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「歩み続ける」という言葉を使う理由を深掘りする


皆さん、こんにちは。


7月に入り、一気に暑くなりました。
外に出ること自体が億劫になり、
出来るだけ汗をかかないように気をつけています。
(自分はとても汗をかきやすく、ちょっとのことですぐに熱中症気味になってしまうので。笑)

皆さんが熱中症にならず、素敵な夏を過ごせることを願っております。

そのようなことを願いながら、
今回のブログは、題名の通り、
自分がよく使う言葉であり、
座右の銘の如く大切にしている言葉、
「歩み続ける」
という言葉を使う理由や思いを深掘りしてみようと思います。


「歩み続ける」
度々、自分のブログに出てきています。

いつ頃この言葉を使うようになって、大切に使うようになったか。
正直なところ、あまり覚えていません。

ブログを始めて、自分の思いや考えを表現することが多くなった大学生の頃から使っていたとは思います。

自己啓発チックなブログだったり、
比較的前向きな思いや考えを伝える時によく多用していると思います。

ただ、自分の中では、そこまで人を熱くさせるような表現ではないと思っていて、
落ち着いた表現ではありつつも、
頭は冷静に、かつ心は沸々と静かに炎が揺らめているような、そんな表現のイメージだと思っています。

実際に「歩く」ことも好きです。
散歩は、休みの日に夕方ごろに10〜20分くらいしています。
最近は暑くなってきたのでアイスを食べながら近所を散策したりしています。笑
(最近引越しをしたばかりなので、土地勘把握も兼ねて)

一方で、「走る」ことはあまり好きではないです。
子どもの頃の苦い記憶もあることが要因ではありますが、
ただ「走る」という行為だけをすると、面白さや楽しさよりも「しんどい」・「辛い」という気持ちが勝ってしまいます。
(誰かと一緒に走るとなれば、また話は変わってきますが。)

なので、自分は「走り続ける」という表現を使うことはあまりありません。
人それぞれ走るペースはあり、
楽しさや面白さ、しんどさ、辛さといった感情であったり、
体力や筋力といった走るうえで必要な要素であったり、
それぞれ、各々の程度の差はあるかと思いますが、
走ると誰しも疲れてしまったり、
しんどくて休憩したりして、休憩の後、しんどい気持ちや辛い気持ちが先行して走ることを挫折してしまうことが多いイメージが、
自分の中にあります。

もちろん歩くことも、しんどい気持ちだったり疲れて休憩する場面は出てくると思います。
休憩なしで、自分の体を永遠に動かし続けることは不可能なので。笑

ただ、それでも、大抵の人は何かの目的地に向かって歩くことはすると思っています。
例えば、学校に行くことであったり、会社に行くことであったり、家に帰ることであったり、コンビニ行くことであったり、
目的は人それぞれですが、どこかに向かう過程の中で大抵の人が「歩く」という行為をすると思います。

赤ちゃんから大人になる過程で、
多くの人が「歩く」という行為を身につける、
基礎・基本に近いような意味で、
そして、誰しもが自分のペースで無理なく、
楽しさや嬉しさ、悲しさ、悔しさといった様々な感情を抱えながら、
自由に目的を見出して進むことができる、
そんな意味を持ち合わせやすい言葉だと思っているので、
自分は「歩く」という言葉を選んで使っています。

そして、「続ける」という言葉に対しては、
自分が選択したものに自信と勇気と誇りを持ち、自分でその選択の責任を取ること、
その決意を自分の中で改めて認知する、
ということを自分は意識しています。

「続ける」ということは、そういうことなのではないかと自分は思っているので、
「歩く」と重ねて、「歩み続ける」と使うようにしています。

「続ける」ことで得られるものや得られないもの、
続けた結果、分かることや分からないこと、
必要だったことや不必要だったこと、
それらのものを自分の中で整理をつけることができると思っています。
だからこそ、「歩み続ける」という継続性がある程度必要だと思っています。

もちろん、その中で期間を決めて、見切りをつける選択・決断をする必要もあるかと思いますが。

何にせよ、意識的であろうが無意識的であろうが、
目的や目標がある中で、人それぞれのペースで自由に進めればそれでいいのだと思います。
自由に、その人自身らしく。
「前を向く」ということも、人それぞれ前の方向が違うと思っているので。

もしかしたら、「歩み続ける」という言葉を使って、僕はそれを1番に意識しているのかもしれません。

余談ですが、
「走り続ける」だと、どこかストイックすぎるような、
かつ誰かから命令されているような、強迫観念をも感じてしまうような気がしてならないので使わないです。笑


以上、「歩み続ける」を使う理由や思いを深掘りしてみました。

自分が、ある言葉を使う背景を言語化するということはなかったので、今回のブログはどこか新鮮で清々しい気分になりました。

このnoteの世界には、言葉を大切に使っている人が多くいると思っています。
様々な人が様々な言葉を大切にしているように、自分の中でも大切にしている言葉があります。
各々が大切にしている言葉に対して、尊敬の気持ちを持ちながら、
そして、自分の中で大切にしている言葉に対して誇りを持ちながら、これからも言葉を大切にしながらブログを書いていこうと思います。

決して歩みを止めない、
歩み続けていきたいと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございました。
また次回のブログでお会いしましょう。

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