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冬の星々(140字小説コンテスト2024)応募作 part3

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

冬の文字 「重」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

1月31日(金)までご応募受付中です!
(応募方法や賞品、過去の受賞作などは以下のリンクをご覧ください)

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。

優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。


応募作(1月11日〜14日)

1月11日

吉野玄冬
物体の重さは質量に比例するんだって。ならよく言う言葉とか責任とか愛の重さは何に比例するの? 思い次第、なのかな。どれだけ考えてるか。キミは私を重いって思う? こんなこと言い出す時点で重い、か。それは確かにね、あはは。……さて、重いものと軽いものが衝突すればどうなるか、わかるよね?

吉野玄冬
本が積み重なっていく。やがて室内がいっぱいになったので、次は家を積み重ねることにした。けれども、本は増え続ける。やがて地表がいっぱいになったので、今度は惑星を積み重ねることにした。それでも足りなかったので、平べったい銀河を積み重ねることにした。かくして、宇宙は一冊の本になった。

吉野玄冬
夜半にそぞろ歩いていると、雲霞の如く咲き広がる八重桜の下に迷い込んだ。葩と月光がはらりはらりと舞い落ちる中、清かな着物姿の童女が手招きしている。追えば、逃げていく。からからと笑いながら、幾度も。最後は「季節が一巡りしたら、また」と言って消えた。来年まで生きてみようか。そう思えた。

深山 豊
「初日の出が見たいの」
君のわがままに応えるために、暗い内から、街で一番高い丘まで君を乗せて自転車を漕ぐ。家を出た時はまだ堅かった革の手袋も、手の温もりに馴染んで柔らかくなってきた。
頬を伝う涙は朝焼けの色に染まる。
はしゃぐ息子の、去年より重くなった重さをペダルに感じながら。

MEGANE
死んだ祖父の部屋から「愛しくて愛しくて愛しい」と墨で和紙に書いたものが何十枚も出てきた。昔、私に見せたのは渾身の作だったのか。あの時「よめない」と言ったら「辞書を引け!」と怒鳴られた。後で祖母が「いとしくてかなしくておしい、と読むんだよ」と墨に重ねられた祖父の想いを教えてくれた。

すみれ
いつもより重めの荷物を背負い直す。通勤と比べてずっと早い時間に出たからか、外は夜と見間違うばかりに暗い。今日は遠方にいる友達に久しぶりに会いにいく。高鳴っている鼓動と、マスクの下で隠す口角の上昇。ごとんごとんと電車に身を委ねていると、夜の闇に紛れていた街の輪郭がはっきりしてきた。

雨琴
お小遣いを握りしめてドーナツ屋に行った。ケースの中で並んだドーナツは眩しくて。その中から一つしか選べないなんて残酷なミッションだった。胸焼けするほど買えるようになった今は食べたいとも思えない。娘の好きそうなのを見繕う。軽いのが好きって言ってたっけ?相変わらず選ぶときは慎重になる。

くくの
吐いた息は白く、青い夜に消えていった。息子の安らかな寝息が首元を温める。ザクザクと踏みしめる雪に足を取られないように、ゆっくりと歩く。背中に感じる重さと温かさ。いつかはなくなり、軽くなるのだと思うと愛おしさが胸を満たす。もう少しだけゆっくり歩こう。この重さをまだ感じていたいから。

くくの
体重計に乗ると自分史上最高値を記録した。念の為もう一度乗ってみるが、変わらない。「おっ、記録更新じゃん」「黙って。向こうに行って」「なんでだよ。良いことだろ」「何言ってんの?意味わかんない」「だって、ほら」と彼がモジモジする。ハッとしてトイレに駆け込んだ。妊娠検査薬は陽性だった。

くくの
「君を重役として採用したい。これでどうかね?」首を振る。「ならば、これでどうだ?」首を振る。「君も腰が重いね。なら、こうだ!」そこで頷いた。初出社日、俺は待ち構えていた社員たちに縄で縛られた。「ど、どういうことだ!?」「言ったはずでしょう?君を綱引きの重り役として採用したいって」

るち
鏡を見る度に溜息をついていた。母から受け継いだ一重瞼がコンプレックスだった。アイプチを愛用するようになった。その日、長いデートの中でアイプチが取れてしまった。そんな私をあなたは可愛いと言い、唇を重ねてくれた。そんな昔のことを思い出したのは、腕の中の赤子の瞳があなたに似ていたから。

るち
「低くて落ち着いた声で話すと、信頼できそうなどと感じることがあります」と、ハロー効果について説明していた彼の声は荘重に聞こえた。申し分ない経歴と鋭い視点からの意見で、彼はコメンテーターとして重宝されていた。ある日、定位置から彼が消えた。その日のニュースで彼の経歴詐称が報道された。

るち
気持ちが重い。明日、世界が終わるかのような感情だ。身体測定が待っている。私は私の体の重みを知りたくはないのだ。そんなことを恋人に話すと、「好きな人の体積が増えるのはうれしいよ」と言って笑った。測った体重は以前より軽かった。「世界が終わらなくてよかった」と、恋人はまた笑って言った。

永津わか
ライト、ミディアム、ダーク。どれにしよう。右、いや、今日は真ん中。袋を開けるとバランスの取れた夜が広がる。本当は深くて重たい方が好き。でも嵌って抜け出せないと困るから、定期的に全種類を使い切るようにしている。使用期限が過ぎた夜ではお化けに出会えるらしいけど、まだ試したことはない。

坂乃水
年始、工事現場の重機群を見てあれは何と訊かれた。囚われた動物が機械にされて無理やり働かされてんだよと教えてやった。翌日、工事現場にバスタオルが散らばっていて、泣いているかと思ってと甥っ子が白状した。数年ぶりの実家、目覚めると休職した俺の顔に毛布が重ねられているのもそういう理由か。

roro
犬の鳴き声がした。二階の窓から顔を覗かせると、ハチが向かいの道路を歩く小学生に向かって吠えていた。猫の鳴き声がした。タマがお隣の猫と睨み合っている。雀が囀った。この家の庭の芝生を嘴で突いている。母親の声した。昼ご飯が完成したらしい。僕は重い腰を上げる。廊下は脂っこい匂いがした。

roro
片手には鼻緒の切れた下駄。僕は彼女を背負った。重くない?と彼女が不安げに問いかける。華やかな振袖に身を包む彼女とは、小学校からの幼馴染だった。化粧に彩られた表情の裏に、微かな幼さが滲んで見えた。ありがとね、と彼女は自宅へと姿を消した。それを見届け、僕も向かいの自宅の扉を開いた。

roro
ハイボールで晩酌。肴はコンビニで購入した柿ピー。塩辛さを紛らわすように、私はグラスを傾けた。パチパチと音を立てて喉を通り過ぎるそれは、重々しかった頭を綺麗に片づけてくれた。それが箪笥に押し込んだだけの突貫工事なのは、今は無視することにした。強風が窓を揺らす。明日は雪が降るらしい。


爪を切る。はらりはらりと、あてもなくまつ毛が抜けるように乳白色の三日月が落ちる。満ち欠けに疲れたときは、重い体を細長く伸ばして部屋の隅で淡くなる。気配はゆったりほどけて空気の一部となり、ぱちんと弾けて消えた。ぼっちになると分かっていたのに、この場へ来た。がんばった。偉いぞわたし。

palomino4th
重ね着で膨らむ君の身体、痛いほど冷たいこの冬の風から守られて。
雪の上、小さな心臓を鼓動させ駆け抜けて。
いずれ一つずつ脱ぎ去り大きくなる君は、春待つ風と生まれ変わる祝福の陽光に、遠くへと駆け去るのか。
新しい季節へ向かう冬の蕾。

佐藤朝槻
おせち料理を振る舞った。小さな重箱に伊達巻や黒豆、紅白なます、かまぼこ、あと君が好きな筑前煮を入れた。君は「いただきます」と筑前煮の里芋を口に運ぶ。「おいしい?」ってたずねたらうなずく君。「毎年作ってるの?」ううん、ただの気まぐれ。生きたくないと泣く君に作りたくなっちゃっただけ。

亜古 鐘彦
切れかかった電球が好きだった。光は弱く、ぼんやりとしていたが、暗闇と明るみを曖昧にする薄い膜として、私を包んでくれていた。しかし、ついには灯らなくなってしまう。重い腰を上げて取り外したその球体は、最期の瞬間さえ、誰かに差し出せるようにと私の手をじんわりと温めてくれていた。

亜古 鐘彦
つららが眺める向日葵や、蝉が耳を澄ます積雪の音、似た顔の桜の花を見上げるコスモス、積み重なった落ち葉の鼻をかすめる命が目を覚ます匂い。世界とは、ぼくらが生きるとはそういうことなんだ、と言っていた。太陽みたいな笑顔だった。つられて笑うぼくも、生きるをやってみようと思った。

亜古 鐘彦
仕立て屋はどうだろうね。君は、服も好きであるし手先も器用だ。加えて君は、その人にどんな色が映えるであるとか、どんな様子が似合うということにも敏感に気付ける。貴重な才能だよ。向いていると思うよ。そう液晶に文字を打って見せながら話す私の隣で、君はまだ、宙でピアノを弾く癖が抜けないね。

くろねこ。
ごくり、と喉が鳴る。
幾重にも重なるクレープの層と、それに挟まれたクリーム。
てっぺんには、一粒の大きないちご。
恐る恐るフォークをさして、口に運ぶ。その瞬間、クリームの甘い味と卵の風味が広がる。
ずっと楽しみにしていたミルクレープ。
今月頑張った私へのご褒美。
明日も頑張ろう。

東方 健太郎 (ひがしかた けんたろう)
例えば、私とあなたは異なる人間です。それはわかっています。あなたはどうお考えですか。私はこう考えます。そうですか、わかりました。それでは、ここに天秤があります。いっちょ、比べてみてはいかがでしょうか。えぇそうしましょう。とても重い障害を抱えた、その人の提案を受け入れることにした。

高梁朗漫
「ご臨終です」厳かに告げる声が、重くなりゆく目蓋の向こうでしていた。八十二年生きた、だからもう十分でしょうと思う反面、少し残念。誰かが冷たくなった私の手を労うように、一輪の花を載せている。そういえば今朝、庭の片隅に蒲公英の花が咲いていた。春って軽やかで、命くらいの重たさなのね。

空見しお
雪が降り続いたあとの夜は、低く重たい唸り声とともに怪獣がやってくる。道路に積もった雪を左右に押しのけながら、ゆったりと歩きながら、カーテンの隙間から覗くぼくに気付くと、大きな指を小さく振ってくれる。朝になると、家の前に転がる雪の塊を見てママが溜息をつくけれど、ぼくは怪獣が好きだ。

ヒューガ・アオイ
車から降りて雪を踏む。電気が付いた我が家を目の当たりにして、暖かい感覚が胸を去来する
「ああ、違う。電気を消し忘れただけだ」
靴底の模様が隠れた、逆向きの足跡に歩みを重ねていく
一歩踏み出すたび、苦しみが胸を蝕んでいく
「どこで君とズレたのだろう」
白い吐息と共に呟く、涙は出ない

人面蒼井
のんびり過ごしたいと言うのに君が行く手を阻む。私が動けば足元に駆け寄って、私がこたつに入れば腹の上に乗っかって。重たいよ、これじゃあみかんも食べづらい。君にはあげないよと言ってもにゃーと言うばかりなんだから、憎めない私の愛猫。

猫塚るい
満員電車に揺られながら押し寄せる人の重みを無意識に受け流す日々。窓に映る自分はどこかぼやけていた。息苦しさを感じ深呼吸する。ふと降りた駅、見知らぬ街の空気は驚くほど軽かった。深く吸い込めば胸の奥に張り詰めていた何かがほどけた「どうでもいいか」
重みが少しずつ消えていくのを感じた。

猫塚るい
男が背中に背負うのは、娘の笑顔が詰まった小さなランドセルだった。
「お前の物はお父さんが大事に持ってやるからな」
そう言いながら背負うそれは、亡き妻の面影と、娘を守る重責。軽いはずの荷物が、男の肩を深く押し沈める。
後日、とある少女の遺体が発見・頭部のみが行方不明だと報道された。

人面蒼井
「本日をもちまして退社することになりました。お世話になりました。」長年の重圧からやっと開放された。連日の激務、睡眠不足、叱咤激励という名のパワハラ。それらももう私には関係ない。今日は帰りにスーパーでお寿司を買おう。スキップはできなくなるけどこんなに楽しい帰り道は久しぶりだ。

KICHINTO
幾度なく過ぎ去りゆく季節はどこを切り抜いても餓えた私の心を優しく包みこんだ。目を瞑ると梅重のように鮮やかで美しい君はにっこりと微笑み手を振る。無意識のうちに重ねた思い出は、いつの間にか私の生きる糧になっていたようだ。

ぱむぱむ
女の情念が、腹の底でたゆたう。嫉妬と羨望が、憎悪に変わる瞬間。重みを持って、形を成す。飼い慣らすことなど、できるはずがない。むしろ明確になったその重みに、私は安堵する。あなたに折り重なり、色は密度を増していく。ああ、やっと心から笑えそう。行くのなら、あなたも私も一緒だよ。

石河未彩
手に取って服を着る。服を重ねて冬の寒さを暖かくする。生まれた時は1月の雪が降った日。知らない人の手のなかで、知らない人に手渡され、知っているのは布にくるまれたこと。あたたかくやわらかだった。服というものを着て母の腕にいだかれる。声と匂いを知っていく、重なりの始まり。

石河未彩
邸宅でお茶を、と誘われて出かける。お喋りに花が咲き、あたたかな時間でも?と友人はキッチンへ。ガラスの戸棚から金色の蔦の模様のティーセットの食器。紅茶の香りにのってテーブルに置かれたのは、ミルフィーユ。かさりとフォークで重なりをほどいて、午後のティータイムを。

1月12日

凛句
鼻の先が冷たい。体温をなるべく逃さないよう浅い呼吸を繰り返しながら、僕はいつも通り自転車をこぎだした。午前四時。朝と夜の狭間に、カメラを抱えて目指すは街外れの星見ヶ丘公園。日々を重ね、撮りためた写真は去年でもう数えるのをやめた。毎日同じようで少しずつ変わっていく。空も、僕も。

春うらら
寒空の下、淡黄色の花がぽつねんと咲いている。狂い咲きかと近寄ると、妖艶な香りに夢うつつに。なかを覗けば、こんこんと眠るのは小さな老爺。風邪をひくよと頬に触れると、驚いた老爺は慌てて花弁を重ね、閉じてしまった。可哀想なことをしたと、踵を返した婦人の背後で、ぽとんと真赤な柿が落ちた。

見坂卓郎
孫を抱っこするたびに重くなる。どんどん重くなって抱っこできなくなる。さらに重くなり地面にめり込む。ここで異変に気づく。あわててワシもめり込む。孫のためならいくらでもめり込める。だんだん足がぽかぽかしてきた。マグマかな。孫は笑っている。ワシは孫とくっつく。これが重力ってやつよ。

水溜眞乃介
「重ねることで価値が上がるものがあるんじゃよ。例えば努力、経験、愛情、ほかにも...お重やハンバーガーも嬉しいのう、ははは」。

ばあちゃんが言う。

「ばあちゃんにとって、今まで重ねてきて一番価値があったことは?」

「んん、人生かの」
そう語るばあちゃんはジェンガが上手い。

樋口航也
重ねた約束は、時とともに重くなる。忘れたふりをしても、心の奥底で重く沈む。
君と交わした言葉は、重ねた日々の証。けれど、今はもう届かない。
重たい空気の中、重なる記憶に押し潰されそうだ。それでも、あの約束だけは、どんな未来でも絶対に守り抜くと誓ったんだ。

樋口航也
重力が消えた夜、君は宙に浮かんだ。軽やかなはずの心は、なぜか重かった。
重ねた言葉も、重苦しい沈黙も、何もかもが漂って消える。
触れたくても、重なる距離が遠くて。重力のない世界で、僕だけが重さに縛られていた。戻れない現実が、何よりも重たかったんだ。

樋口航也
静寂の夜に、重ねた旋律が響く。重い鍵盤を叩くたび、胸の奥に重なる想いが揺れる。
重苦しい沈黙も、音に溶けていく。重なる音色は、君への想いそのものだった。
終わらない重奏の果て、沈む音色が包み込む。やがて、君の面影がゆっくりと重なり、静かにそっと消えていったんだ、永遠の彼方へ。

ふじわら しげる
完敗だった。今日のテーマ「検討」は準備万全だったのに、対戦相手佐藤はつま楊枝以下。
15回戦いも、今日で5勝3敗。あと3勝し、まずは勝ち越し。次回テーマは「抽象的」で対戦相手は森。森は機関銃の喋り。巻き込まれないようしないと。「重箱の隅をつつく会」メンバーの俺は、決意を誓う。


重湯は水面に営みを映す。スプーンですくえば、無垢な上澄みの底で米粒がコロコロ微笑む。赤ちゃんに与えた笑顔を映し、風邪をひいたときの不器用な思いやりが宿る。おばあちゃんが、おじちゃんが、孫の手をそっと握る。日光や電灯の下で煌めき、誰かの暮らしを音もなく照らす。人生の語り部となる。

水溜眞乃介
140文字の重みは誰が決める?
幾度となく書いては消しを繰り返し、キーボードに途方もない歴史を重ねていく。重ねた先で厚みが生まれ、そこに想いが乗ると、思いがけない重力が生まれる。その重力は時に人を引き寄せ、名前も知らない遠い誰かの元へと届く。巡り合い、そして今あなたと重なる。

阿梨しかこ
こむぎがみるみるうちに膨らんでいく。ベーキングパウダーでなく重曹を入れたのがいけなかったのか。僕から焼きたてをかすめて、こむぎは黄みがかったスポンジ生地を器用に食べた。「出来はどう?」としかたなく尋ねる。「素晴らしいですね」とでも言いたげに、こむぎは口の周りをぺろぺろ舐めている。

teo
幾重にも重なり山となった小論文。高3になってからは毎日書いた。夏頃からは1日2本。添削に付き合ってくれた先生には本当に感謝している。本が数冊作れそうなほどの厚みは私の自信だった。結局、小論文を含まない受験科目で合格した訳だけど、あの時があるから今も文章を書き続けている。

teo
机上にあるのは鰻重。紛れもなく立派な鰻重。湯気が漂いホカホカのご飯に乗った分厚い鰻。タレがたっぷりと掛かっていかにも美味しそうな見た目。さあ食べようとして気付く。あれ?山椒の香りがしない。そして目が覚めた。夢か。悔しくて、冷凍ご飯をチンして鰻のタレと山椒を贅沢にかけたご飯を食う。

teo
“ペチッ”舞台の奥で音がした。
子どもの頃、学芸会の出し物で出番を待ちながら静かに遊んだのを覚えている。複数人で手を重ね合わせていき、1番下の人が素早く手を動かして上に重なった手を捕まえる。声を出さずに笑い合ったあの頃。見えないけれど、我が子もきっと舞台袖で遊んでいるのだろう。

百花
僕は僕は甲状腺の専門医だ。甲状腺とはのどにある蝶の形のような臓器で、私たちの成長を支えている。「かなりまずいな」という予感がした。僕はどう病気の宣告をするか前日から気が重い。患者は僕の目を見て「よし、一緒に闘おう」覚悟は決まった。澄んだ目だった。今日も元気に暮らしているだろう。

羊の耳
重くなってきたので、身体を脱いだら魂だけになってしまった。魂はつるりと丸く光沢があって、変に輝いていて少し恥ずかしい。もっと恥ずかしいことに、感情が動く度にミラーボールのようにぴかぴかと辺りを照らし出す。堪りかねた私の魂は割れてしまった。とろとろの中身は朝食の味噌汁の具にしてね。

速水静香
ある雨の日も君は重い病と闘っていた。「この傘の重さくらい、私が支えるから」そう私は言って、車いすの君の傘を持った。それから五年。もう君はいないけれど、今日も同じ傘を持って、私は、この病院の庭に来る。満開の桜の下、あの時の記憶と共にいた。二人で分け合った、あの優しい時を抱きしめて。

速水静香
それは、重なる夢の記録だった。まず、私は自室のベッドで目が覚める。そのベッドから出ると、周囲が少しずつ暗くなり、私の体が鉛のように重くなる。なんとか身体を引きずって部屋を出ると、またベッドで目が覚める。これは何度目の目覚めだろう。しかし気がついた。私の目が覚めるはずがないことに。

速水静香
結婚し半世紀の記念日。私は妻を連れて、高級うな重の店に入った。「こんな贅沢はね。」妻が言う。「人生一度や。」私は強がった。四十年、一緒に節約してここまで来た。注文の品が来て、妻と顔を見合わせる。山椒の香りと共に記憶を思い出す。そうだ、結婚式の食事もうな重だったっけ。私は妻を見た。

たんぽぽの綿毛
3025年の地球。街中を飛び交うのは言葉ではなく、AIが生み出した意思疎通ツール。言葉を失った人間達は、感情まで失っていった。この世には、もう愛のかけらも残っていない。人間にしかできなかったはずの重役も、AIが軽々とこなしていく。過去の人間達の生き方は、本当にそれでよかったのか。

夏原 秋
縁を惜しみ、年賀のやりとりをポスト越しに重ねてきた。十回目の正月を数えた頃、喪中の知らせが最後となり、便りは返らなくなった。葉書の文面を読み返してわかるのは、何かを間違えたというわけでもなく、最初から片思いだったらしいことだ。住所録から削除するのは、備考欄にある四文字だけ。

たかのまなみ
生まれて一重、単に生き、
ハタチに二重、二重に影を浮かせ、
三十路に三重、隈も目立つ。
四十で四重、四十肩に始終悶えて熊に願いつつ
五十路で急いで五重塔に焦がれて。
死に往く六重、皺に皺で六十四で
無視され無恥になり
無知にむちむちになってまた生まれて。

波いつき
私はいわゆるぽっちゃり体型だ。付き合ってる彼氏は「君はそのままでも可愛いよ」っていつも言ってくれるけど、私は細くなりたい。だからダイエットを始めた。そしてついに目標体重達成!羽が生えたみたいに軽い!見てよ!…ねぇ、なんで喜んでくれないの?なんで…私の写真に向かって泣いてるの?

籾木 はやひこ
ぼくはダイエットをしている。しかし、妻は、料理好き。クロワッサンを作ろうと「三重がよい。それとも八重がいい?」と聞く始末。曖昧な返事に「多いほうがいいわよね?」といわれ、部屋の隅に行き体重計にそっと乗る僕。横目で妻は、「重いわね」って、僕はどうすりゃいいの。

籾木 はやひこ
新年になったので祝して友人とスナックへ。10時が回り、「帰らなきゃ」とソワソワする友人。「どうしたの?」と聞くと「今年巳年だろう。遅くなって嫁さんににらまれたらどうする?」髪が蛇のメドゥーサになった妻を思い出しねずみのように凍りつく。奥さんの「重い思い」に従う二人だった。

雨村
トマトは赤いから夕日だ。
バナナは滑るから氷だ。
本は重いから岩だ。
山は高いからビルだ。
チーターは速いから新幹線だ。
懐中電灯は光るから金だ。

あの人はどんくさいから迷惑だ。

おもち
「パートナー選びで重視することは?」
「そうだなぁ、アウトドア派で、私を色んなところに連れ出してくれる人がいいな。後、積極的にハグやキスをしてくれる人。交友関係が広くて誰とでも仲良くなれる人にも憧れる。それでいて、ちょっとだらしないとこがあると最高」
——とあるウィルスたちの会話

1月13日

黒須ぐり
夜を纏ったガラスに孤独が映る。
『あぁ、僕はまた1人だ』
ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

翌朝、散歩に出かけた。
偶然、君を見かけた。

朝の光が君を照らす。
影、言葉なく重なり僕をすり抜ける。

君の記憶に僕はいない、
僕の記憶に君はいる。

ただ、それだけなのに胸が苦しい。

たかのまなみ
ヒールなんて履いてこなければよかった。
黒煙と悲鳴の中、私は一瞬で床と化した。
踏まれ、踏まれ、重なる。
重なり、重なり、踏まれる。
私が平らになってゆく。
私から血が、空気が抜けてゆく。
重なる人よ、残念だが貴方がたは
床にはなれなかったね。
私が、鮮やかな美しい床になれた。

坂乃水
グリザイユ画法ではまずグレーやセピアで陰影を描き、その上に色を重ねる。あなたは最初、無口でいけ好かなく思われた。でも、偶然行き会ったあの日、雨上がり雲間から陽が射し込んだように一瞬で色付き、かつ陰影が深みを増した。私の心に飾られたその肖像画は他の誰にも見せてはならぬと密かに誓う。

永津わか
小さな風呂敷包みが届いた。今年は赤だ。結び目をほどく。橙の布が現れる。ほどく。黄色の布。緑、青、藍。紫をほどくと欠片が出てきた。ちかちかの欠片。これはもしかして。コップに水を汲んで庭へ出て、中にそっと落とす。瞬いた欠片は空に昇って、さあ、と虹がかかった。重ねの順と同じ、七色の虹。

イマムラ・コー
なんだか気になって体重計に乗りたくなることがある。今日もなぜかそんな気分だった。乗ってみると体重は変わっていなかった。最近ダイエット頑張ってるのになんて思いつつ、ふと気づいた。左手の薬指には彼からもらった婚約指輪があった。この指輪のせいで体重が増えたのなら大歓迎、そう私は思った。

如月恵
公園内三百メートル、道の両脇に二百を越えるメタセコイアが枝を重ね並んでいる。四階建てビルより高い。二十世紀半ば中国内陸で発見されるまで絶滅種として化石でしか知られていなかった。代を重ねても二億年姿形を変えない生きた化石植物を見上げれば、原初の森の何処かで巨木が倒れる重い音が響く。

花園メアリー
十八になったばかりの妹が目を二重に整形した。親に内緒でローンまで組んだ妹に、僕は聞いた。「目の形を変えたって、見えるものが変わるわけじゃないだろ?」妹はフンと鼻を鳴らした。「人はね、綺麗なものには優しい顔を見せるの。見えるものは、むしろ激変」僕は黙って、木々を花を、愛犬を眺めた。

葉南子
祖母と何度もうどんを作った。生地を重ねて踏んで、また重ねて。何度も繰り返すうちに、手と足に伝わる感触が楽しくて夢中になった。味はもう覚えていないけれど、歳を重ねてもその景色や祖母の笑顔だけは、今も心に鮮やかに残っている。

terra.
なんでもないと、あたかも虹色になる様に、塗り重ねた。大丈夫だと手を振り、残像を重ね続けた。ほら、もうこれで、私は見えないでしょう。と、口元が綻ぶも、震えに負けた一滴が落ちてしまう。黒が混ざる偽りの層が、みるみる溶け、ぽっかり穴を開けた。底に沈む、黒く歪んで伸びた、出せないSOS。

terra.
額をあてがう下で、睫毛の先が触れあった。重なる視線の導線を巡り、何よりも速く込み上げる熱は、狭すぎる空間を湯気で満たし、冷気を忘れる。相応しい言葉よりももっと先に、交わしたい。欲しがるままに重ねた唇から、空気に潜む無色透明な想いが、濃い、真っ白な息に浮かび上がる。と、雪に溶けた。

terra.
物語を書いて五十年。積まれた原稿の天辺には、ようやく輝きを得た一冊の書籍がある。が、その下に、深く根を張るように支えるのは、失敗作の層だった。
「ずっと長編を書いてるのに、本になったのは薄くて軽い短編とはね」
孫の言葉に、私は笑い返すと、重なる原稿を仰ぎ見る。
「いいや、重いよ」

久遠とわ
幾重にも重なる牡丹の花のように、艶やかな色に染められた布が舞っている。舞い踊る木漏れ日の合間を泳ぐように、頭上を彩っていた。「なんだか、花の匂いもしてくるみたい」頬を染めながら興奮気味に呟く君。長い黒髪が風にさらわれ、白い肌に映えている。ふ、と古の都の風景が眼裏に重なり消えた。

春うらら
重荷を背負った盗人が逃げていると、笠を被った狸が声を掛けてきた。
ー徳利に化かしてやるので、この坂を転がっていきなさいな
盗人は礼を言い、徳利に化け坂を猛スピードで転がっていく。追手を撒き安堵していると、先ほどの狸が現れた。
翌日、「坂下徳利卸問屋」には7個目の徳利が並べられた。

春うらら
降り積もる雪の重みに耐えかねて、ついに枝が折れ、子持ち柿がころんと雪面に落ちた。
橙色の柿から出てきたのは、芥子粒ほどのこどもたち。雀みたいにチュンチュンはしゃいで、金平糖を撒いたみたいに散って行った。母親が慌てて、後を追っていく。
銀色の世界をたんと堪能あれ。

たかのまなみ
鬼だの鮫だの狼だの。
色々例えられてはイジられるのが、嫌だった。確かにね。八重歯なんて可愛いイメージに結びつかない。歯並びの良い整ったお口が、美人の大前提。だから私は、歯を見せて笑うのが苦手だったの。暇そうにしていた、似顔絵師の貴方に会うまでは。私も、貴方の笑顔、ずっと大好き。

永遠井雷人
夢が隣で眠った。肩から首へ彼女の温もりが伝う。

ふと視線を落とすと、今日も手を繋げなかった彼女の手が目に入る。忘れ去られたアルバムのように寂しさを纏っているようだ。

そうだ、これは予行演習だ。僕だけの秘密の特訓。
僕はそっと手を重ねた。

夕焼けに染まり、夢の頬が赤くなった。

初心者 描介
今、闘病の末に亡くなった父の葬儀が終わった。そこへ目元を腫らした母がやって来る。母は封筒を渡して来た。僕はその場で封筒を開封する。中には父からの言葉があった。お前は優しい子だ。一人で重い荷物を持とうとする。でもそれはやめて欲しい、俺と同じにならないで欲しい。約束だ。母さんを頼む。

若林ゆみ
お池からあの美しい五重塔が見えなくなって寂しうございます

なあにあの塔が見えなくなるのは、雷さんや戦の火でこれまでにもあったこと

それでも寂しいのでございます
塔の見えない日々が、帝のお渡りをお待ちするだけだった日々と、そうしてこのお池に身を投げた日と重なるようで…

若林ゆみ
ベーグル、りんご、プチトマト

イメージが広がって重なって、色彩は解けて薄墨色のまるになる。

ぐるん、ぐる、ぽつん

うなぎ、蛙、そらまめ
クロワッサンにお月さま

世の中の大抵のものはイルカに似ているよ。

若林ゆみ
「12時に進行方向むこう側でね。大丈夫だって。ホームなんてつながってるんだから、こっちにいなかったら、あっちにいるってことじゃん」

離婚届を出した帰り道、不意に思い出した高校時代のあの子の言葉。
そう、ホームはつながってるんだ。
重いコートを脱いで、あの頃の私に会いに行こう。

初心者 描介
身体が重い。この重さは何だろう。物理的に何かが乗っている訳では無い。やらなければいけない事があるはずなのに、身体が置物の様に動かない。心が重い。この重さは何だろう。今、切羽詰まった問題がある訳では無い。やりたい事を頭に浮かべるが、何かがそれに重りを付ける。軽くする方法は何だろう。

nanakorobi
久しぶりの帰省、玄関の扉を開けると、懐かしい光景が広がる。
幼い頃の微かな記憶が蘇り、過ぎさりし日々の思い出が、冷えた心を暖かく包む。
どれほどの年月を重ねようとも、ここが故郷なのだ。

今は誰もいないその家に、在りし日の記憶の残り香をたぐり寄せながら呟く。
「ただいま」

狭霧 織花
足も、責任も、何もかもが重い。投げ出したいほどの重圧に、立ち止まりかける心は弱い自分のせいだ。わかってる、でも。目の前の坂は長すぎて、遠すぎて。折れかけた心に不意に響く、『頑張れ!』。誰かの、大切な皆の声がする。背中に風が吹いた。私はまだ、この足で駆けられる。ゴールは目の前だ。

森野雨
人を愛し、助け、志半ばで倒れた男がいた。その魂はすっかり擦り切れて小さくなり、悲しみと苦悩に震えていた。彼もまた一人の人間だったのだ。神は魂を拾い上げ、彼を愛する人々の思いで幾重にも大切に包み込む。優しい思いに包まれた魂はやがて輝きを取り戻していく。こうして星は生まれるのだ。

1月14日

はやくもよいち
見知らぬ少女が現れた。
僕の名を呼び、するりと腕を絡ませる。かなり慣れた感じだ。
「奥さんに対抗して、私も先生と歳を重ねることにした」
「僕は高校生だし、独身だけど?」
「だから『今』に来たの」
ひらめいた。
「まさか未来から?」
「来ちゃった」
未来の僕よ、いったい何をした。

結木うい
人間は死ぬと体重が21グラム減るんだって。それは魂の重さらしい。魂が本当に存在するのかしないのか、僕にはよくわからない。だけど僕の血肉は記憶と生活と、たっぷりの空気でできている。それだけは確かだ。もうすぐ朝が来る。何万年もの手垢に塗れた、まっさらな1ページ目に最初の足跡を付ける。

緒川青
 いなくなった妻の影が、寝室の壁紙にうつる。俺には何もできない。第一、この影が本当に妻なのか分からない。あいつの影なんて気にしたことはなかった。
 消えてくれ!
 カーテンの隙間から明かりが差し込んで、影が消え、また現れる。凶器のバットを埋めた壁に、影は寸分違わぬ位置に重なった。

いなばなるみ
「重たいよ」君は笑って言った。「僕の方が重たいし!」と言い張って君を持ち上げてみたら、思っていたよりも重たくて僕は腰を痛めた。「ごめんね」と君が泣きながら言うものだから「君の所為なら思い出に一生治らなくても良い」伝えた。すると君が「重...」と呟いた。ほら、僕の方が重たかっただろ

久田恭子
「こちらは?」
 先刻着たものはあんなにあったかくて軽やかでまるで羽のようだったのに、今度のこれはずしりと両肩に重い。天気の悪い日は、よく頭痛に悩ませられるが、なんだかそれとよく似ている。
「そちらは『重ねてお詫び致します』のお洋服となります」
……なるほど。通りで苦しいはずだ。

久田恭子
 お重の中はぴっかぴか。かまぼこ伊達巻、紅白なます。黒豆数の子、栗きんとん。

 歌うように流れるようにそれらきらきら詰めてって、それから日本酒「白龍」開けて。

「おじいさん、明けまして、おめでとうございます」。

 まだ慣れない、ひとり。そしてお仏壇の扉の重たさよ。

横山江月
まただ。夜の雪道で、またあいつの足跡に自分の足が重なった。同じ歩幅、靴のサイズ。すぐ前を歩くあいつは、抜くには速く、追うには遅い。似たような黒いコートに、一足ごとにジャッと鳴るブーツ。……俺はぞっとした。あいつは俺だ。そして、ジャッ、ジャッ、と後ろからも、足音が重なって聞こえた。

たっか
道端に置き去られた古びたスーツケース。開ければ旅の重みが溢れると誰もが感じ、触れずに立ち去る。中身はただ、空だった。

MEGANE
朝になったが彼女はまだ泣いていた。夜を広げた長い黒髪を乱し、青白い頬を濡らす。「水飲んでる?」ペットボトルを差し出すと夜の裂け目から鋭い眼光が飛んでくる。「あんたのせいよ」彼女には世間から受けた傷が星の数ほどあって、私にも同じ傷がついているのにそのどれもが絶妙に重なってくれない。

三屋城衣智子
今日もポストには、私の一日の行動を秒刻みで記載した長ったらしい手紙が入っていた。
重い。歴代のストーカーの中でもピカイチだ。だけどこれがいけない。
『……髪は絹糸のように綺麗で艶めいている。唇は砂糖菓子のようだ。これ程までの人はなかなかいない。僕は君のことを思うと……』軽すぎだ。

シノメ
雪道の運転は気が重い
危ないし寒いしホントに嫌だ
何回も何年も走っているが未だに慣れない
だけどそんな泣き言をこぼす暇はない 世界中の子供が俺を待っているのだ
愛用のソリに飛び乗りトナカイに合図を出す
さぁ出発だ クリスマスを始めよう!

藤沢恵
ベンチの下に住む毛虫は冬になると人々の落とした言の葉を集める。「ありがとう」はしっとり紅く「さようなら」はずっしり蒼い。集めた言葉で虫は毛布を編み、公園の生活者にかけてまわる。ああ、これで寒さを凌げると毛布は評判で、重ね掛けするといっそう光は増し、夜は雪を照らす灯籠になるという。

大今滝路
父を母が追い出してしまった日。母はないていました。
「愛してるよ」
泣いたまま、私に抱きついてきました。
愛してるの意味はなんでしょう。大好き?大切?

寂しいよ、に聞こえてしまったのは、私だけでしょうか。
その時、母の姿とあどけない少女の姿が重なって見えてしまいました。

時南 坊
雨が降ると、事件を解決する男がいる。灰色の低い雲からポツリ ポツリ。空を見上げた男の額を雨粒が叩く。場所、時間、人と人、隠されたモノが脳裏で繋がっていく。哀しさが心をえぐっていく。犯人はあなたです、男は恋人に告げた。雨粒が額から眼に流れ、頬を伝わり、重い涙となって滴り落ちていく。

はやくもよいち
勇者は世界の裂け目から、多重宇宙へ向かった。
案内人が尋ねる。
「あんたはどうする」
「魔王討伐は彼の仕事」
重騎士は答えた。
「私は守るのが仕事だ」
言い終わるが早いか、愛馬を駆る。
目指すは魔王軍による包囲戦の真っ只中、三重の壁に囲まれた城塞都市だ。
彼の姫君がそこにいる。

はやくもよいち
彼女は幾重もの障壁をめぐらせている。
人目を奪う、つややかな唇がそう告げたんだ。
「もっと君に近づきたい」
「ひとつひとつ壁を取り除くしかないね」
僕はため息をついた。
「玉ねぎみたいだ」
「それだと最後、なくなっちゃうよ?」
君の口元がゆるむ。
とりあえず一枚分、近づけた。

またたびあげる
母を殺した。動機はありきたりで、介護疲れというやつだ。自首する前に長い間やめていたタバコを吸うことにした。外に出ると、雪が降っていた。公園に行くと、雪ではしゃぐ子供たちがいた。ベンチに座って夕暮れの空を見上げると、薄い月がこちらを見ていた。積もった雪が重くて、もう、動けなかった。

三日月月洞
重吹く氷雨が、泣き笑う未来の先人の叫びのようだ。──そうして私は、時の流れは円環であったのだと知る。しかしどうやら気付くのが遅すぎた。よもや遠い古代に海に沈みしムー大陸の端が此処日本だったとは。「終末とは即ち、時間軸の蜻蛉返りだ」海の底に沈みゆく研究所の屋上で傲慢を恥じ独り言つ。

抜色 髪
重く、暗い夜空を見上げ、僕らは丘の上から星を見ていた。その日は流星が降り注ぐ日だと彼女が教えてくれたからだ。一番星を見つけ芝生の上に寝転がる。空にはその時と定めた様に流れる星々が現れた。僕らは一番星と交差する星を見ながら手を重ねた。

玲瓏
言葉を重ねてわかろうとする。討論を戦わせて意見をすり合わせる。
うまくいかないと、人は争いを始める。同じ言語を話す人たちの間でもそうなのだ。
まして言語も文化も違う人たちが、言葉で理解するのは難しい。
言葉に頼るのはやめよう。手と手を重ねよう。その重みが何より強く確かな絆になる。

右近金魚
地中海のお土産にロバをもらう。掌サイズで生きていて、背中の籠に重荷を預けられる。試しに指を置くと心が軽くなった。本当に力持ちだ。来る日も来る日も荷を預ける。次第にロバは縮んできた。もういいよ、籠を外し重荷を胸に戻す。重いけど温かい。ロバをそっと抱きしめる。一緒にリンゴを食べよう。

澤井 葛城
「あれは二重星」お母さん、教えてくれたね。「くっついて見えるけど別々の星で、遠く離れてるの」寂しそうな顔してた。でも、二つの星の光は互いの間をどんな闇にも遮られずに届いてる。別れても自分の国に帰っても私のお母さんだよ。さそり座は南半球の方が観測しやすいらしいね。二重星、見えてる?

玲瓏
好きならば言葉を重ねなくていい。
薄い紙の四隅をきちんと重ねるように、
丁寧に好きを重ねていこう。
紙のように薄い感情がいつの間にか
固く質量を持ったものになる。
それはまぎれもない確実な思いだ。
丁寧に重ねることが好きには大切なんだ。

抜色 髪
一輪の花が咲く。それは幾多の時、いくつもの数の中から摘まれ店頭へと並ぶ。並んだそれらを引き取りに来る人々の中でそれらは時に感謝を、時に見舞いを、そして時に運命を重ね合わせる為に生まれてくるのだ。

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