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湊一樹『「モディ化」するインドー大国幻想が生み出した権威主義ー』中央公論新社

2018年に1回目、2023年に2回目のインド旅行に行ってから、インドの文化・歴史・政治、経済などに興味をもってきた。本書を読んで、なぜバラナシが綺麗になったのか、なぜG20関係の看板が多く設置されていなかったのかといった謎が解けた。3回目の来訪を考えているので、本noteを備忘録をしておく。

街の看板に「G20」の文字が

第1章 新しいインド?

これまで当然視されてきた「インド=民主主義国」という前提が、根底から揺らぐようになったのは、二〇一四年五月にナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)政権が成立して以降、とくに二〇一九年の総選挙を経て二期目に入ってからである。その主な要因として、民主主義の形骸化とヒンドゥー史上主義の主流化という、二つの点を指摘することができる。

p20.

[民主主義の形骸化]
・立法府では審議の空洞化と議会手続きの無視が常態になった
・司法府は政府の決定を追認するような判断を繰り返し示している
・捜査機関は野党政治家や反対勢力を「合法的」に弾圧する手段として利用されている
・民主主義の根幹と言える選挙については、選挙管理委員は与党寄りの判断を下し、メディアは与党に有利な報道をし、「選挙債」による政治献金の大半は与党の手に渡っている。つまり、公平な条件で選挙が行われていない。

[ヒンドゥー至上主義の主流化]
・ウッタル・プラデーシュ州アヨーディヤーでのヒンドゥー教寺院(ラーマ寺院)の建立
→ムガル帝国の初代皇帝バーブルの名を冠したモスク(バーブリ・マスジット)の跡地にラーマ寺院を建てた
・経済の脱イスラーム…不買運動
・政治の脱イスラーム…候補者を擁立しない
・モディがヒンドゥー至上主義の中心組織である民族奉仕団(RSS)出身

モディ政権のもとでは、「急成長を続ける新興国」という経済についてのイメージ、「普遍的価値を共有する戦略的パートナー」という外交・安全保障についてのイメージに関しても、現実とのあいだの溝が広がりつつある。

p28.

[「急成長を続ける新興国」の変調]
・インドの経済状況はこの数年で一変しており、今後についても悲観的な見方をする専門家が少なくない
・農村部の疲弊と雇用不足という構造的問題は改善がみられないどころか、この10年でむしろ悪化している
・正確な人口がわからないほど、政策の基礎となるはずの客観的データを軽視しており、そもそもインドが出す経済統計が実態と乖離している

[厄介な「戦略的パートナー」]
・日米豪印の4カ国による「クアッド」などの協力関係は、自由、民主主義、人権、法の支配といった「普遍的価値」を共有する国々が、高まりつつある中国の脅威にともに対抗するという発想がある。しかし、モディ政権が民主主義を解体してきたため、「普遍的価値の共有」という旗印が急速に説得力を失っている
・国連でのロシア非難決議では棄権を繰り返し、西側諸国が主導する経済制裁に加わらないどころか、ロシア産原油を安い価格で大量購入し続けている

第2章 「カリスマ」の登場

自らの生い立ちを「インドの民主主義」に重ね合わせたのではないだろうか。つまり、貧しい家の出だからこそ庶民の気持ちをよく理解し、国民から大きな支持を得ているという点、そして、インドの政界が世襲議員で溢れるなか、縁故ではなく自らの才覚によっていまの地位を築いたという点を印象づける狙いがあるとみるべきだろう。

p52.

・駅のチャイ屋で父の手伝いをしていた…アピール/幼児婚…隠す
→イメージ作りを重視する姿勢、不都合な事実を隠蔽し歪曲する姿勢はモディ政治の本質的な特徴のひとつ

第3章 「グジャラート・モデル」と「モディノミクス」

・1990年代以降、インド人民党(BJP)と会議派という二大政党を軸とする連合政治の時代が続いていた
→2014年の総選挙でBJPの圧倒的勝利「モディ旋風」
→BJPが獲得した議席はインドの中部と西部の州に集中しており、「モディ旋風」がインド全土を席巻したわけではない

モディ人気を押し上げたもうひとつの要因は、「モディ首相による良い統治によって、グジャラート州に経済発展がもたらされた」という言説が、多くの有権者に受け入れられたことにある。モディ率いるBJPは選挙キャンペーンを通して、モディの手腕によってグジャラート州が経済的に繁栄したと有権者に印象づけるとともに、「グジャラート・モデル」の全国化によって、インド全土が発展すると主張した。

p90.

[グジャラートモデルの問題点]
(1)適正な手続きや関連規則が順守されないまま、大型投資に対して認可や優遇措置が恣意的に与えられてきた
→「不当な利益」を大企業に与えており、多額の税金が無駄遣いされた

(2)大企業が手厚い優遇措置の恩恵に俗しているのとは対照的に、抽象零細企業は州政府からの支援を受けられなくなっていった
→高い経済成長率を記録していたにもかかわらず、それに見合うような雇用の増大や質の改善は見られず、労働者の賃金は他州に比べても低い水準にとどまっていた

(3)大企業への優遇措置に多額の税金が費やされるのとは対照的に、教育や保健などへの投資は軽視された。

「グジャラート・モデル」には、大企業に対して手厚い優遇措置を柔軟に提供することで州ないへの投資を促進し、高い経済成長率を実現するという「光」の部分があった。その一方で、縁故資本主義、雇用と賃金の停滞、社会開発の軽視という「陰」の部分もつきまとっていた。しかし、「開発の旗手」としてモディへの注目度が高まれば高まるほど、「光」の部分は誇張をともないながら繰り返し強調され、不都合な「陰」の部分が大きな喝采にかき消された。

p102.

第4章 ワンマンショーとしてのモディ政治

[モディ政治の特徴]
・国家機構の主要ポストの人事権は、全て首相が握っている
・政策決定における司令塔としての役割を首相府が担っており、首相府が担当省庁の意見を聞くことなく一方的に政策を決め、その実行を担当省庁に丸投げするということが起きる
・情報発信の積極性とは対照的に、批判、疑問への応答や議論などの双方向的なコミュニケーションを回避する
→政権一期目(5年間)で記者会見を一度しか開かなかったという事実

第5章 新型コロナ対策はなぜ失敗したのか

・2021年末までの全世界での新型コロナによる死者数は約1500万人
・インドの死者数は474万人だと推計されている
→新型コロナによる死者数の3分の1近くをインドが占めていることになる

まとめ

・モディ政権下のインドでは、民主主義を機能させる上で不可欠な抑制と均衡の仕組みがゆっくりと、しかし着実に骨抜きにされてきた。
・政府のアカウンタビリティを高める上で重要なメディアや市民社会組織は、政府の圧力を前に自由に活動できる余地を徐々に失っていった。
・世俗主義に代わってヒンドゥー至上主義がインド社会で主流化した。
・インスラーム教徒をはじめとする宗教的少数者に対する差別と迫害は格段に進行した。

・モディ政権は不都合な事実を無視したり全否定したりする一方、自らに都合がよいと判断すれば、たとえそれがまったくの虚偽であっても最大限活用する
・真実を尊重することにまったく価値を置いていない
・選挙に勝つためには手段を選ばないという選挙至上主義

モディ政権の10年を経て、あらゆる言説の中心に「偉大なるモディ首相」がいるという意味で、インドは「モディ化」した・そして、「偉大なるモディ首相」という肥大化したイメージを通して、多くの国民がインドの実力と将来性を実態以上に過大評価しているという意味で、インドは大国幻想に覆われている。インドが急速に権威主義化した要因として、「モディ化」を通した大国幻想に社会全体が覆われているという点は何よりも重要だろう。

p226.


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