったのは学費のページ。分かっている、分かっているのだ。音楽で食べていけるのなんてほんの一握り、奨学金を使ってもうちに返すあてはない。けど、それでも、「ここに行きたかった。」
たみやえる
幼い頃、届く高さ台所のシンクが精一杯だった。面白くない私はシンクによく登って叱られた。伸びだした高校の頃、電球の交換は私の仕事になった。結婚式で誓いのキスは屈んでした。そんな私も近頃は見上げるばかりに。「空まで届きたいなぁ」と言っては孫に、「まだ空に行っちゃ駄目」と叱られている。
あまなす
外の暗さが
知らせている
雨のおとずれを
降りはじめを知ったのは
わたしよりねこのほうが
いくらか早かったのかな
空高くにいる神さまが
やたらと怒っている
鳴神さまのおでましに
ねこは一目散で逃げていく
雷っていうのよ
教えてあげるのだけど
それどころではないみたい
りょう
死ぬほど働く。死ぬほど遊ぶ。死ぬほど食う。死ぬほど歌う。死ぬほど笑う。死ぬほど泣く。死ぬほど愛する。高望みしないけど幸福なこと。願わくば燃え尽きる迄生きること。生きて燃え尽きること。…あれ…地球滅亡明日だっけ。…ああ…やりたいこと幾つできただろう。明日までにアト何ができるだろう。
7月8日
時見初名
ずっとずっと空高く上った先には夢の島があるんだって。一面に咲き誇る紫苑が仄かに香る素敵な場所らしいよ。みんなの思い描く理想郷って感じだよ、きっと。
ねえ、一緒にそこまで行ってみよう。
あの時話を聞いていればよかった。
貴方の言うユートピアはみんなを幸せにするものじゃあなかったよ。
時見初名
高台に上って朝日が昇るのを待っていた。「世界で一番最初に朝日を見ようぜ。」そんな馬鹿馬鹿しい約束を交わしたあの日から。地球は回ってるんだから朝日を一番最初に見るなんてそんなことできないよ。っていう僕をねじ伏せたのは君なのにさあ。きらめく水面とオレンジの水平線を君にも見せたかった。
時見初名
きゃらきゃらと甲高い笑い声が聞こえる。多分線香花火にでも興奮しているんだろう。そんなことに純粋に喜べるなんていいなあ。あんなすべてが楽しくてたまらないみたいな笑い方を私はいつ忘れてしまったのだろう。えへへ、あはは、ふふふ。どこか遠慮気味な私の笑い声はひどく乾いてくもって聞こえた。
夏目紬
宝物を見つけた気がしたんだ。一目見た瞬間から、自分の汚れた世界にもこんなに綺麗なものが存在したなんて捨てたものじゃない、でもふさわしくない高潔さが眩すぎて、このまま野放しにはしておけない、きちんと保護しなくてはという使命感さえ抱いた。だから、君に釣り合う場所を、つくってあげるね。
照山紅葉
この店はいかにも 一見お断りという老舗の高級感を醸し出している。
店内の様子は見えないし、お客 さんが出入りしているのを見たこともない。
中に入ってみたいと思わなくもないけれど、行きたくても行ける場所でないのは肌で感じる。
エアーシャッターが降りていた。
あかなめ
園児の頃を覚えてる?
みんなアンパンマンに夢中だったのに、君だけはいつもばいきんまんのぬいぐるみを抱いてたよね。君はみんなと一緒が嫌だった。で、自分は高みにいるんだと。みんな君を笑ってたし、僕も笑ったフリをしてたけど、いいな、って密かに思ってたんだ。
一緒に世界を汚そうよ。
咲夜花
「あんた。一体いつ私が見えなくなるわけ?」
紅いちゃんちゃんこを着たおかっぱの少女が呆れたように僕を見下ろす。その後も「社会人にもなっておかしい」「そろそろお役御免だ」などと散々いわれる。
それでも、僕が袋から少し高めのお団子を取り出すと、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくるのだ。
ささじろう
坂を下ってきた若者が神社の前で自転車をとめ、一礼してからまた下っていった。
その情景に心が揺さぶられ、私は神社に通うようになった。
参拝し終え帰るころ、背の後ろからパチンパチンと音が聞こえる。
それぞれの想いや願いも聞こえてくる気がする。
それは高く空を突き抜け届くと信じて。
あかなめ
炎天下、フリルの日傘をさして一人優雅に歩く女子高生が、
「あなた暑そうね。こっちへおいで」
と、僕を傘の下へ招いてくれた。
僕は素直に従った。
間近で見る彼女の肌は白磁のように美しかった。
「君、かわいいね」
彼女は僕をだき抱えてそう言った。
僕は彼女に尻尾を絡ませた。
7月7日
戸田真二
高額な収入を得る者、高価な商品を買う者、高級な住宅に住む者、高等な教育を受けた者、高度な頭脳を持つ者ーこれらの人々が高尚で高邁で気高い人物であるとは限らない。中国の思想家・老子はあらゆるものに利益を与え人が嫌がる低い所に進んであつまる水のような人物こそ最高の人間だと述べている。
田原
高級なスイカを彼女は買ってきてくれた。「いらない」これを言うのは何度目だろう。一緒に暮らして十七年にもなるが彼女は僕がスイカを食べれないことを覚えない。昔は大好物だった。けれど途中から食べれなくなってしまった。彼女は去年から記憶の病気に罹っている。彼女はまだ僕のことを覚えてる。
田原
高いところから人が落ちた。あの人の背中には羽は生えてなかった。きっと空が飛べると思ってしまったんだろう。曇天の綺麗な空を彼は選んだ。僕だったらどうするかな。うんと高いところがいいな、でも滑り台でもいいかな。もう少し涼しくなってきてからでいいか。僕の背中にはまだ羽があるから。
せん
小高い丘をのぼると海が見える。僕らの街には海がないから、丘にのぼってむこうの街の海を眺めるんだ。
星を見に行こう。君は僕を連れ出した。夏の夜空には星がたくさん散らばっていて明かりなんかなくても前に向かって進めた。夜の海は星を反射してまるで宇宙だった。
僕らはあの夏、宇宙にいた。
るるる
僕は日曜日に礼拝に行く習慣はないが、家電量販店に行く習慣ならある。
たくさんのテレヴィジョン。洗濯機、掃除機。プラスチックのソーセージやレタスの入った冷蔵庫。
S、D、Gs。家電たちも祈りを持っている。
店を出たら僕は、彼らに代わり口笛で高気圧の空に祈ろう。ピューイ! Amen!
戸田真二
1961年人類初の有人宇宙飛行に成功したガガーリンは「地球は青かった」という名言を残した。青空を見上げると私たちは確かに明るい気持ちになる。だが思い出して欲しい。成層圏より高い宇宙に飛び出した彼の周りには真っ暗な闇の空間が広がっていたことを。美しい地球は孤独の中にあるのだ。
照山紅葉
私は三十五歳、独身。
最近、悩みができた。十五歳年下の新卒の部下が私に思いを寄せてくるのだ。
二十歳ぐらいの男性が年上の女性に憧れるのは、よくあることだけれど、あくまで私たちは上司と部下という関係なので、私のことは高嶺の花とあきらめて欲しいと思っている。
小西 天馬
僕は悩む。
階段でパンツが見える条件式を立式出来たものの、女子高生が超短いスカートを履いていても、女子高生がどれ程高所にいても、観察者はパンツを見られないと結論付いてしまったのだ。
これを打破するには、超々短いスカートの女子高生を待つしか――
あ、だめだ。手でスカート押さえてる。
7月6日
跡部佐知
祖母の家の柱に僕の身長を刻んでいた。大きくなったねと、祖母に言われるとどこかむず痒かった。それでも、柱に成長を刻むのは夏休みの楽しみだった。祖母の畑には、ひと夏で僕の背丈より高くなるひまわりが咲いていた。あの畑もひまわりも、今はもうない。柱に刻んだ僕の背丈を覚えている人もいない。
速水 静香
桜が散る朝だった。私が着た制服の襟には、春の匂いで充満していた。高校生になった私の心は、希望と不安で揺れていた。初めての教室に響く笑い声に混ざりきれず、席に着いたままだ。この胸の痛みは何だろう?言葉にできない感情が溢れ出す。でも、きっと私だけじゃない。そう思うと少し楽になった。
速水 静香
屋上から見渡す夕暮れの校庭。高度12メートルから、黄昏の光が染める風景が広がる。だが、初恋の相手に振られた僕の心は、迫る夜より暗い。涙で滲む視界に、幻想的な光景が揺れる。この儚い美しさを、傷ついた心は受け止められない。「さよなら」と呟き、僕は静かに一歩踏み出した。
速水 静香
高層ビルの残骸には、魔法少女がいた。ひらりとしたスカートが風になびき、長い髪が静かに揺れる。荒廃した大都市を覆う植物の逞しい生命力に反して、星形の杖の輝く光は次第に弱まっていく。達観した表情で遠くを見つめる彼女の瞳には、夕陽が映り込んでいた。永遠の黄昏で、少女は幻想的で儚かった。
terra.
再生可能エネルギーを活用しよう。EV利用で排気ガスをなくそう。リサイクルを積極的にしよう。資源の節約をしよう。脱炭素社会を、さあ――恐れ入ります、実施に向けた費用は高く、実現場所の確保が追いついていませんので、お待ちください。
先の高いハードルは、そこの低いそれを飛べてから。
terra.
インナーは肌触りと吸収性が高い百パーセント綿素材が良しとされても、それに勝るのは、滑らかな柔らかさを維持する再生繊維レーヨンの混紡製品だ。ムレにくく絹の様な上品さがあり、これこそが最高品質の下着である。
と、パートナーに説いても情事の先を拒否される。化学繊維アレルギーだ、と。
terra.
夜空高く旅する君よ。今夜はどの星を巡るのだい。東を向けば琴座が瞬き、向かいの鷲座が見つめている。
今年、二人は会えるのだろうか。カササギが橋を渡してもらえるよう、一仕事頼まれてくれないか。何も、多くの願いを叶えたいだけではない。今夜の君が、はくちょう座として輝けるようにだ。
照山紅葉
大学生の僕はバイト先で重い荷物を持ち上げようとして、突然電撃が走ったような激痛を下半身に感じた。
ぎっくり腰になってしまったのだ。
それからは完治しても再発が怖くなり、一歳の姪を高く持ち上げてやることさえできなくなった。
これはもう「低い低ーい」と繰り返するしかない。
田中えっぬー
終わりを告げる星空の下、盲目の少女は無像の旋律を口ずさむ。
楽器もない、メロディーもない、なのに心に訴えかける何かがある。
いつからかこの星は住めなくなった。ただ残された僕らはずっとずっと無力で。
高空より迫る星々が、紅く燦燦と輝いて、永く綴られぬ物語を、歌と共に綴るのだろう。
田中えっぬー
幼馴染みのあの子が転校した。
僕は納得出来ず、手紙を送った。すると彼女から高難度の知恵の輪が送られてきた。これが解けた頃、願いを聞かせて下さいとも添えて。
春も夏も秋も過ぎた頃、彼女から呆れたような返事が届いた。
僕が解けないままのそれを送り返すと、暫くして、そのまま返ってきた。
7月5日
咲夜花
胸元にある大粒の宝石を握りしめながら、私は咽び泣いた。
幼い頃の母との会話を思い出す。
「この宝石はね、私にとって、この世で一番高価で大切なものなの」
母は、少し昔を懐かしむような眼差しをしていた。
「セレスタイト…。これは、私が亡くなる時に、あなたにあげましょう」
児玉雫
もっと高く。もっともっと、高いところまで。上を目指して、ひたすら階段を登る。足が痛い。それでも登る。階段は続く。遙か上まで。もう、足が上がらない。階段を登り切れず、躓いた。瞬く間に下に転げ落ちていく。登るよりも、遙かに速いスピードで。楽だな。気付いたら、一番下まで落っこちていた。
Xからの投稿
7月12日
葵
高台にある、塔に登った。籠いっぱいに輝く星々を腕に抱えて。お父さん、お母さん、友達……輝きを閉じ込められた星々は、静かに身を寄せ合っている。塔の一番上に着くと、星々を紺碧で塗りたくった夜空へ放った。まばらに舞い、遠く、離れていく。身内の星々が輝く姿を、いつまでも、見つめていた。
草野理恵子
僕たち家族は歩く木になった。僕は体を斜めに切られていたので人間だったら死んでいた。木になっていてよかった。一部を失いながら僕は歩いた。それが仕事だ。「ほらいい子にしていないと歩く木になりますよ」見世物として町から町へ移動した。移動動物園みたいで胸が高鳴った。暑い夏休みが来る。
藤和
山を登る。登山客向けに道はある程度整備されているけれども、それでも厳しい道のりだ。はじめての登山でどこまで行けるのか。途中食料や飲み水が足りなくなりそうだったらためらわずに下山しろとも言われている。食料も水も、まだたっぷりある。登り続けそして山頂。雲よりも高い頂は晴れ渡っていた。
7月11日
楽霞
帰り道、堤防を歩くのが君の定番だった。君の左側は砂浜で僕は右側の道路を歩いていた。平均台みたいな堤防の上を君は器用に歩く。下校時刻の夕日が溶ける君越しの海と空の色潮風の匂いいつもより高い所から聞こえる他愛もない話。堤防の終わりしゃがんだ君が手を伸ばす。その手を取るのが好きだった。
泥まんじゅう
「おいすきだ」
小さな河童が天狗に告白する。
「チビには早い」
天狗はお気に入りの高下駄をカラコロ鳴らし、はるか上から河童を見下ろす。
「もうチビじゃない」
数年後、若い河童がまた告白する。
「まだチビだ。よく考えろ」
天狗は下駄の上から河童を見下ろす。
最近、高下駄は履かなくなった。
海音まひる
私の息子は高所恐怖症だ。前世の死因のせいだと占い師は言った。毎日の星座占い以上のものは信じない性質だから、真面目には聞かなかった。でも、今日の夜、母親との電話で、私が生まれる前に死んだ兄はベランダから落ちたのだと知ってぞっとした。息子は、写真の中の兄とよく似ている。
藤和
高いところが苦手だ。何度周りに訴えても理解を得られないのだけれども、高いところに立つと足が竦んで動けなくなってしまう。それなのに、周りの人達は高みへ、高みへと向かっていく。怖いけれど僕も高みを目指すことにした。てっぺんまで登って一歩踏み出せば、すべてを終わらせることができるから。
轟 駿
九回裏ツーアウト。最後の打者が、ボールを高々と打ち上げた。ライトを守る僕の頭上を飛んでゆく。僕は追いかける。待て、待ってくれ、君に、話が、あるんだ。フェンス際、手を伸ばした。グローブは虚空を掴んだ。ボールは青空にぴったりとくっついたまま、僕を見下ろし言った。「話って、何だい?」
モサク
うつむいたままはだめですよ、と言われた。自分を見つめ直さなくてはいけないのに。振りかえってばかりいないで、と微笑まれた。過去を懐かしんでいたいのに。
「心の癖を治します」その医院の看板は高い壁ではなく足元にあったので、下を向いた者にも読める。扉を叩きたいと私は久しぶりに前を向く。
天野 周
貴重な鉄の御守りからは血の匂い。遠き倭国に残した我が一族の思いをしかと握りしめ、前方を見る。5万もの高句麗軍が大地を揺らしやって来る。勝てる戦とは言えまいが、百済や伽羅を裏切るわけにはなるまい。彼らからの鉄が必要だ。熱気が立ち込めている。この御守りを持ち帰るために私は矛を向けた。
7月10日
ヤマサンブラック
僕は一人、花火を処理していた。仲間たちはすっかり飲みモードだ。ロケット花火に点火した。シュッと音を立て、夜空を昇っていく。いつの間にか、隣に下級生の子が立っていた。浴衣がよく似合っている。破裂音に僕が肩をびくつかせると、彼女は笑った。胸の高鳴りを覚えつつ、僕は線香花火を手渡した。
すー
「給料なんてね、高ければ高いほどいいものなんだから!」
生活費のことで口論になり、妻の口から出たこの言葉に、俺はずっと縛られてきた。少しでも給料を上げようと休みの日でも資格の勉強に励み、副業も始めた。努力の甲斐あって、現在の俺の給料は2倍にアップした。妻との会話は1/2に減った。
枯尾 悠玲(かれお ゆうれい)
AとB、どちらの絵がすばらしいか。
美術館でふたりの男が議論している。
「Aの色使いは最高だ」
「Bの表現こそ至高だ」
決着がつかない。
そこで、近くにいた別の男に意見をもとめた。
その男は答える。
「すみません、芸術はむずかしくて」
「どちらの方が値段が高いんです?」
如月恵
花崗岩を積み上げた円柱形の灯台の中、螺旋階段を105段昇り外へ出る。地上26メートル、視界270度日本海。水平線は湾曲し地球はおおらかに丸い。眼下を横切って行く漁船は海の端から落ちることはない。フレネルレンズを守る白く塗られた金属壁にぴったり背をつけ写真を撮る束の間、高所恐怖症を忘れる。
怪夜
仕事が急に暇になり、柄にもなく避暑地を訪れた。そこにはテレビか雑誌で見るような、どこか見覚えのある風景と、思い思いに夏を楽しむ人の姿があった。隣にいるのは大切な人なのだろう。私はそれを横目に、一人波打つ川面を眺めた。橋の手すりの向こうから、見上げるほど高い柵が忌々しく覆い被さる。
7月9日
波璃飛鳥
線香花火の中には花火蟲が棲んでいることがある。花火蟲が入っていると、火花がいつもより少しだけスペクタクルになる。パチパチと弾ける火花が消えるまでのあいだに、花火蟲は出会い、恋をし、子を作り、老いて死ぬ。花火蟲の子どもらは夏の甘い夜風にのって空高く舞い上がる。遠くへ、遠くへ。
轟 駿
親指と人差し指の腹を合わせて輪っかを作り、耳の中に突っ込んだ。耳栓の端っこを探り当て、指先でつまみ出す。ぶしつけに、朝が流れ込んで来る。憂鬱で気だるい、朝。いつもの朝が。とめどもなく。だがそのとき、私はあることを思い出した。今日は祝日だ。ひっひと高笑いし、私は再び朝を締め出した。
笹 慎
二の腕をギリギリと掴まれた。太い動脈を圧迫され、ドクドクと心音が体内で反響する。緊張でより早鐘を打ったが深呼吸をし平静を装う。
しかし、冷酷無比な彼は嘲笑うように真実を突きつけてきた。
因果応報?いやいや。被りをふる。
年々高まる血圧の責任を父の遺伝子に転嫁し、私は血圧計を外した。
野田莉帆
名古屋テレビ塔を見ると、高い足場の上で商店街の柱にペンキを塗っていた父の姿を思い出す。「今度、テレビ塔を塗るのよ」と母が教えてくれた。もう何十年も前の話。老いた父は足場に登れない。テレビ塔は塗りかえられた。それでも、テレビ塔を見ると思い出す。塗りたてのペンキの匂いが鼻をかすめる。
7月8日
雨琴
私は鏡。目の前に立つ人の希望を映す。志望動機も自己PRも、面接官のお望み通り。言われたことに疑問を挟まず、世間様にご迷惑をかけないように、常識的であるように。本当はスカートを穿きたかった自分も、声変わりして高い声で歌えなくなった自分も、諦めることができないから、鏡の奥に閉じ込めた。
雨琴
アップルパイを焼いて祖母の家に行った。好物を前にした祖母は目を大きく見開いて顔をほころばせた。彼氏の不満を話す。そんな彼なら別れちゃいな。あんたならもっといい人見つかると、親身だけど無責任なことを言う。きっとこういう少女だったんだよね。高齢者って呼ばれる前の祖母に会えた気がした。
波璃飛鳥
私の心の宝石を言葉に変えて出力すると、つまらない石ころがころんと転がった。何度試しても同じ。石ころの山はどんどん高くなる。でも何年か経って最初の石ころと見比べてみると、ほんのわずか輝いている部分があった。私は今日も石ころを出し続ける。近くて遠い宝石に手を伸ばす。
草野理恵子
年に一度おばあちゃんは高い塔になりたがる。時々臍をつけたがる。きれいな丸を描いたらちょっと歪にしてと言う。それもなかなか難しく僕は一生懸命腕を動かす。ごくまれにお母さんは梯子になりたがる。動かないでいたいとじっと塔に寄りかかる。僕は黒い塵なんだ。見つけにくいけどいつも側にいるよ。
草野理恵子
彼はてのひらにきらきら光る関節と薄い花びらと脆い肉片をのせその上に私の手を置いた。顔を上げると無言で上から別の手で押した。私の手の中でそれらは壊れた。
壊れた
また再生するよ
違うものになって
こんなうだる日は違うものになろうよ。私たちは背の高い草をかき分けながら血をいっぱい流した。
7月7日
兎野しっぽ
高嶺の花に恋をした。相手は勤勉で慎ましやかで、なにより自分の夫を一途に愛している。夫も彼女を深く愛し、その絆は誰にも引き裂けない。普段どんなに離れた場所にいても。
「今年も橋をかけてくれてありがとう、カササギさん」
年に1度、彼女と夫の逢瀬を手伝うため、僕は今年もあの河の上を舞う。
たつきち
こちらは高台にある「灯台守の家」でございます。かつては本当に灯台守が住まわれていた家で、今でも灯台は残っています。動力部分は動きませんが、灯室にはレンズが残ったままですし、灯台の2階部分にも宿泊できる部屋がございます。勿論、内覧可能です。今からですか?大丈夫です。ご案内致します。
せらひかり
夢売りに出くわしたので、夢を売った。高値で買い取られた夢は、綺麗な籠に入れられる。いい夢だと言われ、悪夢だと応じれば、好きな方は多いですよと笑われた。巨万の富や愛を得て暮らす夢。その先の未来、人類が滅亡して一人取り残される夢。「大丈夫、現実ではありませんよ」夢売りに励まされた。
柿崎
高鳴る心臓の音を聞きながら、僕はゆっくりと目を閉じた。年に一度、妻に会う時は少し緊張する。遠距離で別居する夫婦なんて長続きしないと言われたが、僕たちは何百年もうまくやっている。目を開けると、輝く星の川が広がっている。ここは空で一番高い場所。今から星の川を渡って、彼女に会いに行く。
波璃飛鳥
ある日を境に、人間が自販機に変わりはじめた。飲料の自販機、お菓子やアイスの自販機。ラインナップは本人が選べるらしい。親友が自販機になったと聞いて、俺は慌てて探しにいった。その自販機は高円寺の路地裏に佇んでいた。親友だとすぐに分かった。俺が好きな飲み物ばかり並んでいたから。
MEGANE
腕に苔が生えた。高原病の一種らしいが特に害があるわけでもないと医者は言う。夜になるとぽわぽわと緑色に発光するのが恥ずかしくて夏でもカーディガンが手放せない。「綿あめみたいで美味しそう」と恋人がいうので、少しだけちぎって口に含んでみた。舌の上でパチパチと光が弾け、眠気が吹っ飛んだ。
枯尾 悠玲(かれお ゆうれい)
夢を売り買いする仕事を始めた。寝ている時の夢ではなく、いつか叶えたい夢。これに値段をつけて買い取り、夢がほしい人に売る。夢を売った人は、お金と引きかえにその夢を失う。もちろん、いい夢にはいい値段がつく。しかし困ったことがある。高い値段がついた夢ほど、持ち主は売ってくれないのだ。
7月6日
雨琴
ある夜、寝る前に「もしも願いが叶うなら、お前は何を願う?」と悪魔に聞かれた。俺は「お前と日高屋の餃子とビールで延々飲みたい」と答えた。悪魔は困ったような顔して「ごめんな」と言った。こっちこそ、お前の七回忌に顔を出さなくてごめん。悪魔の成り手も足りてないなんて地獄も世知辛いんだな。
まつもとあきこ
私には五年つきあっている恋人がいるけれど、彼とは、ずっと穏やかな関係を維持している。帰り際に相手を振り返れば、ドラマのように擦れ違うのではなく、高確率で顔を見合わせるのが私たち。もちろん、笑わずにはいられない。全然、ドラマチックではないけれど、素敵な関係だと思っている。
でら
ある日、5歳の娘が私達に質問をしてきた。
「ママとパパはどうして結婚したの?」
私は固まった。授かり婚である。するとパパがこう答えた。
「ママは職場にいた高貴なお姫様でね、パパの一目惚れだよ」
娘の目はキラキラしていた。私はほっとした。
いつかこの子には狼じゃない王子様が来るといいな。
東方健太郎
遥かな山々を見上げると、それは、まるで包まれるかのような後ろめたさであった。とはいえ、己に非があるわけでもないし、誰かを責め立てられるような話でもなかった。ただ、そこに在るように、日々は通り過ぎてしまうし、空白は持て余してしまう。己のプライドの高さが、幾つもの季節を巡らせていた。
でら
「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」
そう教えてくれた体育教師は高校野球の不祥事を見て、何を思うだろうか。
本当の意味が違うのは知っていた、でも反論すれば殴られて終わりだろう。
時は流れて、僕も教師になった。毎日思う事は、
「健全なる賃金は健全なる労働に宿る」
ただ、それだけである。
でら
私は桃太郎、仲間と鬼ヶ島にやってきた。
しかし鬼は退治されており、姫も財宝も無かった。
旅の目的を見失ったが、風に乗って流れる心地よい香りに癒しを感じた。
「皆、ここに住もう。土を耕し、来年には村の人々を呼ぼう」
仲間達も嬉しそうだった。
そして、鬼達が高らかに笑いながらやってきた。
智月千恵実
太陽はまだ高い位置にある。橙色に変化した陽射しがじりじりと照りつける。どこかに日陰がないものかと見回すと、地蔵堂が目に入った。待ち合わせのラーメン屋から目と鼻の先にある。「少しだけ休憩させてください」とそっと100円を供えると、お地蔵様がにっこりと返す。こんな表情だっただろうか。
野田莉帆
花火大会の夜以外で、初めて家族が揃った。高台で地鳴りのような音が響く。眼下で、津波が黒い濁流になって街を呑みこんだ。泣きだしそうな空は暗くて、遠くにあるはずの都会のビル郡が見えない。「暗い、怖い」と妹が泣くけど、私は晴れるのが怖かった。何もかも連れ去って、消えていく波が怖かった。
7月5日
あしわらん
僕は相棒と駆け出した。前方にそびえる高さ5m51cmの壁を飛び越えるために。地を蹴ったつま先は獣の瞬発力でぐんぐん目標に迫る。相棒を地面に突き立て、僕の体は宙に放たれた。つま先がバーを越える。腹の下をくぐる。僕の……勝ちだ!青空に汗が散った。遠のく夏の太陽がやたらと眩しかった。
長月ミキ
この歳で久しぶりの高熱に、ただ一人ベッドに横になって過ごすこと3日目。少し身体が軽くなり、ようやく思考も正常に働きつつあるように思う。この数日はあまりに辛く弱気になってしまっていたが、幼い頃、両親が看病してくれた時に食べた雑炊とりんご煮の香りが、自分を支えてくれたように思う。
長月ミキ
50年前のあの日、これからの結婚生活に高い理想を掲げていたことをぼんやりと思い出す。思い描いた生活には近付けたのだろうか。あの時の理想や志はすっかり忘れてしまったし、それなりの日々を過ごしてきただけだが、ふと笑みが浮かぶような思い出があるということは、幸せな人生だったのだろう。
桜 花音
片づけをしていたら懐かしいDVDを発見した。小学生時代の合唱コンクールの映像だ。そこにはボーイソプラノで高らかに歌う少年がいた。隣で一緒に映像を見ていた夫が「すごかったんだな、俺」と照れくさそうに笑う。そうだよ、みんなあなたの声に聞き惚れていた。あの頃も今も、あなたの声、大好きよ。
冨原睦菜
天井から鈍い光が顔に当たる。どうやら朝を迎えたらしい。ここにいたら危険だと頭では理解しているが、脱出しようにも一定の場所から先はどうにも進めない。まるで高床式倉庫のネズミ返しに頭打ちされているかのようだ。もしかして重要なことを見落として、本当の見るべきものを見ていないのだろうか。