OUR ONE WEEK/(月曜日)
※縦書きリンクはこちらから https://drive.google.com/open?id=1e-SsuB5EBt_EIUPITkY11rG11EAQxOuS
(月曜日)
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わたしたちは、毎日、歩いて、自転車に乗って、車に乗って、バスに乗って、電車に乗って、どこかへ向かいます。どこまでも向かいます。どこかへと流れていきます。わたしたちそれぞれがその場所を意識した瞬間が、わたしたちそれぞれがその時点で流れ着いた場所です。見えない流れが絶えずわたしたちをどこかに運んでいくので、わたしたちの座標は絶えず動き続けます。座標は瞬間的にしか切り取ることができません。わたしたちの周りに見えない流れがあって、わたしたちはそれと共にどこかに移動していきます。流れが止むことはなく、わたしたちの身体がその流れから自由になることはありません。
わたしたちは月曜日になります。流れの中に月曜日はあって、決して免れることは出来ません。わたしたちみんなが嫌いな月曜日です。月曜日は憂鬱だ、月曜日は最悪だ、わたしたちの誰もがそう言います。
つい先日ラスベガスで起こったアメリカ史上最悪の銃乱射事件は日曜日。阪神大震災は火曜日でした。ハイチの震災も火曜日です。9.11は土曜日、そして3.11は金曜日。広島への原爆投下はたまたま月曜日ですが、言うまでもなく、だからみんなが月曜日が嫌いというわけではないはずです。まるでみな、月曜日に親か恋人でも殺されたかのようです。実際に親か恋人を殺された人もいるのでしょうが、火曜日だって木曜日だって人は死にます。
それでも、月曜日が来なければいいのに、とわたしたちは祈ります。月曜日を嫌悪し、忌みます。わたしたちが月曜日にいないときも、離れた場所にある月曜日から絶えず呪いが放たれているように扱います。
わたしたちは行きます。どこかに。そして死にます。どこかの時点で。
一度途切れたら、それで終わりです。二度と、始まることはありません。止まったら死ぬ。死んだら止まる。止まったら死んでしまうのは、深海を泳ぐ魚と同じです。
綿々と続いていく日々を紡いで、どの曜日も取りこぼすことなく、延々とそれは続いていきます。途切れることなく。
その息継ぎのない感じに、胸が苦しくなるのが月曜日なのでしょう。月曜日なんてなかったらいいのに。早く夜だか週末だかにタイムスリップしないかな。早く月曜日にならないかな。川沿いに住む古代人たちが決めた、月に捧げるその曜日について、わたしたちがそんな風に言うのを、わたしたちは何度も聞いてきました。
そこでわたしたちは、一日くらい飛ばしてしまってもいいんじゃないかと思い付いたわけです。
わたしたちみんなで示し合わせて、「今日の月曜日というのはなかったことにしよう、飛ばして火曜日にしてしまおう」という風に取り決めて、何か不都合が起きるのでしょうか。
二〇〇一年問題みたいに、パソコンが壊れるとかそんなことは、些細なことです。それは人間が勝手に決めたことです。息継ぎできなくしているのは自分たちだということに、わたしたちはどうして気づかないのでしょうか。
乱れるとすれば、わたしたちの作った社会のところどころでしょう。
わたしたちはそれを望んでいるのではないですか?
社会が一瞬壊れてしまうことが一体なんだというのでしょうか。そもそも、わたしたちが勝手に決めたことなのですから。
流れの中で、息継ぎをしましょう。リズムを解体し、破けた音符を並べましょう。みんなで眠り、みんなで夢を見ましょう。夢の中を行き来しましょう。水面から顔を出し、海とは違う黒い闇の中に、完全なる光を見出しましょう。
それでわたしたちは、月曜日が来る瞬間に目を瞑ったのです。
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