『失われた30年』で最も失われたもの
政治に興味を持ち始めた理由
私は、現代社会では、もはや政治は不要だと考えていました。若者の声が政治に届かない、選挙において高齢者層の票が圧倒的に多く、若者(今の20代を中心としたZ世代と定義しておきます)がどれだけ意見を述べても民主主義の枠組みの中では影響力を持ちにくいと考えていたからです。私たちの世代はどちらかというと「自分の身は自分で守る」ことを第一に考え、国や政府に期待することをやめ、ある種の諦めとともに日常を過ごしている気がします。政治への関心の少なさが、その表れです。しかし、今年の東京都知事選や自民党総裁選に触れる中で、私は少しずつこの考えが変わってきました。政治に初めて関心を持ちました。
政治に無関心だった理由
もう少し、政治に期待していなかった理由をお話します。例えば少子高齢化が進んでいる中で、年金の負担や社会保険料の上昇といった社会的な圧力は、私たちの生活に厳しい現実を突きつけています。こんな現状では、どうせ若者の意見は反映されないのだから、政治に参加する以外の方法で自分の身を守る方法を見出した方がいい、というのが今の若者の多くの考え方な気がします。私もこういう考え方で、ある意味ではNo-deal精神で「戦わずして自分を守る」という価値観を持っている、あるいは持っていました。
若者の理想像の欠如
それからもう一つ私が感じているのは、現代の日本では理想とする国のあり方や生活、社会像を描く余裕が少ないことです。若者を中心とした多くの人々は、日々の生活に追われ、理想や夢を語る時間がありません。しかし、私は若者がもっと大胆に理想や夢を掲げてもいいのではないかと思います。なぜなら、理想を掲げ、声を上げなければ、日本の政治に変革を促すことは難しいからです。まあそれを変えないといけないのが政治なのですが。
ただ、世界各国の政治を見て思いました。国の政治は、若者の声から変わっていきます。そうしないと、国家の持続性が保てないからです。ここ何十年もの間、日本はほとんど変わりませんでした。その一因は、その時々の若者が積極的に政治に参加しなかったことが影響しているのだと思います。
保守的な政治と日本の安定
こんな話をすると思い浮かぶのは、「失われた30年」と称される日本の経済停滞期です。そして我々が失った最も重要なものは、若者の活力や理想、またそれらを考え実行できるほどの教育や経済的余裕だと感じています。
ただ、確かに失われたものはあったものの、もしかしたらそれ以上に大きなものが失われた可能性があったのではないかと最近考えるようになりました。かつての「Japan as No.1」という国際的な地位を手放し、主要産業でも他国に追い抜かれた面はありますが、それでも日本が大きな混乱に陥らずに済んだのは、保守的な政治が一因だと今は思っています。
政治は一度方針を決定すると、元に戻すことが非常に難しい分野です。例えば、移民政策について日本は比較的慎重な姿勢をとってきました。ヨーロッパ諸国では、移民政策が犯罪率の増加や社会の統制不安につながっているケースも見られます。ドイツやフランス、スウェーデンなどの国々では移民を歓迎する政策をとり、その結果として統制が難しくなった部分がある一方で、日本は少子高齢化が進む中でも、移民の急増を抑えています。この慎重な移民政策のおかげで、日本は現在、国際的に安全性の高い国と評価されています。もし日本が移民政策に対して寛容であったなら、今の日本の治安や安定した社会は失われており、観光立国などと呼ばれることはなかったかもしれません。
若者の政治的無関心と教育の影響
今年の都知事選、それから自民党総裁選を見てきて、最近の政治家は、これまで以上に若者に対して歩み寄る姿勢を見せているように感じます。ただ、これは日本教育の結果なのかもしれませんが、残念なことに主体性を持っていない若者が多いです。きっと今の学生たちの方が、私たちより主体性があるのではないかなと思っています。
私たちの世代は個人の価値観を尊重しすぎるあまり、他人の価値観に興味を持たない人が多いように感じます。結果として、相手が何を大切にしているか、言葉や発言の背景にある考えを理解しようとしない傾向が強まっているようにも思います。
これは、私たちが学生の時に普及しはじめたSNSの影響もあると思っています。切り取られた情報を真実として受け入れる傾向があり、情報の一部分だけを見て判断することが多々あると感じています。これでは、深い議論が生まれにくくなってしまいます。私たちの世代は特に、短い情報や断片的なデータに依存しがちで、その背景や全体像を把握しようとする意識が欠けていることが課題です。政治では、あらゆる選択肢や見方をテーブルに並べ、その上で民主主義的な方法(多数決)を採って、方針を択ぶ必要があります。
しかしながら私たちはこういう経験に疎く、どちらかというとスピード重視、コスパタイパ重視の考え方をすることが多いので、これが民主主義と水と油の関係になって、政治に関心が持てない理由になっているのかもしれません。
政治も若者も互いに歩み寄ろう
私から見た日本、政治は近年大きく変わろうとしているように見えます。非常に実感しにくい微々たる変化かもしれませんが、私はそう感じています。逆にい言えば、これまで動かなかった彼らが若者を中心に日本を動かそうとしている現状は、相当に危機的な状況に陥っているだという警鐘の表れでもあるような気がします。
だからこそ、今こそ若者がもっと声を上げ、理想を掲げて政治に参加すべきだと強く感じます。ここで言う「政治に参加する」とは、別に議員になれとか、直接運動に参加しろ、と言っているわけではありません。自分自身が考えを持ち、行動に移すことも政治参加の一つだと思います。
例えば、私は総裁選の情報に触れ、この記事を書くことで、自分なりの政治参加をしていると感じています。他にも、中野区長に政策提言を行うプロジェクトにも参加しています。
今年の政治を見る限り、政治家たちが考える未来の日本は、少なくとも日本を良くしようという志を持ってのものと感じます。そもそも超絶激務な総理大臣という職務に、個人的な利益を求める人は少ないと思いますし、日本への愛国心がなければ立候補などできないと思います。自分の利を考えるのであればよっぽど起業した方が実入りは多いでしょうし、自分自身の考える理想の日本がなければ政策も考えられないと思います。
最後に
政治について何を考えるべきかわからないという人も多いと思いますが、私は例えばこの3つの指針があると考えています。
・地方経済の活性化
・資源や人口、システムの持続可能性
・日本の文化や技術力を海外にアピールする
このようなテーマについて考え、個人レベルや小さなプロジェクト単位で行動を起こすことが、政治に参加することと同義だと言っても過言ではないでしょう。もう少し簡単に言えば、日本を良くするための考えや行動そのものが、政治に参加することと認識していいと思います。
こんな感じで、私は今年になって政治についてかなり考えるようになりました。現代では中央集権的な政治は不要だと思っていましたが、むしろ今は混沌としている現代だからこそ政治は必要なんだと感じています。今後も日本の未来についてしっかりと考え、行動していきたいと思っています。まだまだ私にできることは少ないかもしれませんが、少しずつでも、日本のために貢献できることを始めていこうと思います。
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