この日の日記を読めば、アンネ・フランクという、ひとりの人間がこの時、どのような問題を抱えていたかが理解できるであろう。
アンネは、これだけ理路整然と物事を見つめ、解釈しそれを整理したうえで記録できる人格を身に付けているのだが、特に母親を始め、他の隠れ家の人物たちが、自分をまるっきり「子ども扱い」をしており、そのことがいかに深く心を傷つけることであるかという警鐘を鳴らしている。
「ナチス・ドイツ」によるユダヤ人迫害から逃れる為に、隠れ家生活をしているにも関わらず、その家族や仲間からの「特別扱い=蔑視」により、迫害に劣らない迫害行為を受けている。
日記は、現代の、そして未来の子どもを持つ親・保護者にこのことを訴えかけてきます。
母親に対しては、この後連行されるまで、まったく「心の置けない存在」として見放されています。
母エーディト・フランクは、逮捕後、飢えと疲労のため、アウシュヴィッツで死亡しており、この日記の内容を知ることがなく亡くなった。
もし彼女が生き残り、アンネが亡くなった後にこの日記を読むことがあったとしたら、「なぜ、自分の子どもではなく、ひとりの人格をもった人間として」扱わなかったのだろうと後悔に苦しみ続ける一生を送っただろう。
「アンネは、案外、意地悪な性格で、愚痴ばっかりを日記に書いている」などといった感想を持つとしたら、それはあまりにも洞察が足りない。
「ミープ」と「ベップ」は、フランク一家やその仲間8人をかくまってくれた人たちのうちの2人の女性である。
ユダヤ人をかくまっていることがゲシュタポに知られると、それだけでも収容所送りとなる、命がけの行為なのであるが、オットー・フランクの人格もあり、ミープやベップら4人のオランダ人(ミープはオーストリア出身)が、かくも献身的に8人を助け支えたことは、人間として実に崇高な行いであり、そのことはもっと知られる必要があると思う。
(もちろん戦後、イスラエル政府からその功績を讃えられている)
さらに日記の中にあるように、2人は会社の事務仕事の一部を任せているが、この扱いが、アンネにとって、どれほど「人としての尊厳」を高められた、うれしい体験であったかがうかがえる。